§09. 騎士マグニス
食事を済ませた後、ミアとメルフィリアもといメルーナはとある場所へと向かっていた。
「まずはグレイル乗り場まで行きましょう。今からならそう遅くない時間に隣街に着きそうです」
「グレイル?なにそれ?」
「ガルドコーンという魔物で引く乗り物ですね。街と街を結ぶ街道でのポピュラーな移動手段です」
「魔物って…え、こわっ」
「ああ、大丈夫ですよ。ガルドコーンは魔物と言ってもおとなしい生き物ですから。グレイルで利用している個体は飼い慣らされているので心配は入りません」
「へー、よくわかんないけどぉ、馬みたいなもんか」
「本当は魔導船を使うのが一番早いのですが、今の私たちでは利用できませんから…」
「まどーせん?」
「魔導船は魔力を使って飛行する乗り物ですね。あれがそうですよ」
そう言ってメルーナは上空を指差した。そこにはヨルムの街の上空を優雅に航行する巨大な船の姿があった。夜なので明かりを纏わせていてより幻想的な雰囲気となっていた。
「えええぇぇ!?なにアレ〜!?ヤバ〜〜〜!!」
魔導船を見たミアは興奮して、ポケットをゴソゴソしてスマホを取り出した。
「あーー!!そうだった、こんな時に充電無いしサイアク〜!!」
「ふふ。ミアさん、グレイルでの移動は隣街まで2時間ほどかかりますので少し急ぎましょうか」
食事をしていたのもあってあまりゆっくりしている時間はない。そもそも今の所気配がないとはいえ、追われている身なので急ぐに越したことはないのだが。
しばらく移動して街の外周辺りまで来た。この辺りは外に近いのもあって民家は少なく、人もほとんど通っていない。
「あれが外の街道につながるところですね。グレイル乗り場もあそこです」
「この辺り何にもないな〜」
辺りは目立った建物もなく、ただ虫の声が聞こえるだけである。皇都というだけあってヨルムの街はこの世界でも治安の良い街ではあるのだが、街外れのこんな人気のないところをしかも若い女性二人だけでうろつくのは流石に危険である。急ぎましょう、と言いメルーナは不安を感じながら足を早めた。ミアは日本育ちゆえかまるで危機感を持っていない様子だったが。しかし、急ぎ始めた矢先に不意に後ろから声がかかった。
「よォ、こんな時間からどこへ行くんだーい?俺たちも混ぜてくれよ」
ちょうど不安を覚えた直後だったので、メルーナは突然のことにビクッとなって恐る恐る振り返った。そこには冒険者らしき装備の男が3人立っていた。男たちには見覚えがあった。一人は先ほど食事をした店にいた背に大斧を携えたガタイのいい男だった。他二人もうっすらとだがその場にいたように思う。
「え、あの…どちら様でしょうか?」
「誰〜??」
ミアはもはや記憶にはないらしい。
「はは、さっき飯屋で見かけただろ?ちょーと君らが気になったからよ、声かけに来てやったってワケよ。俺たちはカーズヴァイパーも仕留めた実績もある魔物ハンターメインの冒険者だ。わかんねぇことがあれば手取り足取り教えてやるからさぁ」
へへ、と男は少し笑いながら同行を提案してきた。優しく声をかけているつもりなのだろうが、その言葉の裏には何か嫌なものを感じた。
「すみません、結構です。私たち急いでいますので」
「まぁそういうなよー、その急ぎにも付き合ってやるからよ」
そう言って男はメルーナの肩に手をかけて距離を詰めてきた。ミアは先ほどからの男たちの態度に嫌悪感を示しており、メルーナにグイッと近づいてきたところで爆発した。
「ちょっと、メルっちから離れろよ。何が俺たちが教えてやる、だよ。つまんない下心見え見えなんだけど?キモっ。行こ、メルっち」
そう言って男からメルーナを引き離してその場から去ろうとした。
「なんだとこのガキ?」
男はその言葉にキレてミアを軽く突き飛ばした。どうやら少々沸点が低いらしい。
「きゃ!いった〜、何すんだよ!」
「ミアさん!」
ミアは突き飛ばされはしたが、軽く尻餅をついた程度だった。しかし場の険悪さは増すばかりだった。
「テメェみたいな変な服の女には用はねぇんだよ」
「何をするんですか!ミアさんに謝ってください!」
キレて本音が出始めている男に流石に他の二人の男も困惑している様子だった。
「ヴェイグ、ちょっとやりすぎだろう」
「ああ?先にあっちがケンカ売ってきたんじゃねぇか!」
そうこうしているうちにミアは立ち上がっていた。そして、
「この…クソ野郎!!」
「っ……!?」
ヴェイグという男の脛に思いっきり蹴りをぶち込んだ。しかし、体格の差も当然ながらハンターを名乗るだけあってそれなりに強いらしい。不意だったので一瞬ひるんだが効いてはいないようだった。
「テメェはちょっと分からせてやんなきゃならねぇらしいな…!」
ヴェイグの怒りは最高潮に達したらしく、ミアに拳を振り上げようとしていた。
「ヴェイグ、もうやめろって!」
仲間の制止ももはや聴こえていないようだった。メルーナはミアを守ろうと例の棒を取り出し、魔力をこめようとした。しかし、思うように集中できない。
(どうして!?ミアさんを守らなきゃなのに…!でも…私に出来るの?この魔法で守れる?分からない…怖い…)
メルーナは王宮に引きこもっている時も魔法訓練は定期的にやってこそいたが、それはあくまで訓練であり魔物相手でさえ実践の経験はなかった。そのため、初めて経験するこの緊迫した状況で自身の行動に迷いが生まれ魔力を思うようにコントロールできずにいた。
そして、メルーナの魔法も間に合わず、ヴェイグの拳が振り下ろされそうになったその時、またどこからともなく声をかけてくる人物がいた。
「おいおいおい、この皇都の街中で女子に暴行を働こうなんて大胆なやつだぜ」
その声はヴェイグたちのさらに後方から聞こえてきた。そこには騎士風の男が一人立っていた。
「ヤベェ!騎士だ、逃げるぞ!」
ヴェイグの取り巻きの男二人はそそくさと逃げていった。
「あれは…!?」
「なに〜?今度は誰〜??」
ミアとメルーナも驚いた表情で騎士風の男の方を見ている。
「なんだテメェ!邪魔だ、うせろ!」
「お友達は逃げてったぜ?いいのか?お前も逃げなくて」
「知るかよ!騎士風情がうるせぇんだよ!」
「なんかヤケになっちゃてるみたいだなー、めんどくせぇ」
何があったのかは分からないが沸点が低すぎたことといい、ヴェイグという男は荒れていた。
「このまま引き下がってくんねぇか?今なら見逃してもらえるぞ?」
「黙れってんだよ!」
ヴェイグは背中の大斧を振りかざし、騎士風の男に斬りかかった。しかし次の瞬間、騎士風の男が鞘に収まった剣に手をかけたかと思うとヒュッと風を切る音が響き、大斧は柄の中ほどで真っ二つにされて斧は地面に突き刺さっていた。
「まだやるか?」
騎士風の男がそう問いかけると、
「…!くそ!くそがっ!!」
と言ってヴェイグも逃げていった。そして騎士風の男は一連お様子をポカーンと見ていたミアとメルーナの方に向き直り、声をかけた。
「こんな夜更けに出歩くもんじゃないぜ?お嬢ちゃんたち」
ハッと我に帰ったメルーナは男の顔を少しじっと見てから返した。
「あなたは、まさかマグニス!?」
「え?なに、知り合い?」
騎士風の男はメルーナの知る人物だった。と言っても基本的に自室から出ない彼女とはあまり接点はなかったが。
「俺のことをご存知とは、光栄だな引きこもり姫さん」
「ひき…まぁあなたのことは騎士団長よりお聞きしたことがありましたので。それよりマグニス、あのヴェイグという男を逃してしまって大丈夫なのですか?あのような狼藉者を放置するなど…」
「あんな小物をいちいち捕まえる趣味はねぇよ、めんどくせぇし警備隊にでも任せておけばいい。それよりもっと大事な用もあるしな」
「…マグニス、あなたはなぜここにいるのですか?」
騎士としてどうなのかいう発言はさておき、マグニスは王宮付きの騎士である。その彼が何らかの任務を受けてここにいるらしいならば追手である可能性が高い。
「そりゃもちろん、あんたを連れ戻しにきたのさメルフィリア皇女」
「やはり…!母の命令ですか、私はしばらく王宮に戻るつもりはありませんとお伝えください」
「そうだそうだ、メルっちはあーしと先約があんの!」
「おいおい、それじゃ俺が任務も果たせずノコノコ帰ってきたマヌケ騎士になっちまうだろ。悪いが家出ごっこはここまでだぜ小鳥ちゃん」
もう観念しろと言わんばかりにスッと手を差し出すマグニス。こうして相対するとまるでもう逃げ場がないかのような、この男からはそんなプレッシャーを感じる。
「そもそもあなたは何故この場所がわかったのですか?街から出るルートはいくらでもあるし、しらみ潰しに探すにも私たちのことを知るような追手もそうそう出せないはず…」
「…あー、それはまぁなんだ。ただの勘だよ。何となーくこっちかなーと思っただけさ」
マグニスは何か隠している風だったが、メルーナも深くは聞かないことにした。
「ま、そんなことより俺は任務を果たさないとな。さぁ帰るぞ」
そう言ってメルーナを連れ戻そうとするマグニスにミアが噛み付く。
「はぁ〜!?だーかーらー、メルっちはあーしと約束があるって言ってんじゃん!」
「英雄ミア、流石にお前の旅路に国の重鎮たる皇女を付き合わせる訳にはいかねぇんだ。旅のツレが欲しいってんなら、いくらでも人材を見繕ってやるぞ。それでいいだろ?」
「良いわけないし、あーしはメルっちと行きたいんだってば!」
「無茶苦茶言うなよ、わかってんのか?皇女なんだぞ?」
「そんなの知らなーい。メルっちが行きたいって言ったんだから良いじゃん」
「…なるほどな」
マグニスはメルーナの方を見て少し考えた後、一つ問いかけた。
「引きこもり姫、あんたが成したいことは何だ?」
作品は基本毎週火曜日・金曜日に投稿予定。
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