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魔天のギャラリー  作者: 星野哲彦
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第五章 4


 おそらく、ターレックの魔術が発動してしまった。

 

 スラムの男達はただそれを眺めていたわけではない。アポロの目が慣れていくにつれて、その彼等が剣を振り下ろした結果が見えてきた。

 

 振り下ろされた剣はことごとくソラリスの持つ大きな筆によって受け止められている。

 

 その状態のまま顔を上げた幼なじみの瞳には青い炎のような光が揺蕩っていた。


「ターレック! ソラリスに何をした!?」

 

 アポロの怒声にターレックは笑い続ける。


「ソラリス? 違う。私は今、この国の全てを掌握した」

 

 再び錬金術師が指を鳴らす。ソラリスは筆を振り回し、剣ごとスラムの男達を弾き飛ばした。


「おや、王都の騎士にしては手応えがないですね。さては偽物ですか?」

 

 ターレックが見抜いた通り、今弾き飛ばされた騎士達は確かに偽物だ。しかし、彼らとて長いスラムの生活の中でそれなりに体を鍛えた男達である。だからこそ、グランは彼らに騎士の装備を与えた。それで十分戦力になると判断したのだ。

 

 ソラリスはその男達を一度に全員弾き飛ばした。間違いなく、ターレックが何かの仕掛けを打っている。


「僕が無力化する」

 

 トレイが剣を握ってソラリスに接近する。しかし、それを遮る者達がいた。

 

 それは町の民だった。

 

 職人、炭鉱夫、商人。アポロが生まれ育ったこの町で共に暮らしていた老若男女が一斉に広場に流れ込んできている。全員の瞳がソラリスと同じように青く光っていて、その輝きが消えた蝋燭の代わりに広場を怪しく照らす。

 

 まるで、この国の民全てがターレックの意思の元で動いているかのような光景だった。

 事実、それに近いことが起きているのかもしれない。

 

 トレイは剣を鞘に収め、拳と蹴撃で襲いかかる民を何とか退けようと奮戦する。この状況でも彼は無実の民を斬らないように努めていた。それが彼の信じる騎士道ということか。


「この人達、全員何かしら強化されてる!」

 

 騎士の拳を腹に受けようとも、足を剣の鞘で払われようとも、民達はすぐに起き上がって行動を再開する。明らかに民のほとんどがトレイを狙っていた。


「ターレック!」

 

 グランが上着から抜き取った拳銃を錬金術師に向けた。錬金術師や魔術師を暗殺すると後の状況が悪くなるとトレイが言っていたが、もうそんなことを考慮していられる状況ではなくなったのだ。


「随分と判断が遅いですね」

 

 グラン拳銃はソラリスの振った筆に弾かれる。

 

 アポロも何とか援護しようと藻掻くが、集まってくる住民がそれをさせてくれない。新たに呼び出した水流で撃退するも、圧倒的に手数が足りなかった。シャーリとドゥハも似たような状況だ。


 ソラリスが筆を捨てながら呪文を唱え、それに合わせて広場の床が剥がれて変形する。筆の代わりに現れたのは石でできた槍だ。操られていてもソラリスは自分の習得した魔法を使うことができるらしい。

 

 その槍がグランの腹部を貫く。


「くそっ!」

「グラン!?」

 

 グランはその場で後ずさる、間一髪直撃は避けたらしいが、脇を刃で削られたのか、血が滴っていた。

 

 助けに行こうとした瞬間、視界の端からアポロの元にブイレンが飛び込んでくる。翼で飛んできたわけではなく、投擲されたような勢いだった。

 

 視線をトレイの方に向けると、金髪の騎士はその指で空を示していた。


「行くんだ! ここは僕とグランが何とかする。君は君の役目を果たせ。相棒を傷つけるなよ!」 

 

 広場に跪いたグランが叫ぶ。


「シャーリとドゥハはアポロを援護しろ! 他は状況を立て直すぞ。我が輩の指揮に従え!」

「でも!」

 

 放ってはおけない。そう言い切る前に襟首を掴まれた。シャーリだ。

「馬鹿。あたしらがここにいてもできることなんて何にもねぇ!」

 そのままアポロを港に向かう街道へ強引に連れていく。


 彼女の判断が正しい。自分達は戦士ではない。戦いに参加してできることは少なく、逆に足手まといになる可能性が高い。

 

 考え直したアポロは体を港に向けて走り出す。すぐにドゥハが合流した。

 

 街道にも当然、町の住人の姿があった。

 

 その全員が青く光る瞳をこちらに向けて襲いかかってくる。近くの店から武器になりそうな道具を掴む者もあった。


「姉さん、多勢に無勢です。とても港までなんて……」

「アポロ! この前と同じルートで行くぞ」

 

 一瞬、シャーリに何を指示されたのか分からなかったが、すぐに思い至る。数日前、アポロが荷物を盗んだシャーリを追いかけた時と同じように、屋根の上に登ると言っているのだ。

 

 住民ひしめく街道を港まで馬鹿正直に走るよりは生存率が高いだろう。

 

 アポロは懐から鉛筆を取り出し、近くの八百屋に立てかけてあった木板を拾った。持ち運ぶのに苦労はするが、ドゥハとアポロ、二人同時に乗れそうな大きさだ。

 

 寄ってくる住人をシャーリが武器を使わずに蹴飛ばす。ソラリスと違って住人達がその攻撃を防御することはなかった。操られた者達の動きは本人の資質に左右されるということだろう。

 

 そうして暫く進んでいるうちにシャーリが屈強な体の炭鉱夫二人に挟まれた。彼らはシャーリの蹴りを受けても怯まない。

 

 足を止めれば囲まれる。アポロは呪文を唱えた後、鉛筆を振って水を流す。

「悪い!」

 謝りながら、街道の外側に立つ炭鉱夫に水をぶつける。そこにシャーリが蹴りを加えると炭鉱夫は街路の上で倒れた。その隙に住人達の包囲網を突破する。

 

 見覚えのある黄色い建物の手前で細い路地に飛び込む。シャーリが走る速度を上げるのを見て、アポロは再度鉛筆を構えた。


「ドゥハ飛べ!」

 

 ドゥハがジャンプしたタイミングを見計らって、彼の足下に向けて抱えていた木の板を投げ込む。それに合わせて平たく広げた水流を路地裏に流し込んだ。後からアポロも跳躍して木の板の上に乗る。


「先に行くゾ」

 

 ブイレンがアポロの肩から飛び立つ。上に危険がないとも限らないので、偵察してくれるのはありがたかった。

 

 シャーリは既に周辺の地形を利用して屋根の上に向かって登りはじめていた。アポロは彼女に追いつくため、水流を膨らませて数日前と同じように木板を押し上げる。


「お、おおお!?」

 

 木板の上で狼狽えるドゥハ。その手をシャーリが掴む。アポロは自ら跳躍して屋根の縁を掴んだ。

 

 三人はそれぞれのやり方で屋根の上に這い上がった。

 

 全力疾走と登攀。激しい運動により呼吸が乱れに乱れる。特にドゥハとアポロは暫く動かなさそうな状態だ。


「とりあえず、敵は見えないゾ」

 ブイレンの偵察報告に安堵する。


「流石に、ここまで、追ってこれるやつはいないか」

 そうは言いつつ、アポロは念のため屋根の端に移動して真下の様子を確かめた。

 

 そこに、思わず目を背けたくなるような光景があった。

 

 アポロ達が屋根にいる建物に向かって夥しい数の住人が集まっている。先頭に立つのは屈強な炭鉱夫達。その手に握られているのは地下を掘削するためのハンマーやツルハシだ。

 

 彼らはそれを、建物めがけて次々と振り下ろしはじめた。


「な、何だ? 何の揺れだ!?」

 

 シャーリが異変に気づいてアポロに近づく。そして、その光景を前にしてアポロと同じように息を飲んだ。

 

 アポロは無意味と分かっていても、下にいる者達に声をかけずにはいられなかった。彼らは皆、同じ町で育った家族のような存在なのだ。


「やめろ。皆で作った町だろ。オレの爺さんが愛していたこの町を、そんな風に壊すのはやめてくれ!」

 

 瞳に青い炎を湛えた住人達にアポロの声は届かない。ターレックの魔法による汚染は、言葉や感情では解決しないのだ。


「敵ダ、敵がイル!」

 

 索敵を続けていたブイレンが頭上を旋回しながら警告する。

 

 わざとらしい足音を立て、この悪夢を仕掛けた首謀者が近づいてくる。

 

 ターレック・コルトナだ。



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