§04. 城内プチ逃亡劇
気まぐれに謁見の場を飛び出してきたミアは王宮内をふらふらと歩き回っていた。視線は何やら壁の隅に注意を向けていて、右手でコードのようなものを持ってクルクルと振り回している。
「はぁ〜、全然コンセント見つからないんですけど〜?あと10パーしかないのに」
ミアはスマホの充電をしようとしていた。しかし当然ながら文化の全く違う異世界にそんなものがあるはずもなく、いくら探しても見つからないという状況である。仮にここが単に元の世界の海外のどこかであったとしても変圧器が必要になるのだが、日本から出たことのない彼女がそんなことを知っているはずもなかった。突然召喚されたのもあってミアにとってはちょっとした国内旅行気分といったところである。
「モバイルバッテリー?だっけ?持ってきたらよかったー。さっき撮ったやつとかもユウカに送って自慢しよーと思ったのに圏外になってて全然送れないしサイアクー。…って、あっ!」
友人に写真を送ろうとしたようだが、当然電波も通じていない。そうしているとふと視界に人の姿が入った。いかにもメイド、といった格好をした女性がいた。王宮内の清掃中のようだ。
「ねーねー、コンセントどこにあるか知らない?」
「え?こ、こんせんと…?」
見慣れない服装の少女(普通に学生服)に突然話かけられたメイド姿の女性は怪しむような目線でミアを見ながら応対した。今日英雄の召喚が行われることは女性も知ってはいたが、どのような風貌かもわからないし何よりこんな所をうろうろしているわけはないので不審者だと疑っている訳である。
「だーかーらー、スマホの充電したいんだけどコンセントどこって聞いてんだけど!」
「すみません、”こんせんと”というものが私には何かわかりませんので…」
「ハァ〜!?何言ってんの??」
ミアの求めているものがなんなのか分からない上、未知の魔道具らしきものを持っていたためメイド姿の女性はさらに警戒を強めた。魔道具というのは魔力測定器のような特殊な魔術式が施された道具の総称で、魔力を流し込めば誰でもその魔法効果を扱えるものである。魔道具はほとんどがそれ一つで大きな力を出せる訳ではなく、あくまで補助的な役割にしかならない。魔力測定器のような高度な魔術効果を発揮できる物は非常に貴重である。とは言えどのような魔道具か分からない以上は警戒するに越したことはない。場合によっては人を呼ぶ必要もあるかとメイド姿の女性が思索していると、
「いました!あそこです!」
少し離れたところで声がした。そこには騎士のような格好の軽装の防具を着込んだ男性が2人いた。最初に声を上げたのは若い男性だった。
「英雄ミア、すぐに陛下の所へお戻りください!まだ話の途中です!」
もう1人の騎士の中年の男性がミアに声をかけた。この二人は先ほどの謁見の場に居合わせた騎士であり、皇帝の命令で彼女を連れ戻しにきていた。しかしミアはそんな説得に応じるはずもなく、
「えー、やだ。つまんないしぃ〜、あーしはこの中見て回る予定だから無理!じゃ、そゆことで〜」
言い終わるとダッと走って逃げていった。普段から学校を抜け出してサボったりしているのでこういう行動は無駄に素早い。
「あ、待て!〜〜〜!!こうなったら…」
若い騎士の体から魔法効果によるオーラが現れた。身体強化の魔法である。
「ダメだバルグリフ!魔法は使うな。相手は魔力操作の経験がない。しかも莫大な魔力量の持ち主だ。攻撃的な魔法で刺激すれば魔力暴走を起こすかもしれんぞ」
「…!だったら、なんとか走って追いかけます!」
バルグリフという若い騎士はミアを追って走り去っていった。
「さっきの方が英雄だったの…!?」
先ほどのメイド姿の女性が中年の騎士に話しかけた。
「ええ…っと何だ君だったのかアルヴィー。いやメイド長殿」
「2人の時にその呼び方はやめてちょうだい。にしてもあんな若そうな女の子がねぇ…」
「さっき魔力測定をしたのだが、まぁとんでもない魔力量だったよ。間違いなく世界を救える逸材だ」
「でもなんか状況的に逃げ出されちゃってない?まずいんじゃないの?」
「ああ、だから連れ戻さなきゃならんのだが、全く…これが騎士の仕事か?」
「しょうがないでしょ、今日は城内の人はほとんど引き払ってるんだから」
「わかってるさ。さて俺も追いかけよう。君も手伝ってくれるか?アルヴィー」
「私はやるべきことがあるので。頑張ってくださいね、”シヴルス騎士団長殿”」
意趣返しとばかりに役職呼びで返すアルヴィー。シヴルスは少し苦い顔をして走り去っていった。
「そういえばそっちの方向って…まぁ何も問題ないとは思うけど…」
そっちの清掃はもう終わってるし、と付け加えてアルヴィーはミアや騎士たちが走り去った方向を見ながらボソッとつぶやいた。
「うっわ、ひっっっろ!マジでお城って感じ〜!」
騎士たちから逃げてきたミアは広い廊下に感嘆していた。充電ももう風前の灯なスマホでパシャパシャと自撮りしている。すると遠くで待てーという声が聞こえてきた。
「ヤバ、まーだ追ってきてるし。ウザ〜。うーん、あっちに逃げよっと」
そう言うとまた走り出した。この広い王宮内でここまでそれなりに走ってきているのだが、普段の行いの賜物(?)か体力は相当にあるようだ。
「あ、そうだ!どっかに逃げ込んじゃえばいいか。見つかんなかったら諦めるっしょ」
さすがにこのまま逃げ続けるのも面倒だなと思ったミアは、だったらどこかでやり過ごせばいいかと思い立った。そして少し走りながらいい場所はないかとキョロキョロ見渡していると、先ほどの広い廊下から続く一つの通路に気になるものが目に入った。
ミアが見ている通路の奥の突き当たりには他より豪華な装いの扉があった。そしてその扉が半開きになっていてそこから1人の女性が顔を覗かせていた。
「………!」
女性はミアと目が合うとちょっと驚いた顔をしてスッと引っ込んでしまった。
「あ!ちょ〜っと待って!あーしも入れて!」
ミアは扉まで全力で走っていきバッと扉の中に滑り込んだ。
「ひゃあああ!」
女性は部屋に乗り込んできたミアに驚いて声を上げた。
「はー…ちょーっちあーしを匿ってくんない?めんどくさいのに追いかけられててさー」
ミアは扉を閉めた後ポケットをゴソゴソすると、
「あ、あとスマホ充電したいんだけど」
まるで友人の家に遊びにでも来たかのような調子で話すミアに、女性は何が何だか分からず固まっていた。
その少し後、バルグリフはミアが逃げ込んだ部屋の近くまで来ていた。
「はぁーはぁー、あっちは…いや、それはないか。くそっ、どこいったんだ」
部屋の扉を見ていないと判断したのか、バルグリフはまた別の方向へと走り去っていった。
作品は基本毎週火曜日・金曜日に投稿予定。
次回の投稿は4/21(金)です。忌憚のないご感想をお待ちしています。