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魔天のギャラリー  作者: 星野哲彦
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第五章 7


「大精霊の力とは凄まじいな。火急の事態ではあるが、良い物を見せてもらった」

 

 カイルスがアポロの身体を固定したロープを解きながら、嬉しそうな表情で消えゆく紫電を眺めている。その瞳に映る光景は、おそらく賢者姫にも届けられているのだろう。


「わ、儂は腰を抜かしそうになったぞ」

 ダイダは舵輪に身体を預けてぐったりとしていた。


「よく言うナ。途中まで嬉々としてたゾ、オマエ」

 ブイレンがダイダの周囲を飛び回る。


「いやぁ、魔獣相手だったら楽しむ余裕もあるが、大精霊は魔獣なんかとは比べものにならない存在感があったぞ。アポロ、お前さんの祖父はとんでもない相手と契約を結んだんじゃなぁ」

 

 アポロは祖父がどのような経緯で精霊と契約する画家になったのか知らなかったが、それでもダイダの言葉を聞いて誇らしい気持ちになった。


「さて、障害はいなくなった。あとは魔天の間に向かうだけだ」

 

 カイルスが今一度塔を睨む。

 

 空蛇が燃え尽きたことにより大気中の魔素が乱れ、元々強かった風がさらに強くなった。

 

 空賊の纏うコートが音を立てて風を受ける。

 

 最大の関門を突破したにもかかわらず、乱れた天候が気持ちを落ち着かせない。

 

 その時、カイルスのコートの内側が輝いた。

「トレイからか」

 騎士の名を呟きながら彼が取りだしたのは、羊皮紙のスクロールだった。

 

 床に落ちたスクロールは自動的に開いて魔法を起動する。

 

 羊皮紙が揺れ、トレイの声が届く。

「聞こえるか?」

 

 魔法による通信が完璧ではないのか、音声はやや乱れていたが、聞き取れないほどではない。

「ああ、通信魔法は問題なく起動している」

 カイルスが応答しながら羊皮紙のそばにあぐらで座る。


「ああ、良かった。こっちは無事にターレックを仕留めたよ」


「本当か!?」

 衝撃の報告にアポロは思わず身を乗り出す。


「心臓に剣を突き立てたから間違いないよ。死体も確認したしね」

 

 あっさりと告げられた首謀者の死。だが、トレイの声色がそれでは解決しなかったということを示唆している。


「でも、国民を操る魔法は解けていない。君の身内のソラリスさんも無事ではあるけど、操られたまま町を彷徨っている。思っていた通り、ターレックは自分が死んでも問題ないような仕掛けを用意していたみたいだ」


  それはメルクリウス号の上からでも確認することができた。町にはまだ無数の青い光が灯っている。操られた民の瞳から放たれる光だ。その中にソラリスもいるのかもしれない。

 

 トレイは報告を続けた。

「だからって、町ではどうすることもできないから、ひとまずシャーリとドゥハを連れてグランと合流したよ。皆、無事だ。シャーリとドゥハはへばってるけどね」

 

 シャーリの明らかに疲弊した「うるせぇ」という声が小さく聞こえてきた。魔法で強化されたソラリスを相手に立ち回ったのだから疲れるのも当然だ。


「グランが話したいことがあるらしいから、変わるよ」

 

 会話が途切れ、足音が交差する音が聞こえてくる。


「よう。グランだ。こっちは何とか切り抜けた。怪我をしている者はいるが、誰も出血はしていないし、命に問題がある奴もいないだろう。襲ってくる民も傷つけずに済んだ」

 

 想像以上の戦果だった。黒幕は倒し、犠牲者は皆無。彼らがこの結果を得るためにどれだけ懸命に戦ったのか、想像がつかない。

 

 にもかかわらず、グランの声はいささか沈んでいた。


「アポロ少年。我が輩が昨晩邪魔しなければこの町の惨状すらも防げていたのかもしれない。ダイダにも言われたが、我が輩はその責任を取らなければならなかった。だが、どうやらそれはできなさそうだ。これから王宮に向かおうとすれば間違いなく犠牲者が出てしまう」

 

 その予測はおそらく正しい。ターレックが王宮の周辺を手薄にしているはずがない。元々戦う力を持っていない町の住人相手でも厳しい戦いだったのだ。そこに操られた衛士が加われば、さらなる苦戦を強いられる。

 

 言葉が途切れた。

 深い呼吸が聞こえてくる。


「我が輩は、スラムの者達をコロニーに逃がそうと思う」

 苦しそうな声だった。


「コロニーにスラムの者達を逃がしても、我が輩とトレイはおそらくそっちに合流できないだろう。誰かが操られた住人からコロニーを守らねばならん。犠牲者を一人でも少なくするためにはそれが最善だ」

 

 シャーリとドゥハが体力を消耗している以上、それが正しい采配だろう。グランの判断にアポロも異論はなかった。

 

 仮にトレイだけが王宮に向かったとしても、塔を登る魔法が起動するとは限らない。石樹を使った昇降装置は特別な者がいなければ起動しない。

 

 メルクリウス号を町に近づけ、戦力を補充するのもリスクがある。そのタイミングで操られた住人が船に乗り込めば、状況は悪化してしまうだろう。

 

 何も難しい話ではない。

 

 今の戦いで得た戦果を最大限活かすのであれば、グランとトレイがコロニーを守り、アポロ達がこのまま魔天の間に向かえばいいのだ。

 

 それが最善だからグランはそう動くと決めた。しかし、最後の要を自分以外の者に託すことに責任を感じているということか。


「どうやらあとはその船に乗っている者に任せるしかないようだ」

「それで良いだろ。グランとトレイ、スラムの皆はもう十分戦ってくれた。この戦いはオレとカイルスとダイダがはじめたことだ。最後はオレ達がけじめをつける」

「そうじゃ! 空のことは空賊と画家に任せて、狸は大人しく寝てるんじゃ!」

 

 舵輪を握ったままダイダが叫ぶ。乱暴な言い方ではあったが、グランのことを気遣う気持ちは伝わってきた。空賊と調査団という本来相容れない立場の二人ではあるが、今は間違いなく、同じ敵を相手取る仲間だった。


「そうさせてもらおう。……アポロ少年」

 

 グランが一泊置いてから、改めてアポロに声をかけてきた。


「何?」

「君は直接見たことがないと思うが、この国を覆っている濃い魔霧の向こうには無数の国があり、多くの人々が暮らしている。どの国も平和と言うには問題を抱えすぎているが、それでも誰もが懸命に生きている。我が輩達が暮らす王都ノリアもそうだ」

 

 グランが語っているのは、アポロが文献で存在を知り、かつて自らの足で向かおうとした世界の話だった。


「これは単なる我が輩の直感だが、この国の状態を放置すれば、いずれ外の世界にも多大な影響が出るだろう。そうさせないために、何とか君の力で君の国を取り戻して欲しい」

 

 グランの直感は無視できない。アポロもまた、この国の状態は悪い未来を引き寄せるような気がしていた。ターレックが自分の死後のために用意した仕掛けが、魔法の継続だけとはとても思えない。


「ああ、オレは自分の夢を叶えたいからな。この国がターレックの意のままっていうのは困るんだ。それに……」

 

 アポロは黙って会話を聞いていたカイルスに視線を向ける。それに気づいたカイルスがアポロと視線を合わせたが、流石にアポロの考えていることまでは読めなかったのか、僅かに首を傾げた。

 

 それでいい。今は伝えるべき時ではない。


「オレはいつか世界を回りたいと思っていた。もちろんノリアもだ。だから、世界が滅茶苦茶になるのは困るし、ここでグランに借りを作っておくのもの悪くない」

 

 実際は、ヘルメトスの問題の解決にグランの手を借りているアポロの方が彼に貸しを作っているということになるのだろう。

 

 貸しだろうが借りだろうが、それはどちらでも良かった。ホエルの時もそうだったが、アポロは外の人間と関われること自体が嬉しいのだ。


「いつかノリアを描きに行くよ。そのためにもここは失敗できない」

「……そうか。それじゃあ、我が輩はその絵を買うために金を貯めておこう」


「グラン、アポロ。そろそろ通信が切れそうだ」

 カイルスが刻限を知らせる。


「おっと、我が輩ばかりが話していては駄目だな。お前達、何か伝えておくことはあるかぁ……お、おう、トレイはそれだけで……何ぃ、お前ら適当過ぎないか?」

 

 賑やかなやりとりが聞こえてきた後、グランは咳払いを挟んだ。


「ええっとな。トレイからは『武運を祈る』。シャーリとドゥハからは『とにかく何とかしろ』だそうだ」

 

 あまりに短い言伝に、ブイレンも含めて船にいる全員が笑った。


「ありがとう。肩の力が抜けた。……それじゃあ、行ってくる」

「任せた」

 

 スクロールの表面に刻まれた文字と記号が光に包まれて消失する。

 一度切りの情報共有はこれで終わった。

 

 短い会話ではあったが、アポロは受け取った言葉から確かに力を得ていた。


「それじゃ、行くぞぉ」

 ダイダが舵輪を思い切り回す。

 

 メルクリウス号がゆっくりと上昇しながら魔天の間に向かう。加速機能を使わないのはあらゆる状況に対応できるようにするためか。

 

 カイルスがアポロの横に並んだ。


「アポロ、これを渡しておく。最悪、俺達のことは無視して良い。君はこれを完成させることだけに注力するんだ」

 

 カイルスがそう言って手渡したのは、保護用の布に包まれたキャンバスだった。

 

 そこに、完成直前まで進めたアポロの作品がある。

 

 アポロはキャンバスを抱きしめて目を閉じた。

 

 この絵を見せたい相手に届けるために、ここまで戦ってきたのだ。


 目を開き、船の針路を見つめる。

 

 ブイレンが足下で「行ケ、行ケ」と船を押し出すように鳴いていた。

 国と夢を取り戻すアポロの戦いは、いよいよ佳境を迎えようとしていた。



第五章 終


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