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魔天のギャラリー  作者: 星野哲彦
33/50

第四章 5


「協力してこの国を救おう! その代わり、お前達二人の捕縛を延期する」

 

 ベンチに腰掛けた途端、グランは単刀直入に要望を投げつけてきた。

 

 アポロは驚き、カイルスは呆れた様子でため息を吐く。


「グラン、後の為に忠告しておこう。ガーベル家の騎士を横に置いて言うその台詞はもはや脅しだ。俺の記憶が確かであれば、お前達が所望したのは話し合いと交渉だったはずなんだが」

 

王都の重鎮は楽しそうに口元の髭を摘まむ。


「我が輩の基準では、脅しもまた交渉手段の一つよ。パワーバランスが崩れた交渉のことを脅迫と呼ぶだけだ」


 今、奇妙な面子が公園の藤棚に集っている。

 

 伝説の空賊と謳われるカイルスとダイダ。

 

 王都ノリアの財宝管理府長、グラン。

 

 戦場では兵器として扱われるガーベル家出身の騎士、トレイ。

 

 そして、ヘルメトスの宮廷画家を首になったばかりのアポロ。

 

 ちなみにブイレンは木製遊具の近くでトレイに遊んでもらっていた。いつかのカイルスがそうしていたように、ブイレンが隙を狙って突撃してくるのをトレイが器用に回避する。大ホールの時からそうだったが、どうやら彼はブイレンをいたく気に入っているらしい。少なくともいきなりブイレンを傷つけるようなことはしないと思ったのでそのまま任せておいた。


「あのさ。この状況についていけてないのは、ひょっとしてオレだけなのか?」

 

 会話が先に進んでしまう前にアポロは疑問を口にした。目の前にいる二人は昨晩自分達を襲ってきた相手である。何も確認しないまま話し合いの場につけというのは無理だ。

 

 問われることを予測していたのか、カイルスがすぐに応じる。


「アポロ、昨晩の戦いは覚えているな?」

「もちろん」

 

 苛烈な戦いだった。たとえ半日意識を失っていようとも忘れるわけがない。


「そこで遊んでいる騎士が本気でこちらを斬るつもりだったのであれば、俺達は全員死んでいた」

「つまり、トレイが手加減していたってこと?」

 

 魔素を剣圧で押し出す斬撃。攻撃を全て躱した身のこなしと状況判断。アポロの武器を真っ二つにした剣術。

 

 手を抜いていたと思えないのは、それだけアポロとトレイの間に戦力差があるからか。


「信じられないという気持ちも分かるが、よく考えるんだ。例えば君の鉛筆をトレイが切断した時、彼は一歩踏み込むだけで君の胴を切ることもできた。船に放った斬撃が外れたのも彼が意図してやったことだろう。あのタイミングで攻撃を外すようでは戦場では生き残れない」

 

 状況を改めて言葉で説明されると、確かに不自然な結果ばかりだったように思えてくる。昨晩はトレイの常識外れな戦い方に圧倒されるばかりで細かいところまで気がつかなかった。


「最初はただ手を抜いているだけかとも思ったが、彼は命令を確実に果たそうとしているだけと言った。つまり、俺達を殺せとは命じられていなかったと考えられる」

 

 自分の話をされていると分かったのだろう。トレイは突撃してきたブイレンをそっと抱きかかえてベンチに寄る。


「あーあ。強すぎるというのも考えものだね。僕と戦った相手が生き残ったというただそれだけで意味ができてしまう」

 

 強者にしか許されない台詞を吐きながら、トレイはグランの隣に座った。

 

 ダイダとカイルスが身分を偽っていた際、二人は主従関係にあるように振る舞っていたが、実際のグランとトレイの間にそういった雰囲気はなかった。

 

 カイルスは視線をトレイからグランに移す。


「だが、理由は分からない。何故、お前達は俺達を排除しようとしなかった?」

「最初は排除しようとしたんだぜ。仕事の邪魔だと思ってたからな。お前らのせいで我が輩達の乗った船は気流の籠に囚われて到着が一日遅れた」

「仕事って?」

 

 思えばアポロはグランとトレイが何の目的でこの島を訪れたのかを知らない。芸術祭が目的なのであれば、遅れて到着してもほぼ無意味なのだ。

 

 グランは舌を鳴らしながら指を振る。


「悪いな少年。その質問に答えるためには、先に我が輩の要請に対する返答をもらわなければならない。協力するか、しないかだ」

「なんじゃそりゃ、理由も事情も聞かぬうちに答えを出せと言うんか。王都の使者というのは横暴なんじゃのう」

 

 腕組みをしたグランが鼻を鳴らす。アポロはグランが最初に言った台詞を思い出した。


「ああ、だから、最初に脅迫めいたことを言ったのか」

「人聞きが悪いぞぅ、少年」

「アポロだ」

 

 茶化して誤魔化そうとするグランにアポロは自分の名前を突きつける。いつまでも少年扱いのままというのは我慢がならなかった。


「アポロ少年……君、我が輩に少々当たりが強いのではないか?」

「信用していないだけだ。オレは昨日、あんたの部下に殺されかけた」

「そりゃあ、君がカイルスの味方をするからだろう?」

「グランはその行為を咎められる立場にあるってことか?」

 

 アポロは言葉を緩めない。

 

 グランはこの国を救うために協力しようとカイルス達に提案した。それ自体はありがたい話だが、その希望を通すために脅迫という手段を使っていることが気に入らなかった。

 

 誤魔化しは効かないと諦めたのか、グランの赤い瞳が鋭くなる。


「悪いがそう簡単に犯罪者に対して事情を明かすわけにはいかないな」

「オレは空賊じゃない」

「だが、この国で許されていない行為をしただろう?」 

 アポロが許可を得ずに塔に登ったことを言っているのだ。

「それは話が通らないだろ。さっきグランはこの国を救おうとカイルスに提案した。ターレックがこの国で何かしていると思っていなければそんなことは言わない。それなのにターレックの敷いた法を都合良く利用するのか」

 

 グランの返答がここに来て初めて滞る。おそらく対アポロの交渉については用意がなかったのだ。その隙を逃さずに畳みかける。


「それともトレイの力でオレも黙らせるか。そうされたら何もできないけど、ガーベル家の騎士は他国の民を力で制圧するような仕事を引き受けるのか」 

 

 グランが気まずそうに視線を向けると、金髪の騎士は首を横に振った。


「グラン、悪いけど僕はそういう仕事はしないよ。昨日はあくまで彼が空賊の援護をしようとしたから武器を破壊しただけだ。この子に嫌われるのもごめんだしね」

 

 話しながらトレイが小指でブイレンをつつく。ブイレンはくすぐったそうにしながら「お前、いい奴ダナ」と鳴いた。


「だが、我が輩は別にアポロ少年に協力を要請しているわけではないからなぁ」

 

 グランが眉間に集まった皺を抑えながら言う。どうやら彼はあくまで事情を話さずに一時的な協力関係だけを構築したいらしい。

 

 しかし、それにはカイルスが反論した。


「この国を救いたいのであれば、アポロの協力は不可欠だ。そんなことはお前も分かっているだろう。それとも、まさか俺やダイダが何の意味もなく彼を巻き込んだとでも思っていたのか?」

「ああ、やっぱりそういうことなのか。……分かった、分かった。我が輩の負けだ。先にこちらの事情を開示しよう」

「当然じゃ。間をすっ飛ばして協力関係など築けるわけがなかろうて」

 

 もう一度ダイダが鼻を鳴らす。グランは空賊二人組をそれぞれ睨んだ。


「お前らだけなら脅しで十分なんだよ。トレイも空賊相手なら容赦はしない。家名が傷つくことがないからな。……アポロ少年一人いるだけでこうも話がうまく進まないとは。カイルス、さてはお前、ここまで読んで彼をこの場に立ち会わせたな」


「いや。空賊側でも王都側でもない者にいて欲しかったのは確かだが、王都の財狸相手にここまで強かに言い合ってくれるとは思っていなかった」

 

 財狸というのはグランのことだろう。王都ではそう呼ばれているらしい。

 

 カイルスはそっとアポロに囁いた。

「君のおかげで一方的な話し合いにならずに済んだ。ありがとう」

 灰色の髪の下、その口元は嬉しそうに笑っている。

 

 自分が納得できないと思って口を挟んだが、それがカイルス達の助けになったというのは素直に喜ばしかった。昨晩からずっと、彼らには世話になりっぱなしで落ち着かなかったのだ。


「さて……それじゃあ、我が輩達がこの島に来た理由を明かすとするか」

 

 グランが襟を正す。たった今交渉に失敗したばかりだというのに、その迫力は健在だ。これまで幾度もこういった席を潜り抜けてきたのかもしれない。


「我が輩達の身分を借りていたくらいだ。我が輩が王都の財宝管理府長を務めていることは知っているな?」

 

 アポロも空賊二人も一様に首を縦に振る。それを知っているからこそ、彼がこの島にいることが余計に不思議に思えてしまう。

 

 財宝管理府はその名の通り、王都の財を管理する機関である。その財を元手に芸術祭で絵画を購入するというのなら分かるが、彼は競りがはじまってからこの国を訪れた。そのタイミングではどうやっても絵を購入することはできない。

 

 グランは抱えていた灰色の上着のポケットから金属製の紋章を取り出した。背に翼を生やした幻馬と宝剣を組み合わせた形だ。


「実は我が輩はそれとは違う立場も兼任していてな。我が輩もトレイも、魔法犯罪を専門に取り締まる治安維持組織の一員なんだよ。この紋章がその証だ」


「うーん。そんな組織があるなど、儂はとんと聞いたことがないがのう」

 ダイダがどこからか取り出したルーペで紋章を観察しながら唸る。

「そりゃそうだ。その治安維持組織……通称『調査団』はごくごく最近できた組織なんだからな」

「警火隊とはどう違う?」

 カイルスが問う。

 

 警火隊とは治安維持組織の名称だ。治安維持活動のやり方や危険人物のリスト等を、国の境界を越えて情報共有するために設立された組織であり、世界中の国家の約八割が採用していると聞く。


「警火隊はいささか組織の規模が膨らみすぎて、今やすっかり本来の機能を失っている。国によっては犯罪捜査で入手した情報を政治的に利用するところもあるというぜ」

 そんな現状に呆れているのか、グランは濁った息を吐く。

「情報共有が滞った結果、年々複雑化する魔法犯罪に警火隊は対応しきれなくなってしまった。そうなって困るのはもちろん民だ」

 その辺の事情に対しての思いが強いのか、話をする彼の顔が一瞬だけ険しくなったように見えた。

「そこで。我が輩は対魔法犯罪に特化した新たな治安維持組織『調査団』を設立することにした。目的は魔法犯罪に対する調査を迅速且つ徹底的に行うこと」

 

 犯罪者を捕らえるまでやらなければ治安維持組織の意味がないのではないかと思ったが、捕縛や監禁を警火隊や国それぞれの法にまかせているからこそ身軽に動けることもあるのだとグランは付け加えた。


「政治的な後ろ盾や活動資金をスムーズに得るために拠点は王都としているが、必要とあらば他国に赴くこともある。今回のケースがそれだな」

 

 王都の調査団が赴かなければならないような事態。アポロはその答えに心当たりがあった。


「傾国の絵画が王都でも問題になっているんだな」

 

 ターレックが魔法を組み込んだ絵画の販売。アポロやカイルスの推測が正しければ、その力は既に他国に悪影響を及ぼしている。

 

 グランが口元を歪めた。獲物を定めた猟師のような顔つきだ。


「どうやら我が輩達の代わりに、お前達がこの国の闇に辿り着いてくれたようだな」

「別に儂らはお前さん達のためにこの国のことを調べとったわけじゃないぞ」

 

 ダイダが口を尖らせる。


「結果的に裏を取る手間が省けたってことだ。……既に王都で何人か絵画の犠牲者が出ている」

 

 アポロは犠牲者という言葉を聞いて思わず唾を飲み込んだ。推測していたこととはいえ、実際にそういう事態になっていると知った衝撃は大きい。


「警火隊は王都のどこかの組織が犠牲者に対して時限式の魔法を仕掛けたという線で動いている。絵画を送った連中はそれで捕まるかもしれんが、発生源を叩かなければ再び似たような犯罪が起きてしまうだろうよ」

「だから調査団がヘルメトスに向かうことになった……か」

 カイルスが先回りして結論を推測する。

「そうだ。手始めに王都で事件現場の調査を行った結果、うちに所属する探偵が絵画が原因であることを突き止めた。そして、同じくうちで雇っている錬金術師が、首謀者として知り合いの名を上げた。……それがターレック。ターレック・コルトナだ」

 

 コルトナという家族名を聞いたのは初めてだった。家族名があるということはヘルメトスにおいて大きな意味を持つ。ヘルメトスの民は基本的に家族名が存在しないのだ。


「まさか、ターレックはヘルメトスの民じゃないのか!?」

 アポロが叫ぶとグランは大きく頷いて肯定した。

「ああ、奴は元々王都の有力商家の出身だ。幼い頃は裕福な生活を送っていて、うちで雇っている錬金術師と同じ研究所で魔法と魔法薬を学んだらしい」

 

 それはヘルメトスの民ですら誰も知らないであろう宮廷錬金術師ターレックの歴史だった。


「その後、大きな商売に失敗したコルトナ家は一気に没落。金を借りていた組織から逃げる道中、ターレックはヘルメトス島に一人置いていかれた。奴が十二の時の話だ」

 

 有力な商家だったのであれば、ヘルメトスに絵を買いに訪れたことがあっても不思議ではない。コルトナ家の当時の当主はその時の記憶から、子供の隠し場所としてヘルメトスが相応しいと判断したのだろう。

 

 グランは話を続けた。


「うちで雇っている錬金術師の話では、ターレックは昔から物事に執着する性分だったそうだ。一度裕福な生活を経験したのであれば、それを失ったとしても必ず取り返そうとする。今の奴はそのために動いているんだとさ」

 

 ヘルメトスを牛耳ることができれば、島で生まれる絵画を全て自分の物にすることも、それを使って新たな商売をはじめることもできる。実際、ターレックはそのための計画を既に動かしている。その根底にあるのが裕福な暮らしに対する執着、渇望であるというのはあり得そうな話に聞こえた。

 

 アポロは拳を固めた。


「……過去に苦労はあったのかもしれないけど、だからって魔法の力で強引に国を乗っ取るなんてふざけた話が許されるはずがない」

「もちろんそうだ。しかも、奴の場合、己の野望のために他の国まで容赦なく巻き込んでいる。我が輩達はそれを阻止するためにここにやってきたというわけだ」


  グランは説明すべき事は全て話したと言わんばかりに諸手を広げた。しかし、ダイダは未だ納得いかないことがあるのか首を傾げている。


「ダイダ。我が輩の話が不満だったか?」

「目的は理解したが、それならお前さん達は何で儂らを捕まえようとしたんじゃ。仕事の邪魔だったと先程は言っておったが、余計な寄り道をしているとしか思えんぞ」

「う……」

 

 聞かれたくないことだったのか、グランが露骨に顔を逸らす。そんな雇い主に代わってトレイがあっさりと返答した。


「グランはカイルス達二人を手土産にターレックに取り入ろうとしたんだよ。一度信用させてからいろいろ好き勝手に調べて回ろうって。実際カイルス達を追うという名目で塔にも登ることができた。……調査はさせてもらえなかったけどね」

「何て奴じゃ。狸という異名に相応しいやり口じゃのう」

「トレーイ! あっさり我が輩の痛いところをバラすなよ」

 

 頭を抱えるグランだったが、金髪の騎士はそんな大男に冷ややかな視線を向けた。


「グラン、この期に及んで隠し事をするのは美しくないよ」

 トレイにとって今のグランの態度は騎士道に反するということか。


「いや、隠し事っていうか、我が輩、人並み以上に怒られるのが苦手でなぁ」

 

 先程まで放っていた迫力が嘘のように萎んでいく。雇っているはずの相手に追い詰められる彼が少し気の毒に思えてきたアポロは、話を先に進めることにした。


「でも、わざわざ地下にまでやってきて協力を提案したってことは、その策はもう諦めたってことなんだよな」

「ああ、どういうわけか、ターレックの奴、我が輩達の素性を知って尚、警戒を解かないんだよ。あれではたとえ手土産を用意できたとしても、自由に王宮を見学させてはくれないだろうな」

 

 ターレックは魔力線で繋がっている相手か、品評祭の画廊で催眠魔法をかけた相手しか信用しないので、それは当然の反応だった。そして、その条件は手土産を用意したところで満たせない。


「なるほど、話が通じないターレックをそのまま相手にするよりは、国を盗むと宣言した俺達空賊と協力した方が良いと考えたわけか。あの塔での問答もそれを見極めるための探りだったんだな」

 カイルスは昨晩のことを思い出しているのか、顎に手を当てながらそう言った。

 

 グランは悪びれもせず、豪快に指を鳴らす。

「ご明察! あの時にお前から国を盗むと聞いたから、我が輩は慌ててトレイにお前達を殺さないように頼んでおいたのさ」

 

 アポロ達が助かったのは自分のおかげだとでも言いたいのかグランはそこで胸を張った。先程萎んでいた覇気も既に元通りになっている。切り替えの早い性格らしい。


「そもそも、お前さんが儂らのことをターレックに教えなければ、もう少しじっくりと調べることができたんじゃがのう」

 

 グランが調子に乗りかけたところでダイダが粘っこく絡む。年が近いせいか対応に遠慮がない。


「仕方ないだろう。昨晩の我が輩はお前達が何をしようとしているのか知らなかったんだから。いや、今だって最終的な目的しか把握していない。そろそろそっちの事情を話してくれてもいいんじゃないのか?」

 

 彼の言い分は尤もだ。このままグランにだけ話をさせていては不平等だろう。しかも、おそらくグランはここまで真実だけを話している。もし何か嘘があればトレイが美しくないと咎めていたはずだ。

 

 グランとトレイは王都の治安を守るためにこの島にやってきた。ヘルメトスという国を救うために協力しようというのは適当に用意した提案ではなかったということだ。

 

 ここまで腹を割って喋った相手に、何も教えず追い返すというわけにはいかない。何より、今後のことを考えると彼らの協力はあった方がいい。

 

 しかし、カイルスとダイダは世界から追われる身である。治安維持組織の一員であるグランとと協力するという選択には相応のリスクが伴うだろう。

 

 グランの提案を受け入れるかどうか。それを判断するのは自分ではない。

 

 そう思っていたにも関わらず、カイルスはあっさりとアポロに問うた。


「アポロ、どうする?」

「え? いや、それを決めるのはオレなのか?」

「それはそうだろう。君が絵を完成させるために彼らの協力が必要かどうかだ」

 

 それ以外の懸念事項は本当に思い至らないのか、カイルスは不思議そうに首を傾ける。何かをやると決めたらもう止まらないというダイダの評価は正しかったのだ。


「……そりゃ、ターレックを相手取るなら戦力は多いに越したことはないさ。でも、本当にいいのかよ? この国の一件が終わった後のことも考えているのか?」

 

 ようやくアポロが何を案じているのかを理解したのか、カイルスは不敵に笑った。


「そんなことか。どうにでもなるから今は気にしなくて良い」

 

 その態度にプライドが傷ついたのか、トレイが藤棚より静かに立ち上がる。


「へぇ。随分余裕だね。昨晩とは大違いだ」

「戦いなら勝ち目はないが、逃げるとなれば話は別だ」

 

 灰髪の空賊と金髪の騎士がにらみ合う。殺気はないが、拳くらいはいつ飛び交ってもおかしくない雰囲気だ。


「これこれ。今は話し合いの時間じゃろうが」

 

 剣呑な空気を収めるため、ダイダがカイルスの襟首を後ろから掴んで引き寄せる。同時にグランもトレイの制服を両手で押さえた。


「トレイ、お前もだ。一時休戦して協力しようという席で雌雄を決しようとするんじゃあない」

 

 その様子を見ていたアポロは決断を引き延ばしにしても仕方ないと考えた。当の本人がこの場で争いになっても構わないという勢いなのだ。後のことを気にする必要はない。


「分かった。オレ達の事情を話そう。それでいいよな?」

 

 こちらの情報を開示する場合、当然カイルス達の目的、アポロの目的も話す必要がある。これは最後の確認だ。


「二度は言うまい。君の好きにしてくれて良い」

 

 アポロはグランとトレイに向けて、これまでの経緯を語りはじめた。




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