第三章 6
月光と星明かりに照らされた床に、二人目のグラン・モーリスが歩み出る。紫色のタイの上でスカーフリングが怪しく煌めいた。
不可思議な状況の答えをどちらに求めるべきか少し迷った後、アポロは窓際に下がった自分のよく知る老人の方を見た。彼は片手で顔を押さえて力なく首を振っている。その様子を見て察した。
「あっちが本物か」
改めて、今しがた現れた本物らしきグランを見る。適度に鍛えられた大きな身体も、この状況で少しもぶれない体幹も、王都の政務を担ってきた者として相応しい貫禄を放っていた。アポロが接してきた方のグランにそれが全くないというわけではないが、彼はどちらかというと好々爺の印象の方が強い。
本物のグランが口を開く。
「察しが良くて助かるよ、少年。我が輩こそが本物のグラン・モーリスでね。そちらの御仁は空賊の片腕なんかをやっている。そうだよなぁ? ダイダ」
窓際にいる偽物のグランがピクリと肩を震わせた。どうやら彼の本当の名前はダイダというらしい。
本物のグランと老人ダイダの間を遮るように、トレイが立つ。
「あんまり俺の相棒をいじめないで欲しいな。グラン卿」
「おや、我が輩のことは閣下と呼んでいたと聞いたが?」
「俺なりの使い分けだ」
二人の会話を横で聞きながら、アポロは状況を見極めるために頭を働かせる。
グランが偽物だったということは、十中八九トレイも偽物だ。では、本物のトレイ・ガーベルはどこにいるのか。この場に答えがあるとすれば考えられる人物は一人しかいない。
自然と、アポロの目線は外套を被った若者に向いた。グランの背後で立っているだけで、特に動きはない。
「なぁ。もしかしてあそこにいるのが本物のトレイ・ガーベルで、あんたには別の名前があるってことなのか?」
アポロは黒い軍服を羽織った背中に問いかける。
本物のグランの言葉が真実なのであれば、ダイダは空賊の仲間だ。そうなると当然、今までトレイだと認識していた灰髪のこの男もその一味である可能性が高くなる。
「そういうことだ。あの外套を被った彼が本物のトレイかどうかは断言しかねるが、体格を見る限りそれで当たってそうだな」
淡々と、灰髪の男は自らが嘘をついていたことを認めた。
「あんたは空賊か?」
灰髪の男は、今度はすぐに答えなかった。
「少なくとも世間ではそう呼ばれている男だよ、そいつは」
代わりに本物のグランがよく通る声で言った。嘘をついているようにはまるで見えない。
「かつてナクタネリア王国の賢者姫から瞳を奪い、自らの目に移植した伝説の空賊……名をカイルス・キャンベラーと言う」
本物のグランがどれほど嘘をついていないように見えたとしても、自分で調べもせずに彼を疑うことはしたくなかった。自分の絵を欲しいと言い、ここまで協力してくれたこの男が空賊であるなどと、信じたくはなかった。
しかし、彼の目に特別な力が存在することは事実である。それが賢者姫から奪った瞳であるというのはかなり説得力のある話に聞こえた。
何より、グランが好き勝手に語ろうとも、カイルスと呼ばれた男はまるで否定しようとしない。
アポロは空賊が嫌いだ。誰かから何かを奪ったり盗んだりする者達が嫌いだ。
故に、この状況に対して心底落胆していた。
そんなアポロの心の動きを見抜いたのか、さらにグランが畳みかけてくる。
「ここに来る途中に彼らと一戦交えたんだが、我が輩達の船は気流の籠に巻き込まれてしまってね。そのまま沈むとでも思っていたのか、彼らは大胆にも変装すらせずに我が輩達の名と立場を勝手に利用していたというわけだ」
謁見の間での会話を思い出す。あの時、カイルスとダイダは、偽の名を借りつつ、空賊との戦闘で気流の籠に巻き込まれかけたと話していた。あの言葉はまるっきり嘘というわけではなく、一部に真実が混ざっていたということだ。
カイルスは静かに笑った。逃げ場のないこの塔で追い詰められているにもかかわらず、彼にはまだどこか余裕がある。
「よく籠から脱出できたものだ。王都が雇う船乗りは優秀らしい」
「死に目にはあったが、空賊にやられっぱなしというわけにもいかなかったからなぁ。こうして必死に追いかけてきたというわけだ」
「自分達から仕掛けてきた癖によく言う」
「目の前に世の中を混乱させる空賊がいて見逃すわけもあるまい。これでも我が輩は王都の治安維持組織の一つを率いる立場でもあるのだよ」
グランは鼻の頭を親指で擦った。
王都の財宝管理府が治安維持を引き受けているという話は聞いたことがなかった。何かアポロの知らない事情が隠されているらしい。
グランはアポロに赤い瞳を向けた。
「さて、少年もそろそろ事情を飲み込むことができただろう。その男は全世界から狙われている大罪人であり、危険人物だ。悪いことは言わないからその男から離れてこっちに……」
「いや駄目だ。大罪人というのなら、そこにいる元二十九位の少年も当てはまる」
ターレックがグランを押し退けるように前に出る。その手にはどこから取り出したのか、銀色の杖が握られていた。先端が鉤爪のような形になっていて、そこに透明な球体がはめ込まれている。一目見ただけでもそれが上等な武器であるということが分かった。スラムのドゥハという魔術師が振っていた杖とは格が違う。
「たとえ今も尚、彼が宮廷画家としての立場を保っていたとしても、この『魔天の間』に入る事は許されない。まして部外者になった者が勝手に侵入してあれこれ調べるなど、万死に値する」
銀の杖がアポロに突きつけられる。そばにいたグランが慌てた様子で杖を掴んだ。
「殺しは良くない。しかも彼は一般市民だろう」
だが、ターレックはすぐにその手を振り払う。
「これは私の国の問題だ。口を出さないでいただこう」
聞き捨てならない台詞だった。この男はククルの目の前でヘルメトスを自分の国と宣ったのだ。
何か言い返そうと口を開くアポロだったが、そこから声が出る前に、ターレックの言う『魔天の間』に不敵な笑い声が響き渡った。
カイルスが、笑っていた。
「私の国とはよくぞ言ったものだ。まぁ、企てている計画の規模を考慮すると、多少気が大きくなるのも分からないでもない」
アポロからは見えて、ターレック達には見えない位置で、カイルスが右手の親指と人差し指を折り曲げる。おそらく何かの合図だろう。背後でダイダが動く気配がした。
「だが、そういう気分でいられるのも、おそらく今の内だけだ。俺はここで生涯二度目の盗みをやると決めたんだ」
ケースを開く音が聞こえる。それに気づいたターレックが叫んだ。
「貴様、そこで何をしている!」
ターレックは慌てて杖を振ろうとするが、先に動いていたダイダの方が行動を完結させるのが早かった。
短い破裂音と共に、魔天の間が明るくなる。
夜空に一発の花火が打ち上げられたのだ。
その規模は、昨日の昼に町で打ち上げられていた物に近い。おそらくダイダかカイルスが事前に町で購入していたのだろう。本来であれば空蛇が反応するところだが、祭りの期間中は住人達の申請により、花火に反応しないように調整されているはずだ。
何のために打ち上げた花火なのかはアポロにも分からない。しかし、状況が変化するような予感があった。
輝く火の大輪の下、グランがカイルスに話しかける。
「カイルス・キャンベラー。お前はここで何を盗む?」
それは咎めるというよりも何かを確かめるような語調だった。
カイルスは静かに宣言する。
「国だ。俺はこの国を然るべき者のために取り戻そう」
空賊の発言が癇に障ったのか、ターレックが今までになく声を荒らげる。
「賊も出来損ないもここでまとめて消えろ!」
ターレックの持つ銀の杖が空中に図形を描くように動く。魔術師が杖を振る動作は呪文の詠唱と同じだ。魔法による攻撃がはじまる。
杖から放たれたのは黒い炎だった。強い呪いを与えられた魔力は黒く染まると聞いたことがある。ただ焼き殺すだけでは足りないということか。
「避けロ。逃げロ」
ブイレンが警告する。アポロは素直にそれに従い、迎撃や防御ではなく回避を選択した。ブイレンを抱きかかえて、火の射線から離れる。
「その程度の回避では駄目だ。あれは追尾してくる」
カイルスが片腕でアポロの身体を持ち上げた。そしてそのまま、ダイダのいる窓の方へと疾走する。驚異的な脚力だ。
カイルスの言葉の通り、黒い炎はアポロを追ってきた。ギリギリまで迫られたところでカイルスは跳躍して炎を避ける。炎は床に当たって消えた。どうやら追尾の性能にも限界はあるらしい。
しかし、ターレックの攻撃は一度で終わらない。二発目三発目と次々と炎が放たれる。この狭い魔天の間では、追い詰められるのも時間の問題だった。
「ダイダ、窓を破れ!」
「おう!」
二人が短い言葉のやりとりだけで連携する。偽りの上下関係は消え去っていた。
ダイダが皮ケースからハンマーを引き抜き窓を叩く。それほど大きなハンマーではなかったが、逆三角形の窓は一撃で砕け散った。そういう効果を持つ魔導具だったのだろう。
砕けた窓を見て嫌な予感がした。
「おい、飛び降りる気かよ!」
慌てて抗議するも、カイルスの足は止まる気配がない。
「他に出口はない!」
やがて、アポロの心の準備ができる前に強烈な浮遊感が全身を駆け巡った。
強い風に煽られながら一気に塔から落下する。
背後を見ると、今通ってきたばかりの窓枠から黒い炎が飛び出し、空中で消えるのが見えた。ひとまず魔法に焼かれる事態は避けられたということだ。しかし、完全に助かったというわけではない。今も尚、アポロ達は地面という死に向かって落ちている。
夜空が消えて視界が白む。鼻腔が甘い匂いに満たされた。魔霧の層に突入したのだ。
白と灰色の混ざり合った魔霧の層を抜けた時、アポロは先程の花火の意味を知った。
アポロ達を追うように一隻の小型艇が魔霧から抜けてくる。
六年前にアポロが乗ったホエルのボートに形状が近い。船底の布部分で空に浮かぶ仕組みだろう。ただし、ホエルのボートと違って塗装は施されておらず、木の骨組みと鉄の機関部が露出している。
先程の花火はこの船に乗る者に向けた合図だったのだ。
既にダイダはその船に回収されていた。自力で乗り込んだわけではなく、どうやら先に船に乗っていた者に受け止められたらしい。
ダイダの他に船に乗っているのは二名。
目元に白と黒のラインを引いた黒髪の少女と、頭に黒い頭巾を被った男。
どちらの姿にも見覚えがある。地下スラム街の住人のシャーリと、見えない刃の魔法を行使していた魔術師のドゥハだ。
船を操作する舵輪を握っているのはドゥハの方だった。彼の操縦により、船がカイルスとアポロの落ちる先に回る。シャーリとダイダが協力してアポロ達の身体を受け止めた。
「な、何で!?」
「作戦決行前、こちらに協力するのを条件に俺が牢から出しておいた。謁見の間で刑を軽くするように要求を通したとはいえ、後々に結局殺されてしまう可能性が高かったからな」
素早く身体を起こしながら説明するカイルス。この男はこのような状況になる可能性も考えていたということか。
「のんびり話してる場合じゃねぇよ。空蛇が追ってきてる。あんたら何とかしてくれ!」
シャーリが乱暴に叫ぶ。
直後、ヘルメトスの空に獣の咆哮が轟いた。
背後を見ると、巨大な赤い蛇が船を猛追している。
金色の牙の間に光る炎を見て、アポロは一昨日の夜の悪夢を思い出した。しかも、よく見れば脅威はそれだけではない。あろうことか空蛇の上に人影が二つある。ターレックと、外套を被った若者だった。
ターレックは空蛇と契約した相手であるという噂を聞いたことがあったので、その背に乗ることができたとしても不思議ではない。思えば、一昨日の夜にアポロに対して空蛇をけしかけたのもターレックだったのだろう。塔に見た人影もおそらく彼だ。
しかし、外套を被った若者が波打つ蛇の上で平然と立っているのはどういうわけか。
「ああ、あんなことができるのなら、やはりあれはトレイ・ガーベルで間違いない」
カイルスが苦笑いを浮かべながら呟く。
「蛇の上に乗っている奴なんかどうでもいいだろ! ドゥハ、もっと速度出せないのか!?」
「無理言わないでくださいよ、姉さん。船の操縦自体久しぶりなんです。これ以上速度を上げたら蛇にやられるまえに墜落してしまいます」
一杯一杯の様子でそれでもドゥハは何とかしようと舵輪を回す。その操縦に会わせて船が進行方向を変えた。しかし、当然、空蛇も身体の向きを変えて追ってくる。
カイルスがアポロに声をかけた。
「アポロ、騙していた立場でこんなことを頼むのは虫が良いというのは理解している。しかし、この場を切り抜ける間だけでも手を貸してはくれないだろうか」
吹き抜ける風が灰色の髪を煽る。アポロの視界の端でも麦色の髪が揺れた。空蛇の口元に灯った炎のせいか、風は少し熱い。
「お、おい。何か手があるなら、やれよ。このままじゃ、お前だって死んじまうんだぞ?」
シャーリが困惑した表情でアポロを説得する。
アポロにも状況は分かっている。このままだと自分が死ぬというのも理解している。それでも手を貸すのを躊躇するくらいにアポロは奪うという行為を憎悪していた。そして、この場にいる者達が、誰かから何かを奪って生きてきたということを知っている。
「アポロ、儂からも謝らせてくれ。すまなかった。立場を明かせば作戦に支障が出ると思って何も言えなんだ」
ダイダが小さな身体を丸めた。
カイルスは自分達の言動を虫が良いと言ったが、アポロはその通りだと思った。彼らは気づかれなければ最後まで身分を偽るつもりだったのだろうか。
共に命と立場を賭けようという仲間に対し、それはあまりに不誠実なのではないかと思ってしまう。そもそも、彼らは自分達の立場を賭けていたわけではなかった。
しかし――。
アポロの絵を完成させるため。
この国の危機を打開するため。
彼らが力を尽くしてくれていたということもまた事実である。
シャーリ達もこうして命を救いに来てくれた。
すぐに割り切れそうにない感情がアポロの心を乱す。
脳裏によぎる空賊達の言葉。
――俺はこの絵が欲しい。
――お前さんに協力したいという気持ちは理由も含めて全て本当なんじゃ。
明確な答えは出ない。そして、アポロの逡巡の解決を待つほど、追ってくる敵は優しくはない。
鞄の中に手を差し込み、用意していた鉛筆を掴んだ。そして小さく『名を記せ』と呪文を唱える。
「今は直感を信じロ」
肩にいる相棒の言葉がアポロの迷いを一時的に掻き消した。
アポロは簡易契約の絵を巻き付けた鉛筆を引き抜き、そのまま空蛇の口元に向かって突き出した。
空蛇は既にその口を開いていて、そこから赤い火球が放出される。一昨日は回避したため、正面から空蛇の攻撃と打ち合うのはこれが初めてだ。アポロにもどうなるかは予測がつかない。
契約によって呼び出された精霊の水流が空を走り、火球に衝突する。
水の槍は裂け、火球は徐々に水流を浸食した。
しかし、アポロはその状況を水の槍で火球を捕獲したと捉える。
鉛筆を思い切り右に振り、火球の進行方向を強引に逸らした。そのまま火球を地上に落とさぬように水流を空へと打ち上げる。
「アポロ、まだ来るぞ」
カイルスが状況を知らせる。
彼の言う通り、空蛇はこちらに対する攻撃を諦めていない。まずはその身体を船に思い切り近づけてきた。初めて間近で見る空蛇の顔は悍ましかった。
顔を覆う夥しい数の真っ赤な鱗と二つ穿たれた虚のような瞳。それらは見ているだけでも吐き気を催す。金色の牙の間からは絶えず粘り気のある紫色の唾液が垂れ続け、それが強烈な悪臭を放っている。
「うわぁ、船を噛み砕こうとしてます!?」
ドゥハが再び舵輪に力を込めるのを見て、アポロは叫んだ。
「接近してくれ!」
「はぁ!? 正気ですか!?」
「死にたくないなら早く!」
「……っ! どうなっても知らないですよ」
船が空蛇の方向に傾く。空蛇の大きく開いた口が迫るにつれて、異臭が濃くなった。アポロはそれを無視して、二本目の鉛筆を取り出す。
『名を記せ』
再び呼び出した新たな水流を思い切り空蛇の顎に向かって放つ。
船を接近させたのは攻撃を確実に顎に当てるためだった。ギリギリまで引きつけなければ直前で口を閉じられて、攻撃が鱗に防がれる可能性があったのだ。
しかし、そこまで危険を冒したにもかかわらず、水流は顎の手前で見えない壁に阻まれた。
「は?」
「魔壁だ。おそらく後ろでターレックが展開している」
カイルスが即座に状況を見抜く。賢者の瞳の効能を使っているのだろう。
魔壁とは、魔術師が身につける基礎の魔法の一つであり、本来自分の身を守るために使う術である。しかし、実力者であれば、その使い方に応用が利く。例えば、今のように自分以外の対象を守るために壁を遠隔展開することも可能だ。
「魔壁なら破レ。精霊の力はヤワじゃなイ」
ブイレンがアポロを鼓舞するためか、その翼でボサボサの頭を何度も叩く。彼女の言う通り、魔壁は無敵の魔法ではない。強い力をぶつければ打ち砕くことができる。
アポロ自身とターレックとの戦いであれば勝ち目はないだろう。しかし、アポロが行使しているのは自然を司る精霊達の力だ。魔術師や魔獣に負ける道理はない。
アポロは叫びながら両手で鉛筆を握る。
少しでも水流の威力が増すように、自分の魔力を鉛筆に送り続ける。それで水流が直接強化されるわけではない。アポロが送った魔力は精霊の世界と繋がる門に使われる。送る魔力が増えればその分僅かに門が広がり、呼び出せる水流の量が増えるのだ。
空蛇の禍々しい口が少しずつ接近してくる。
ドゥハはもう船を蛇に近づけてはいない。単純に蛇の方が船を噛み砕こうと近づいてきているのである。
距離に合わせて紫の唾液から放たれる異臭がさらに濃くなった。その一部が船の甲板に落ちる。それを見たダイダが慌てて退いた。唾液は甲板を溶かしはじめたが、カイルスが冷静にその部分をナイフで抉って取り除く。
「潰れろぉ!」
自分の身体の中にある、魔力を生成する臓器が限界以上に動いているのが分かる。このまま拮抗が続けば比喩ではなく本当に身体が燃えるかもしれない。暴走した魔力は自然のものとは違う炎を灯すのだ。
だが、そうなる前に決着がついた。
水の精霊の矛が見事に魔壁を砕き、空蛇の顎を打ち抜く。
口の中を思い切り殴られればどんな生物であろうとも悶絶する。
空蛇は赤い波のような身体を振り回し、石造りの町へと落下していく。背の上でそれを必死にコントロールしようとするターレックの姿が見えた。
だが、アポロも無事では済まなかった。過度な魔力を流し込まれた鉛筆が砕け、余った魔力が爆ぜる。
「アポロ、掴まるんじゃ!」
ダイダが手を伸ばすが届かない。届いたとしても今のアポロの両腕には自らの身体を支えるほどの力は残されていない。
鉛筆が砕けた際に発生した緑色の火は身体を焼くほどの量ではなかった。しかし、衝撃派がアポロの身体を煽った。
気づいた時には塔から降りた時と同じ浮遊感が身体を包んでいた。