第一話 君と一緒にいると頭痛がする
カンカン照りの夏の日。日差しが容赦なく照りつける。茹だるような暑さが世界を支配する。
そんな風景が窓の外に広がる中、冷房の効いた個人病室。右手と右足を石膏で固めた少女が俺の腕に絡みついてくる。
子猫が甘えるかのような遠慮のない行為に少し戸惑ってしまう。だけど拒みはせずに素直に受け入れる。
緩やかなウェーブを描くふんわりとした長い髪。可愛らしくもどこか美しさのある顔立ち。
形の良い鼻に小さな口。そして薄いブラウンの瞳は宝石のように輝いていた。
その少女は目に見える大きな怪我をしているにも関わらず、街を歩けば誰もが振り返る美貌を持っている。
「四葉さん、もしかしてこの映画に興味無い?」
ぼー……
「……四葉さん?」
今は机の上のノートPCでDVDを再生して一緒に観賞していた。けれど彼女はどこか上の空だ。
四葉と呼ばれたその少女は問いかけに応えるように半身を乗り出し──
気づいた時には整った顔が目の前にあって、ほっぺたに柔らかい感触が触れた。
キスをされたのだとわかった。
驚きで頭が真っ白になる。
声を出すこともできずに四葉さんの吐息の熱を感じて……そのままゆっくりと潤んだ唇を離した彼女をまた見つめ直した。
普通ならば、男として彼女のような魅力的な女性にこんなふうにされたらたまらないのだろうが──
俺にとっては、拷問に等しい。
「う……がぁ……!」
猛烈な痛みに襲われて霞む視界。
手で頭を抑えるが嗚咽が漏れてしまう。
俺の中で罪悪感と胸の痛みが走り全身が強張っていく。
それは堪えきれないほどのもので、さきほどまでの熱とは真逆に冷えた汗をかいて、喉から込み上がるものを必死で抑えつけたが止まらない。
「ぐ……ぎぃ……!」
痛みに荒くなる息を必死で整えようとするも心臓がバクンバクンと鳴り止まない。
そんな俺の様子を見て動揺したのか、四葉さんはぎゅっと腕を握ってきて元気づけようとしてくれる。しかし、かえってその行為が痛みを加速させていよいよもう堪えきれないものになった。
「四葉、さん……つぅ……悪いけど……少し席を外す……!」
逃げるように病室を後にする。彼女は声にならない声を出そうとしたのか、吐息が漏れたがそれだけだ。
それもそのはずで──彼女は言葉を失ってしまっているのだから。
それは、俺のせいなのだ。
しばらくトイレで荒い息を吐き出した後戻る。
四葉さんは先程と同じようにテーブルの上のノートPCで映画を見てるようだ。彼女の好きな恋愛映画のはずなのにどこか退屈な表情。俺の姿を確認すると一転して花が咲いたような笑顔になる。
そしてその笑顔を見るたびに俺は足が震えて、どうしようもない絶望感と自責の念に駆られるのだった。
彼女がぽふぽふとベッドを叩いている。
きっと先ほどと同じように一緒にベッドで映画を鑑賞したいのだろう。というよりは、彼女は俺の腕に抱きついてゆったりとした時間を過ごしたいというのが本音だと思えた。
また俺が迷惑をかけてしまいそうで断りたかった。でも四葉さんは渋る俺を見て可愛らしくぷくぅと頬を膨らませて抗議する。それは無邪気な子供のような仕草で、美しさの中に愛嬌がある。
そんな姿を見て──また心に棘が刺さった。
本当ならば彼女はきっと言葉で俺を責め立てないだろうに、それができないでいるのだ。そしてその原因は、彼女が言葉を失った原因は俺にある……!
俺はせめて、彼女のささやかな願いを叶えるために言われた通りに寄り添う。けれど腕を組まれると幸福感よりも気分が悪くなってしまって息が荒くなっていく。
そんな俺の様子を見て四葉さんは心配したのか、さらに想いを込めるかのようにその柔らかな身体で暖かさを伝えてくれる。
だが俺に彼女に優しくされるほどの価値は無い。
俺は彼女の隣にいてはならない存在だ。
そんな想いが身体を貫いて俺を責め苛む。
──俺にここまでの好意を向けてくれる彼女の想いを無碍にするわけにもいかずに、安心させたくて言葉を紡いだ。
「四葉さん、気遣ってくれてありがとう。
きっとそのうち俺も克服する……から……」
その言葉を聞いて、四葉さんは安心したかのようだ。にっこりと微笑んで、俺の胸に顔を埋めて甘えはじめる。そんな彼女の愛らしさに、俺の心が癒やされるのを感じて──罪悪感がまた首をもたげた。
そんな俺の様子を見ながら……彼女はどこか妖艶に微笑んでいた。
まるで──苦しむ俺のことを慈しむかのように。
これは俺、留木 京治の物語。
学園一の才女で高嶺の花の凛堂 四葉さんに好かれているというのに、どうしても彼女を愛することができない罪深い男のお話。
そして──きっと純粋な恋のお話だ。