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魔天のギャラリー  作者: 星野哲彦
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第三章 3


 ボックス席に戻るといつの間にかトレイが合流していた。今日も黒い軍服に身を包んでいる。アポロに気づくと彼は軽く手を上げた。それに答えつつ席に腰を付ける。


「随分長かったのう。腹でも下したか?」

 

 要らない世話を焼くグランに、適当な返事をしておく。ターレックと接触したことも掻い摘まんで説明した。その際に遭遇した男達についても話したが、口頭では上手く印象を伝えきれなかった。


「なるほど、アポロがここに来ていることが発覚した以上、もたもたしていると警備が重くなりかねない。今すぐにでも出発した方が良いな」

「ええ!? ソラリス殿の絵を見てからというわけにはいかんのか?」

 

 トレイの決断にグランが異議を申し立てる。トレイはソラリスという名前にぴんと来ないのか、ちらりとアポロを見やった。


「ヘルメトスの宮廷画家の現第一位だよ。画廊を見学する時、赤いカーディガンを羽織った美人と会わなかった?」

「あの御仁か。確かに美しかった。どの絵を描いたかと聞いたら、それは自分の目で確かめてくれと言われてしまったな」

 

 ソラリスが丁寧な言葉使いでそう答えるところがアポロの脳内に鮮明に思い浮かぶ。彼女らしさが残っているのは良いことだ。ターレックに完全に飲み込まれていないという証である。


「慕っているのか?」

 喜びが顔に出ていたのか、トレイが尋ねてくる。

「オレの爺さんの弟子だった人で昔から世話になってる。オレにとっては姉のような人だ。努力家で才能もあって……特に転写魔法に関してはこの国で右に出る者はいない」

「転写魔法……?」

 首を傾げるトレイ。アポロが説明しようかと思ったが、先にグランが得意げに語りはじめた。

「紙等に描いた絵を別の物体に移す魔法じゃな。極めると、描いた紙よりも遙かに大きな物体に転写したり、空気や風のような目に見えない物に転写したりすることもできるようになるらしいぞ。儂は一定時刻になった時だけ時計の文字盤に現れる転写画を見たことがある」

 

 転写画とは転写魔法を使って刻まれた絵画のことを指す。一定時刻にだけ浮かび上がらせるのはかなり難易度が高い。


「習得に手子摺りそうな魔法だな。一朝一夕で身につく物ではないのだろう」

 

 アポロはトレイの言葉に頷く。アポロも一応使えるが、せいぜい描いた絵を手に納まるサイズの小物に移すことしかできない。


「ターレックにおいそれと利用させるわけにはいかないな。彼女の努力は彼女が望む形で祝福されるべきだ。選択権の用意されていないこの状況は良くない」

 

 それはアポロがステージの上に立つソラリスを見た時に考えていた内容とほぼ同一だった。共に修羅場に向かおうという仲間が同じような思考を持っているのは安心できる。


「ところで……」

トレイがこめかみに指を当てながら切り出した。

「ソラリス殿が第一位の宮廷画家であるということは、その絵が登場するのは競売祭の後半ではないのか?」

「だろうね。毎年一位の画家の絵はトリに使われる。競りは参加者が多くて動く金額が大きい方が盛り上がるから、運営側もそれを考慮した順番にするんだ」

「おお、最後の競りとなれば参加者の使う金額も跳ね上がる。見応えがありそうじゃ」

 

 作戦のことを聞いているはずのグランが暢気に競りを楽しもうとしていた。おそらくそれもターレックの催眠魔法の影響だろう。競売祭に登場する絵画に強く惹かれてしまっているのだ。


「お言葉ですが閣下。ソラリス殿の作品の競りを待っていると、我らの作戦決行時間が失われます。心苦しいでしょうがここは諦めてください」

 

 口調はあくまで丁寧に、しかし、その声色はやや辛辣にトレイがきっぱりと言い放つ。

 風船が萎むように落胆するグラン。催眠の効果のせいで競売祭に惹かれているとはいえ、無理矢理連れて行くのも申し訳ないような気がしてくる。


「なぁ、グランはここにいた方が、作戦が発覚しづらいんじゃないのかよ?」

 

 この席の中心物であるグランが不在かどうかで王宮の対応は大きく変わるはずだ。

 しかし、トレイは否定した。


「そういうわけにはいかない。俺の読みが正しければ、作戦のどこかで閣下の能力が必要になる」

「グランの能力?」

 気になったが、トレイは後で分かるとしか答えなかった。

 

 自分が必要と言われたことで諦めがついたのか、グランはたっぷりと呼気を吐き出し後、膝を押さえて立ち上がった。


「仕方ない。一仕事するとしようかの」

「頼りにしてますよ。閣下」

 

 酒で乾杯するような言葉の応酬は、信頼する者同士だからこその心地よさがあった。


「では、この三人……おっと四人と言わないとまたくちばしでつつかれそうだな」

 

 ブイレンがアポロの肩の上で大袈裟に首を縦に振る。


「この四人で国の空を拝みに行くとしよう」

 

 トレイの号令にブイレンが「カァ」と応じた。

 

 階下から金額をコールする声が聞こえてくる。絵画を得るために行われる、金を使った鍔迫り合い。その戦いの影でアポロ達は大きな賭けに挑もうとしていた。



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