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魔天のギャラリー  作者: 星野哲彦
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恋文

 

 ククルは小さくなっていく船を見守っている。

 

 清々しい風が、彼等の旅路を祝福していた。


「あーあ。行っちゃいましたね。良かったんです?」

 

 テラスの欄干に王都からの使者、グラン・モーリスが背を預ける。


「余とアポロの夢はどちらかが外の世界を知らねば不完全となる。あいつはそれが分かっていたから旅に出たのだ」


「だからって、何も空賊の一味になることはないでしょうに。こっちの立場も考えて欲しいものだ」

 

 グランは白の混ざった頭髪を撫でつけながら空に向かってぼやく。その脳裏では、王都の重鎮として今後どのように動くか絵図を描いているのかもしれない。


「目的のためであれば、大胆な行動をも取ることができる。かといって、人の道を大きく外れることもなし。それがアポロという画家の魅力の一つだ。そして、カイルスもまた、似たような性質を持っている。どうせ旅をするなら気の合う連れと共に行った方が良いではないか」


「……寂しくはないんですか?」

 

 グランは財狸と呼ばれる豪傑らしからぬ小さな声でククルに問うた。

 

 返答を用意する少しの間、風の音が気を遣う。


「残った画家達が己の作風を見出すまで、暫くの間は張り合いがないかもしれないな。だが、いずれアポロから文が届くだろう」


「文……ですか?」

 その言葉が意外だったのか、グランは首を傾けた。


「そうだ。ただし、文字はない。あいつが見た光景と、そこから得た感動を、絵の具で描いた文だ。それが届くことを楽しみにしていれば、日々はあっという間に過ぎていくだろうと余は思っている」

 

 ククルは船が魔霧に飛び込んでいくのを確認し、銀髪を押さえてその場を離れる。民と衛士達はテラスの中で、カイルスの登場によって混乱した式典を整えようと必死に働いていた。統率のためにククルが何かを言う必要があるだろう。

 

 ところが、王の仕事を邪魔する余計な台詞が後方から聞こえてくる。


「我が輩、分かりましたぞ。それは文は文でも……恋文というやつですな」

 

 ククルの足が止まる。睨みつけるまでもない。裁判を開くまでもない。たった今、グランの運命がククルの中で決定した。


「おい、トレイ。この野暮天をどうにかしろ」

 

 近くで控えていた騎士が身を屈める。

「仰せのままに」


「トレーイ! 仰せのままになるなよ! お前、誰に雇われていると思ってるんだ!?」

「グランが美しくないのが悪い」

 

 背後で初老の男が雇った騎士に関節技を決められる音がする。謝罪と助けを求めるしゃがれた声も聞こえてきたが、ククルは知らんぷりをした。

 

 出来上がったばかりの絵画が並べられた画廊を眺めらながら、式典用の玉座に向かう。

 

 それぞれの絵から、新たな芸術を目指しはじめたヘルメトスの息吹を感じる。

 

 玉座の真後ろに飾られた、ククルに贈られた踊り子の絵。夢踊という題を見て、きっと祈りは今も尚、続いているのだと解釈する。

 

 二人の夢ははじまったばかり。

 

 とある武器職人を連れて旅から戻った宮廷画家が、いずれ歴史的な名画として世界に知れ渡る絵を抱え、彼女に思いを伝えるのは、遠い未来の話だ。



魔天のギャラリー 終


これにて長編『魔天のギャラリー』は完結です。

最後までお付き合い頂き本当にありがとうございました。


実はこの物語はとある友人の悩みを聞いていて書こうと思い至った話でした。

悩みを聞いてからかなり時が経過したため、もしかすると、その友人は既に苦境を乗り越えているかもしれません。

でも、その友人やアポロと同じように、苦しい環境で戦い続けている人は他にもいるのでしょう。


この物語が、そんな人の勇気になればと思います。


アポロ視点の物語はこれで終わりですが、いずれ、この世界の別の場所、別の主人公を題材に、新たな物語を描きたいですね。


例えば王都ノリアの治安を守る調査団の話とか……。


ひとまずは違う作品を書く予定ですが、その時が来たら、またこの世界の箱の蓋を開きましょう。


ではまた。

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