ガム
当時高校生だった林さんはある雨の日の夜中、喉の渇きを感じて目を覚ました。
時刻は2時を過ぎており、親はすでに寝ていたという。
せっかくなので、近所の自販機にジュースを買いに行こう。
そう思った林さんは寝間着のまま小銭を探し出し、階段を下りた。
『僕の家はけっこう厳しかったので、こういうちょっとした冒険にスリルを感じられてワクワクしてたんですよね』
傘を持って、音を立てないように玄関を出た林さんは、家から300メートルほど離れたところにある自販機へ向かった。
『夜中の2時って本当に静かで真っ暗で、別世界みたいでしたクッチャクッチャクッチャ』
こういった取材は緊張するという人が一定数存在するため、ガム1つでリラックス出来るのならどーぞどーぞ噛んでくださいなというスタンスなのだが、クチャラーだとは思わなかったので正直腹が立った。
『真っ暗な中で自販機だけが光ってて、とても幻想的でしたクッチャ』
缶コーラを買った林さんはその場で飲み干し、帰路についたという。
その後少し歩いたところであるものを見つけ、足を止めた。
『白っぽい服を着た女性が傘もささずに、塀の方を向いてしゃがんで何かやってたんです』
暗くてよく見えないが、ただごとではなさそうだったので、林さんは「大丈夫ですか」と声をかけた。
『すると、彼女はゆっくりと振り向きましたクッチャクッチャ』
振り向いた女性の顔は、口の周りが真っ赤に染まっていた。両手にはずぶ濡れになった毛皮のようなものが握られていたという。
『猫だ! この人は猫を食べているんだ! って直感して、逃げようとしたんですけどクッチャクッチャクッチャクッチャ』
話の提供者がクチャラーなだけでここまで怖くなくなってしまうものなのか⋯⋯
『最悪なことに腰が抜けちゃって、その場に尻もちをついちゃったんですクッチャ』
地面に尻をつけたまま必死に後ずさろうとする林さんに女性はゆっくり近づき、覆い被さってきた。
『で、次の瞬間思いっきりキスされまして』
生臭くて温かい肉片が女性の錆びたような口臭とともに流れ込んできた。
何度も吐き出そうとした林さんだったが、女性がずっと口で蓋をしていたせいで、数分の間、肉の味をモロに味わわされたのだという。
『それからと言うもの、病みつきになってしまいまして⋯⋯』
そう言って林さんはガムを飲み込んだ。