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魔天のギャラリー  作者: 星野哲彦
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第四章 1


 包丁がまな板を叩く音と、香ばしい肉の匂いで目を覚ます。

 

 アポロは見知らぬ丸太小屋の中にいた。

 

 手作りなのか壁を構成する丸太は不揃いで、隙間風が好き放題に通過する。一方で清掃は細かいところまで行き届いていて、空間に不潔さはない。

 アポロが横になっているベッド。本がまばらに置いてあるだけの棚。これまた手作り感の強い箪笥。暖かい生活感が寝起きの頭を優しく包み込む。

 

 子供達の叫ぶ声が聞こえてきた。それを叱りつける女性の声もセットだ。叱る方の声はつい最近どこかで聞いたような気もするが、はっきりとしたことは声だけでは思い出せない。


「起きたカ。調子はどうダ」

 

 木製ベッドの横からブイレンが顔を出す。アポロが眠っている間、そこを寝床にしていたらしい。別に布団に入ってきても良いのだが、それは何故か嫌がる。せめて小屋でも作ってやるかと考えたこともあったが、その時は「狭い寝床に入るくらいなら外で寝ル」と好意を突っぱねられてしまった。

 

 よく見ると、ブイレンはその身体にアポロがいつも持ち歩いている布鞄の肩紐をぶら下げていた。荷物を守っていてくれたのか、それとも枕として使っていたのか。

 

 アポロはブイレンの質問に答えるべく、自分の身体の調子を確かめた。


「寝ぼけてるせいか思考はぼんやりしているけど、身体の調子は悪くない。それと……夢を見てた」

 

 幻が作った飛空挺の見張り台。そこでククルと話した内容はきちんと覚えている。

 

 夢で見たことは忘れるのが基本と聞いたことがあるが、アポロは夢の内容を忘れたことはなかった。ただし、夢を見ること自体が著しく少ない。

 

 祖父やソラリスもあまり夢を見ないと言っていたので、ヘルメトスという環境がそうさせているのかもしれない。


「ユメ……見た気がするけど覚えてなイ」

 

 ブイレンが首を傾げる。あいにくゴーレムが夢を見るのかどうかアポロは知らなかった。

 

 バタバタと激しい足音が近づいてくる。

 

 アポロは念のため自分の荷物を手元に寄せておこうかと思ったが、それすらも間に合わず、部屋の扉は勢いよく開かれた。

 

 部屋にやってきたのは二人の幼い子供達だった。

 

 赤いシャツに短パンを穿いた少年。

 長い茶髪をおさげにまとめた、桃色のスカートの少女。

 

 二人は手にバケツと雑巾、箒とちりとりを持っている。どうやらこの部屋を掃除に来たらしい。部屋が清潔に保たれていたのは彼らのおかげだったということか。

 

 二人の少年少女はアポロを見たまま固まっている。


「ど、どうも?」

 

 自分でも正しいのかよく分からない挨拶をすると、子供達は凄まじい速度で扉の前から消えていった。そして大声で、


「シャーリ! 画家の兄ちゃんが起きたぁ!」

 

と叫んでいた。


「はぁ!? 急に一人分増えたってことか? ったく、何てタイミングの悪い奴なんだ!」

 

 とんでもない言いがかりと共に、まな板を叩く包丁の速度が上がる。暫くすると子供達が戻ってきて「もうすぐご飯ができるから」とそれだけ伝えて再び消えた。

 

 良い家だとアポロは思った。

 

 十分後、子供達に手を引かれてアポロはダイニングに強制的に移動させられた。ブイレンも肩に掴まってしっかりとついてきている。

 

 アポロが休んでいた部屋と同じく、手作り感満載の調度品が並んだダイニング。椅子も机も不揃いだが、やはり清掃は行き届いていた。奥には石で組まれたキッチンも見える。先程の料理の音はそこから聞こえてきていたのだろう。

 

 テーブルの上に並んだ食事はとても美味しそうだった。

 

 野菜とベーコンの入ったスープ。二つに割られて間にバターが塗り込まれたパン。チキンと瓜のソテー。

 

 色のバランス、栄養のバランスがよく考えられたメニューだと思った。

 

 アポロも自分で料理をすることがあるが、どうしてもすぐ完成する物に偏ってしまう節があり、ソラリスが料理をすると食べた者の体調が悪くなる。王宮で食べる食事は豪華ではあるが、どこか寂しい印象が強い。

 

 丁寧で温かい食事を前にしたのは、祖父が生きていた頃以来のような気がした。


「兄ちゃん座れよ。冷めちゃうぜ」

 

 先に座った赤いシャツの少年に従い、アポロも椅子に腰を落ち着ける。ちなみにブイレン用のスープらしき皿もテーブルの上に用意されていた。目ざとくそれを見つけた彼女はさっさとテーブルに降り立った。行儀が悪いが一応家主の号令を待っているだけましか。

 

 キッチンから黄色のエプロンを装着したシャーリがやってくる。短い黒髪にその姿はなかなか似合っていて、それが少々意外だった。


「……何か嫌いな物でもあったか?」

 

 エプロンを外しながらシャーリが尋ねる。しかし、視線は合わそうとしない。どこか気まずそうだ。アポロとシャーリは一度本気で戦った間柄なので無理もないだろう。実際、アポロもこの場でどういう振る舞いをすべきなのか分かっていなかった。


「いや、ないな。美味しそうだなって思って見てた」

 

 とりあえず聞かれたことに素直に返事をする。


「そうか。そりゃ良かった。肉も野菜もスラムに作った畑や農場から採れた物なんだ。どれも上の町の品に負けてないはずだから、食べてみてくれ」

 

 暗に盗んだ材料で作ったわけではないと教えてくれているような気がした。おそらく誰かからアポロが盗むという行為を嫌っていると聞いたのだろう。

 

 シャーリは続けた。


「いろいろ気になること、あたしらに思うことあると思うけど。まずは食べた方が良い。あんた、半日寝ている間に一度体力が底を尽きかけてたんだぜ」

 

 シャーリの言葉で自分がどれくらいの時間、眠り続けていたのかを把握した。体力が尽きかけていたという話も納得できる。アポロはとてつもない空腹を感じていたのだ。


「そうよ、お兄さん。ちゃんと食べないと元気になれないわ」

「そうダ。食べロ」

 

 少女と共にブイレンまでアポロに呼びかける。元より好意を断るつもりがなかったアポロは、フォークを持って料理と向き合った。


「それじゃあ、ありがたくいただきます」

 

 それぞれの皿にスプーンやフォーク、くちばしが差し込まれる。

 

 程よい湯気と食材の匂いが喜ばしい。スープを口に含むと野菜の甘みが食欲をさらに加速させた。鶏肉を囓ると一気に体力が戻ったような気分になる。

 

 シャーリの言う通り、気になることはたくさんある。

 

 ここはどこか。何故自分は助かったのか。カイルスとダイダはどうしている。地上はどうなった。

 シャーリ達に思うことももちろんある。何せ自分は一度腕を切られかけている。

 

 しかし、今この一時だけは、食事を用意してくれたことに感謝し、とにかく食べることに集中しようと心に決めた。

 

 あっという間に自分の分を食べ終えたブイレンがアポロの皿にくちばしを伸ばすのを阻止しながら、何とか完食する。

 食事が終わったあとは、子供達と少し話をした。

 会話の中でどうすれば絵が上手くなるのかと聞かれ、簡単に説明してみる。

 

 ほんの少し前に命を賭けて国を救おうとしていたことなど嘘だったかのように、穏やかな時間が流れていった。



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