最終章 5
時は少し遡る。
「もう一度、魂転の魔法を使う」
追い詰められた王家の者を守るために作られたという隠し部屋。その中で鳥型ゴーレムの身体を借りたククルが小さな声で結論を述べた。声を小さくしているのは万が一にも外にいるターレックに会話を聞かれないようにするためだろう。
「でも、ククルの身体には今、ターレックの魂が入っているんだろ。上手くいくのか?」
アポロも彼女に習って声を抑える。
「魂転の魔法に失敗するのは、移動する先の器に本来の持ち主の魂が存在する場合だ。余の魂であれば、余の身体からターレックの魂だけを追い出すことができる」
「なるほど」
ターレックも魂転の魔法では魂と器の結びつきは断ち切れないと言っていた。ならば、ククルの身体を求めて魂の衝突が発生した場合、勝つのはククルの方だ。
「それで、魂転の魔法はどう使う?」
カイルスが腕を組みながら問う。
「まず必要なのは膨大な魔力。これに関しては余が時間をかけて精製するしかないだろうな」
一瞬、アポロは自分が契約している精霊と交渉して魔力を借りるという方法も考えたが、そうすると魂転の魔法が使用できなくなる。精霊との契約を使用している間は他の魔法を使うことができなくなってしまうのだ。
「待ってくれ。魔力に関しては俺が調達しよう。一度使うと暫く使えなくなる奥の手が、ちょうど今宵使えるようになったところだ」
「奥の手?」
カイルスの提案にアポロが聞き返すと、カイルスは自身の瞳を指差した。
「瞳を通じてナクタネリア王国の霊獣から魔力を引き出す。賢者姫にだけ使うことを許された跡術という魔法だな」
「霊獣の力を借りることができるのであれば、魂転の魔法に使用する魔力も簡単に賄えるな。よし、それで行こうぞ」
「ククル、他に必要な物はないのか?」
「もちろんある。星空の魔天に刻まれた王家の魔法以外のレシピは基本的に複写しないと発動しない」
「ああ、だからターレックは芸術祭で絵画と額にレシピを複写していたんだな。もちろんレシピ本体を保護する目的もあったのだろうが、そもそもそうしなければ使えないという事情も存在したということか」
ククルはカイルスの考察に頷き、翼で天を示す。
「そもそも、あの魔天は王家の魔法を保存し、それを王家の者がいつでも引き出せるように作られた物だ。他の魔法のレシピに関しては余白を強引に利用しているだけに過ぎん。そこに多生の不便が生じるのは当然のことよ」
魂転の魔法は王家の魔法ではなく、ククルが追加した魔法だ。だから、使用するためにはアポロが複写しなければならない。元々魔天の星空に刻まれたレシピを複写するつもりでここに来たため、必要な画材は一通り揃っている。
「少し脱線するが、つまり、ターレックが行使している黒い炎の魔法も、魔天に刻まれたレシピを複写して使っているということだな?」
「魔天に刻まず、自分が元々使っていた手帳などを所持している可能性もあるが、どちらにせよレシピが刻まれた何かをどこかに隠し持っているのは間違いないな」
「ということはレシピを破壊すれば一定の効果は期待できる……」
「もちろん。たとえ魔天に刻まれたレシピを使っていたとしても、複写を破壊されれば奴にとって大きな痛手となる。戦いの最中に新たに複写を用意するのは難しいからな」
「でも、そんなことできるのか? ドゥハの時みたいに、賢者の瞳で見るだけいいってことはないだろ?」
アポロが尋ねると、カイルスはコートの内ポケットを叩いた。どうやらそこにターレックの魔法を破壊する仕掛けが用意されているらしい。
「うむ。頼もしいな。それではカイルス、お前が魂転の魔法を複写する時間を稼げ」
ククルがまるで臣下を相手にするような調子でカイルスに命じる。
「元々そのつもりでここまで来たんだ。跡術の助けを借りれば今まで受けたダメージもある程度回復できる。ターレックには指一本、アポロに触れさせない」
特にへりくだるわけでもなく、カイルスは自然にククルの要求を受け入れた。
ターレック相手に時間を稼ぐというのは決して楽なことではない。しかし、彼が自分の仕事をしくじるところをアポロは想像することができなかった。
「され、複写が終われば、後はそれを使うだけだ。魂転の魔法は二つの器に対して同じ武器や道具を当てることで成立させる」
「例えば俺のナイフでも良いのか?」
カイルスがいつも使っている短剣を引き抜く。特別な装飾はないが、歴史と業を感じさせる逸品だ。
「ああ、そのナイフに魂転の魔法を使い、それを余の器と余の器……ええい、ややこしいな。鳥と女王に当てれば成功だ」
十分実行可能な作戦に思える。アポロが複写に成功すれば、もうほとんど上手くいったようなものだろう。しかしアポロは、それでももう一つ仕掛けを打っておくべきだと考えた。
「待って。絶対に成功させるためにこうするのはどう?」
そして、アポロは考えた策を二人の仲間に伝えた。