表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔天のギャラリー  作者: 星野哲彦
49/50

エピローグ 2


 相も変わらずヘルメトスの空は魔霧に覆われている。

 

 気候も景色も、数週間前と大差はない。しかし、町の活気は明らかに変化があった。

 

 その様子をアポロは王宮のテラスから眺めている。

 

 空蛇の脅威に怯えることなく、誰もが自由に大小様々な花火を打ち上げる。

 

 商店街で店先に並んだ作品を売る声が聞こえてくる。それを買おうと集まる民の顔は心無しか晴れやかだ。

 

 宮廷画家になりたいという夢を叶えるのであれば、今までは王宮のやり方に従わなければならなかった。しかし、今の王宮は自由な才能を集めているため、変に何かを意識する必要がない。画材選択の幅は広がり、買い物を素直に楽しめるようになった。

 

 王宮の宮廷画家を続けるアポロの周囲の環境にも明確に変化があった。アポロが長らく虐げられていたのはやはりターレックの支配による影響が強かったのか、アポロに対して陰口を言う者はいなくなった。ソラリスは今までの態度を一度アポロに謝るべきだと怒っていたが、アポロはもう気にしていない。他の宮廷画家と意見を交わしながら切磋琢磨する時間を心から楽しむことができている。


「宮廷画家第十七位、アポロ!」

 

 名を呼ばれ、序列の上昇に会わせて新調した支子色のカーディガンを羽織って立ち上がる。その色は自分の髪色にも近いため、なかなか気に入っていた。

 

 テラスには横五列に椅子が並べられていて、そこに町民や画家達が座っている。

 アポロが立ち上がると同時に、彼らはアポロに視線を向けて拍手をしてくれた。

 祝福する空気に押し出されるように、アポロは客席から抜け出す。

 

 二週間で提出された絵画が並べられた白壁の前に、紅のドレスを着た銀髪の少女が立っている。

 

 彼女は誇らしげな顔でアポロを迎える。

 

 テラスに敷かれた紫色の絨毯の上でアポロは膝をついた。


「顔を上げよ」

 

 穏やかに呼びかけられて少女の顔を見る。

 

 計算してそうするように配置したのか、彼女の顔を見上げると自然と壁に飾られた自分の絵が目に入った。

 

 祭壇の上で瞳を閉じて舞う踊り子。

 舞に会わせるように色とりどりの風が吹き、束ねられた幾筋もの光が空に向かって伸びていく。光によって暗雲は貫かれ、その向こうに広がる星空が見える。

 

 額に収められた水彩画の下、アポロの名と『夢踊』という題が刻まれていた。


「一度其方に贈った言葉だが、もう一度言おう。六年もの間、本当によく戦ってくれた。ヘルメトスが其方の歩みを忘れることはない」

 

 言葉と共に、石枝と鉱石を組み合わせて作られた勲章が渡される。アポロは首にかけられたその重みを受け止めるのに暫くの時間を要した。

 

 事前に式を取り仕切るククルの臣下に言われた通りに動き、ククルの斜め前の列に向かう。

 

 列を形成しているのは、三原色の制服を着た金髪の騎士と、灰色の正装に身を包んだ大柄な男。トレイとグランだ。

 

 シャーリとドゥハは勲章の授与を辞退したと聞いた。罪を償ってから受け取りに行くとククルに宣言したらしい。

 

 アポロが列に並ぶと、グランが貫禄ある顔を正面に向けたまま囁く。

「アポロ少年、良い顔をするようになったな」

「二週間じゃ何も変わらないだろ」

 目を細めて言い返すと、グランの隣に立つトレイが言った。

「いや、僕もそう思ったよ」

 

 二人ともそう言うのならそうなのかもしれないと思って、試しに手で頬に触れてみるが、それだけで微細な変化が分かるはずもなかった。


「アポロ少年。君のおかげで王都も世界も救われた。改めて礼を言わせてくれ。……ありがとう」

 

 グランの礼の言葉を聞いて、アポロはターレックと戦う直前にスクロールを介して彼と交わした言葉を思い出す。

「言っただろ。オレはオレの夢のために戦ったんだ」

「そうか。そういえば王都にも行きたいと言っていたな。いつでも我が輩が案内してやろう」

「それは楽しみだ」

 

 ククルの前に新たな勲章が二つ用意される。それを見たアポロは自然と息を飲んでいた。

 

 勲章を受け取るべき相手は、果たしてここを訪れるのか。


「カイルス・キャンベラー」

 

 肩書きを伏せ、ククルがその名のみを告げる。

 

 式典を見守る数十名の衛士達の顔が強張るのを見た。

 

 しかし、誰一人、女王の言葉に答えを返さない。

 

 客席はいつまでも静まりかえったままだった。

 

 ククルは一瞬だけ残念そうな表情を浮かべた後、勲章を台座に戻す。

 

 ――その時だった。


「女王ククルよ。名誉ある勲章の授与、大変光栄だ。しかし俺は、別の物を望む」

 

 どこからか聞こえてくる聞き覚えのある声。

 

 集まった町民も、画家も、衛士も、皆が視線を上下左右に動かして声の主を探す。

 

 気のせいか、テラスの下に広がる町の方まで騒ぎが伝わっているような気がした。


「そこだ! 衛士の中にいる!」

 

 その存在に真っ先に気がついたのはトレイだった。剣を引き抜き、その剣先を衛士の列の一点に向ける。周囲の衛士達が一人を残して散った。

 

 そこに、ヘルメトスの衛士が着用する装備に身を包んだ灰髪の空賊が立っている。

 

 彼は堂々と紫色の絨毯の上に立ち、ククルの前で跪く。

 

 この場に集まった多くの者が動揺していた。

 

 ククルは僅かに微笑み、跪いた空賊に問いかける。


「では聞こう。お前は何を望む」

 

 間髪入れずに伝説の空賊は答える。


「そちらの絵画を譲り受けたい」

 

 カイルスは立ち上がり、その指でククルの背後に飾られたアポロの絵を示す。

 

 我に返った衛士達がカイルスを取り囲んだ。その中にはトレイの姿もある。

 

 アポロの横でグランが言った。

「堂々と現れるとは良い度胸じゃないか。言っておくが、もう協力関係は無効だぞ」

 などと言いつつ、彼は船を修理する間だけはカイルスとダイダを見逃していたらしい。

「俺はまだ目的を果たしていない。手ぶらで帰るつもりは毛頭ない」

 幾本もの剣を向けられて尚、カイルスの余裕は崩れない。

 

 ククルが言った。

「しかし、この状況では絵を受け取ってもすぐに捕まってしまうのではないか? 絵は渡せないが、この国を救ってくれた礼として、庇ってやっても良いのだぞ?」

 

 カイルスがこの場に現れたことが嬉しいのか、ククルは楽しそうに挑発の言葉を吐く。

 

 カイルスは首を振る。


「いいや、それには及ばない。絵画を頂けないというのであれば別の物を盗むまでだ」

 

 そして、カイルスはアポロを見た。

 

 これからも美しい物を見続けるであろう賢者の瞳に心を奪われる。

 

 視線が交差した時間は一瞬。だが、それだけで、アポロは彼にいつか伝えたかった言葉を言うべき時が今だと知った。


「カイルス、俺を連れて行け!」

 

 答えの代わりにカイルスは衛士の剣を踏み台に跳躍する。

 

 同時にアポロもテラスの端に向かって駆け出した。

 

 彼がこの先どんな無茶をやろうとしているのか、アポロには手に取るように分かる。

 

 走るアポロに向かってグランが叫ぶ。


「いいのか? 空賊と共に行くのなら、王都は案内してやれないぞ」

「それは少し残念だけど、自分で勝手に見て回ることにするさ!」

 

 迷うことなく、テラスから跳躍する。

 

 鞄に収まっていたブイレンが飛び出して、アポロと共に空を飛ぶ。

 

 思っていた通り、半月型の広場の上にメルクリウス号が到着していた。下の町の喧噪は突如現れた飛空挺に対する町民の驚きの声だったのだ。


「よーう。やっぱり来るんじゃなぁ」

 

 舵輪を握るダイダが着地するアポロに向かって手を振った。

 

 後方からカイルスの声が聞こえてくる。


「ダイダ、船を上昇させろ! 魔壁の用意も忘れるな。ガーベル家の騎士が来るぞ」

 

 アポロとカイルスが着地するや否や、メルクリウス号がうなりを上げて上昇する。

 

 テラスを見下ろすと、カイルスの言葉の通り、そこで金髪の騎士が剣を構えていた。

 

 魔素を圧縮した斬撃が放たれる。

 

 カイルスが甲板に備え付けられた魔導具のレバーを引き抜き、青い魔壁が展開された。

 

 斬撃と魔壁が衝突し、相殺の衝撃で甲板に強い風が巻き起こる。


「トレイ・ガーベル! 悪いがお前じゃ、空を駆ける空賊は斬れない」

 

 カイルスの挑発に、トレイは剣を鞘に収めて答えた。


「そうか。ならば次に会う時までに僕も翼を用意しよう」

 

 彼ならば本当に空を飛ぶ手段を確保しそうな気がしてアポロは少しぞっとする。

 

 だが、最強の騎士に追われるという経験も悪くない。

 

 アポロはテラスの後方でこちらを見上げるククルと視線を合わせる。

 

 彼女もソラリスやシャーリと同じように、こうなる未来を想像していたのか、満足そうに微笑んでいた。

 

 言葉は六年前に既に交わしてある。

 

 いつの日か、旅で見た美しい世界を描いて彼女の画廊に飾る。

 

 二人の夢は今ようやくはじまるところなのだ。


「いいのか?」

 カイルスの問いにアポロは頷く。

「ああ、出航してくれ」

「どこに向かうんじゃ?」

 一瞬、ダイダは船長であるカイルスに尋ねたのかと思ったが、その顔はアポロに向いていた。

「え? 俺が決めていいのか?」

「最初くらい、新入りに進路を任せたいじゃないか」

 カイルスも、衛士の装備を脱ぎ捨てながらアポロを見る。どうやら予め、アポロに行き先を任せることを二人で話し合って決めていたらしい。


「……そうだな。見たい場所はたくさんあるけど。まずはホエルを探したい。今のヘルメトスのことを伝えたいんだ」


「確かにそれは必要な挨拶じゃな」

「それじゃあ、ホエル・ファーリスを探しつつ、道中で絵の題材になりそうな景色を探すとしようじゃないか」

 

 メルクリウス号がヘルメトスの外に向かって走り出す。

 

 船は進み続ける限りどこかに辿り着く。

 その言葉を信じ、羅針盤でも地図でも分からない、夢の果てを望む。

 

 ダイダが笑顔で舵輪を回した。

 

 ブイレンは「出航ダ!」とカイルスの台詞を奪いながら、マストで偉そうに翼を広げる。

 

 カイルスはこの先の冒険に心を躍らせているのか、賢者の瞳を爛々と輝かせて船の針路を見つめていた。

 

 アポロはカイルスと同じ方向を見ながら胸に手を当てる。

 

 そこに滾る熱が、前に進めとひたすらに吠え続けていた。


エピローグ 終



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=531780821&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ