§06. 召喚の儀
少し時は遡り、ミアが謁見の間を飛び出して行った直後。あまりに突然の出来事に言葉を失っていた面々だったが、しばらくしてレイヴン皇帝が声を上げた。
「シヴルス騎士団長!すぐにあの者を追い、説得して連れ戻せ!」
「はっ!」
皇帝の命を受けたシヴルスが返事をし、謁見の間の外へと向かった。
「俺もお手伝いします!」
横にいたバルグリフもシヴルスに続いて部屋を後にした。
「いや、めちゃくちゃだろう、まだ話の途中なのに…」
出ていったミアに対してふとこぼしたロバート。
「えええ、出ていっちゃったよ。日本人ってもっと礼儀正しい人たちばかりだと思っていたのに。パーティ組まなきゃだけど、協調性のない人は困るなー」
レオも不満を口にした。なんだか日本人のイメージが地に落ちそうである。実際ミアは無茶苦茶だけど。
「少し不測の事態になってしまったが、まぁよい。英雄ミアが戻るまでの間、質問があれば答えられる範囲内で応じよう。お前達、何か聞きたいことはあるか?」
皇帝が3人に質問を促すと、何か考えるようなそぶりをしていたロバートが最初に尋ねた。
「1つよろしいでしょうか?」
「うむ」
「今のミアの件も含め、我々は国籍や考え方、性格もずいぶん異なります。ここまでのやり取りだけを省みての判断ではありますが、この4人で足並みを揃えて行動するのは困難だと思いました。そこでですが、4人が各々でヘルヤームの魔帝に対抗する道を模索していくのはどうでしょうか?最終目標は同じなので、それぞれ別の方法で力をつけた後に合流し討伐にあたるという策略です。質問というより提案になってしまいますが」
ロバートは英雄それぞれが別行動をするべきだと訴えた。まぁこの4人皆方向性がバラバラすぎるのでまとまって動くのは確かに困難だろう(特にミア)。
「………」
ロバートの言を受けた皇帝はしばし考え込み、そして答えた。
「古い文献には異世界より召喚された英雄たちによって魔帝は滅ぼされたとあるが、その”過程”までは言及されていない。かつての英雄たちがどのようにして力をつけ挑んだのかは分からないのだ。我々も念の為こういう事態は想定していた。いいだろう、4人それぞれ自分に合った方法で励むと良い。最後に魔帝を討つ、それさえ達成できればいいのだからな」
「このような提案を受け入れていただきありがとうございます」
例によってロバートは丁寧に返した。
「なるほど、1から仲間集めってことか。確かにそれもスタンダードな展開だよね」
レオはうんうんと頷いており、ロバートの提案には賛成といった様子である。
「サポートは4人それぞれに個別に対応しよう。他に聞きたいことはあるか?」
そして次にレオが質問をした。
「別行動なら1から仲間を募る必要があるんですけど、この国の騎士や魔導師?から強そうな人を引き抜いてもいいですか?」
「うむ、騎士団長クラスなどの国の需要ポストにいる者でなければ好きに連れていくといい。話は通しておく。我が皇国はアスラッドにおいても1、2を争う軍事力を有している。下級の騎士や魔導師でも非常に優秀な者たちだ。必ずや良い助けになってくれるだろう」
「ありがとうございます!やった、よーし強そうな仲間を探すぞー!」
レオはよしっ、と拳を握って喜んでいる。期待通りの展開といったところなのだろう。
「他には聞きたいことはないか?」
「無ければ英雄ミアが戻るまでしばらく別室で…」
皇帝がそう言いかけたところで、
「あ、あの…!」
ソフィアが手を上げて恐る恐るといった様子で声を上げた。
「よい、聞こう」
「わ、私は…その、魔帝?とか戦うとか言われても、その…自信が…いえ、で、できません。だから、あの、……たいです。」
「うん?すまぬ。もう一度言ってみよ」
最後の方はあまりに小声だったのでよく聞き取れなかった皇帝は聞き返した。
「…私は、英雄になるとか、できません…。だから、その、家に帰りたいです。帰して、もらえますか…」
それを聞いた皇帝は驚いた顔をしていた。そもそも元の世界で普通に暮らしていただけの少女なのだから、当然の話である。わざわざ異世界の救世主にならなければならない理由はない。ないのだが。
「それについてはお前たちに話さねばならないことがある。英雄ミアが戻ってきた時に伝えるつもりだったのだが、答えよう。単刀直入に言えば、今すぐに戻ることはできない」
それを聞いた瞬間、スフィアは放心したような顔で床にへたり込んだ。
「お前たちをこの世界に召喚した儀には膨大な魔力を必要とする。通常の魔法では考えられないような魔力量だ。それこそ高位の魔導師が何百人いてもまるで足りないほどの。先の召喚に使った魔力は百年以上もかけて魔導石に溜め込んだ魔力を全て使ってようやく成功させたのだ。だからすぐには帰ることができないのだ」
それを聞いたロバートが返した。
「そんな!百年もかけてようやくだって…!?それでは我々は生きている間に帰れないじゃないですか!」
「まぁ待て。だからこその魔帝討伐なのだ。魔帝は莫大な魔力を元にして生まれてくる。かつての英雄たちは討伐した魔帝が残した強大なマナオーブを使い、元の世界に帰っていったと伝えられている。奴を倒すことそのものが帰る手段ということだ…」
「うそ……っ…」
この事実を聞いたソフィアは涙を溢し、俯いてしまった。ロバートは彼女のそばに駆け寄り宥め落ち着かせながら皇帝に言葉を返した。
「それならば伝える順番が違うのはないですか?そもそも魔帝を討伐する選択肢しかないのなら、突然呼ばれた私たちに対してまずその説明と謝罪をするべきだったんじゃないでしょうか!?」
「…そうだな。返す言葉もない。この非礼は私自ら詫びたいと思う」
少し怒りを込めたロバートの詰問に皇帝は自ら頭を下げて謝罪した。これには周りにいた者たちも驚き、動揺していた。
「父上!?なりません!皇帝陛下ともあろうお方が頭を下げるなど!」
隣にいた若い男が叫んだ。
「エイル。彼らは別の世界から来た者達。国や立場など関係のない、対等な存在として付き合わねばならん。これは人して当然の謝罪だ」
国のトップが頭を下げるということがどう言うことかはロバートも理解している。皇帝自らの謝罪には驚かされた。しかし、だからこそこのレイヴン=オディアルクと言う男の真意及び人物像を測りかねていた。
(何か裏があるようにも見えるが、今の謝罪は本心からくるものだと感じる。一体何を考えている…?いや深く考えても仕方ないか。そもそも俺も俺だ。なぜ今まで帰ることを考えなかった?寝ている時に急に白い光に包まれて起こされたものだから、まだ夢見心地だったってことか。しっかりしろ俺)
ロバートがここに来たのはちょうど日が昇る前のぐっすり寝ている時間帯だった。突然この世界に来て魔法がどうこうと言われたものだから、夢の世界にいるような気分だったのだと考えた。
「わかりました。しかし、ソフィアがこのような様子なのでどこかでで休息させたいのですが、よいですか?」
「うむ、神官長!用意してあった部屋へ3人を案内せよ」
「かしこまりました。では御三方こちらへ」
神官長フリンに案内され3人は謁見の間を後にした。
「他の者達も指示があるまで外で待機せよ」
皇帝の号令で部屋にいた者達もほとんどがいなくなった。残ったのはレイヴン皇帝とその嫡子、第1皇子エイル=オディアルクのみとなった。
「あの娘、魔法耐性が並はずれているようだ。あの魔力量といい、想定を遥かに超えているな。これが英雄の力というわけか」
ソフィアを指して皇帝はボソッと零した。
「あの指輪に施された魔術式…帰郷意識を遠ざける高度な術式が施されていたのですが。他の者達も英雄ソフィアの発言で完全に解けてしまったようですね。しかし父上があのような謝罪をするなど…」
「これでいい、エイルよ。指輪のこともいつか気づかれるだろう。だが、お前は何も知らなかったことにしておけ。彼らの召喚を決めたのは私だ。全ての罪は私が引き受ける。お前は次の時代を担わねばならんのだからな」
エイルはまだ納得いかないような顔をしながらも、ふぅと息を吐いて、
「わかりました。私はこの国の、ひいては世界のため、その献身に報いれるよう行動していきます」
そう言って謁見の間から出ていった。
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