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魔天のギャラリー  作者: 星野哲彦
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第五章 1


 国を取り返す作戦の会議はさぞかし長丁場になるだろうとアポロは覚悟していた。


 しかしながら、ここには数々の作戦を成功させてきた伝説の空賊と、戦争に参加した経験のある若い騎士、そして王都を運営してきた重鎮が揃っていたのである。

 

 一度会議がはじまると、まるで突風の如く話は進んでいった。

 

 決行するタイミングは翌日の夜。

 

 ヘルメトスの芸術祭は二日で終わるが、その片付けに一日費やした後、後夜祭を開く決まりとなっている。行動を起こすのはその時だ。

 

 今日中にはヘルメトスの外から来た客は島から出るはずなので、その分だけ町の中を動きやすくなる。彼らが持ち帰ったであろう絵画については、グランが王都を出る前に回収する手筈を整えておいたらしい。

 

 本来であれば彼も今日中に島を出なければならない立場であるが、遅れて到着した分だけヘルメトスの滞在期間を延ばし、その間に取り逃がした空族を捕らえるという約束を半ば強引にターレックと交わしたという。財狸の名に恥じぬ抜け目のなさだった。

 

 作戦の内容は決して複雑ではない。

 

 まず、後夜祭の最中にスラムの住人が騒ぎを起こす。それに対して王宮の衛士が応じるはずだが、簡単に掴まらないようにグランが指揮を執る。トレイはその間、ターレックを抑える。

 

 スラム街の住人達の登場とトレイとグランの裏切りは王宮側に対して強い陽動の効果を発揮するだろう。その隙にカイルスとダイダの母船でアポロは塔へと向かう。

 

 問題はここだ。

 

 船でヘルメトスの空を飛ぶとなれば、必ず空蛇が妨害してくる。

 

 それを突破する策はアポロが用意することになっていた。

 

 話し合いが終わった後、それぞれが作戦の準備に奔走した。

 

 グランとトレイはスラムの住人達に対して簡単な指示出しと教練を行った後、住人を何人か引き連れて地上に戻っていった。

 

 ダイダはドゥハと共に魔導具の調整を行っている。

 

 シャーリは自宅で留守の間も子供達が生活できるように支度を調えに一度小屋に帰った。

 

 アポロは星空の絵が完成直前の状態になるまで空き地で作業をした。

 芸術祭に出した絵は油絵だったが、今回は時間がないので水彩画を選択している。元より十分な時間を取れると思っていなかったため、その方向性で構想を練っていた。

 

 その作業が終わった現在、今度は空蛇に対抗する策のために、カイルスの案内で彼らの母船に向かっていた。

 

 コロニーの農場の裏手に隠された通路があり、そこから細い洞穴を通って下に進む。その先にスラム街の住人が物資の仕入れに使っている天然の港があるという。

 

 狭く暗い空間をカイルスの持つ灯りを追いかけて進んでいく。

 

 アポロは特殊な画材を積み込んだ荷台を引っ張っているせいでランプを持つことができない状態だった。

 

 やがて洞穴は途切れ、やや広い空間が二人を出迎えた。

 

 剥き出しになった岩場に落下防止用のロープが至る所に張り巡らされている。その先は魔霧に包まれた島の外だ。足を踏み外せば遙か下の息絶えた大地まで落ちるだろう。既に日は没しているのか、魔霧の向こうから差し込む光は皆無だ。

 

 そんな島と外の境目にいくつかの船が泊められている。先日、塔から脱出するために使った小舟もある。だが、明日使う船はそれではない。

 

 暗がりの中でも一際目につく美しい船体が、カイルスの掲げたランプによって照らされた。


「これが俺達の船。メルクリウス号だ」

 

 細く長い船体とその上に浮かぶ弾丸のような形の布風船。どちらも塗装は施されておらず、それ故に船の歴史が一目で伝わってくる。尖った船首と船体の真横に広がる翼は、まるでくちばしの鋭い鳥のようだった。

 

 きっとこの船は速い。そう思わせる形をしている。


「今まで見てきたどの船とも違う。まさに走るために生まれた船って感じだ」

 

 人や荷物を運ぶためではなく、戦うためでもない。進むためにある船。その在り方は持ち主であるカイルスの生き様そっくりだ。

 

 ブイレンが荷台から飛び出し、船首の先端に降りる。

「彼女もこの船が気に入ってくれたようだな」

 船に登るためのタラップを用意しつつ、カイルスが嬉しそうに言う。ブイレンは一声「いい船ダ」と偉そうに感想を述べた。


「本当ならこの船を絵にしたいくらいだけど、今はそんなことをしている場合じゃないからな」

 

 アポロは軽く一息ついた後、緩やかな角度になるようにセットされたタラップに荷台を乗せた。洞穴を降りる時は容易だったが、タラップを登るとなるとかなりの力が必要だった。カイルスと二人がかりで荷台を船まで押し上げる。

 

 船の見た目は細い印象だったが、甲板はそれほど狭くはない。かつてアポロが島を飛び出す際に乗った飛空挺ほどではないが、十人程度であれば気軽に動けそうだった。後方には丸みを帯びた形のキャビンがある。


「どうだ? ここに描けそうか?」

 タラップを片付けながらカイルスが問う。

「ああ。広さは十分、材質も問題ない。はじめよう」

「俺は何をすればいい?」

「とりあえず、荷台に積んである画材を全部取り出してくれ」


  アポロは船体中央にあるマストを途中まで登り、甲板全体を眺めながら構図を練った。その間にカイルスが次々と荷台から道具を取り出していく。

 

 様々な太さの刷毛、数種類のペンキ、はみ出したペンキを拭き取るための布。

 

 どれもこれもスラムの住人達に無理を言って譲ってもらった品だ。住居を建てる時に使った道具が残っていたらしい。

 

 アポロはこれから精霊契約魔法に使う複製画を甲板に描く。



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