負けてられねーんだよ
王城の地下に広がる魔王の膨大な魔力で作られた異空間。
そこでまるで囚人かの如く鎖に繋がれていた女魔王タナトア。
彼女のスキル【処刑百般】を【吸収】すると、オレの体は悪魔のように変貌していった。
そして、それと同時に頭の中に魔王タナトアの過去の記憶が流れ込んでくるのだった。
◆◇◇◆
「これが勇者タナトアの体か……」
そう言うと「魔王」タナトアは、手を動かして体の調子を確かめる。
「ふむ、いいぞ。これは素晴らしい。今までの老いた肉体とは桁違いの溢れる生命力! わざわざ長い時間をかけてここまで仕込んだ甲斐があったというものだ!」
「満足いただけたようで何よりです」
「お体の乗り換えの成功、おめでとうございます」
側で傅くデンドロとノクワール。
「うむ、お前たちもよくやってくれた。今後は私の側近として務めるがよい」
「ハッ、ありがたき幸せ」
「魔王様に永遠の忠誠を誓います」
魔王タナトア、大司教ブラザーデンドロ、黒騎士ノクワール。
こいつらは、この時からグルだったんだな。
そしてこの3人で王国を乗っ取った、と。
しかし……それならなぜ魔王がこんな所に幽閉されていたんだ……?
オレがそう思った瞬間、情景が移り変わった。
またしても玉座の間……だが、さっきまでの禍々(まがまが)しい雰囲気はない。
なんというか、ごく普通の一般的な玉座の間だ。
あれ? いや、ここ見たことあるぞ……。
あぁ、そうだ。
ヒナギク捜索の時に見かけたな。
つまり、ここは……この王城の玉座の間だ。
「顔を上げよ」
玉座に座った王がそう告げると、人間の姿のタナトア、デンドロ、ノクワールの3人が頭を上げる。
「この度の魔王討伐の働き、誠に見事であった。国を、いや世界を代表して礼を言おう。そなたらには考えうる限りの礼を尽くそうと思うのだが、真っ先に叶えたい望みはなんだ? 余に申してみよ」
王。
これが王か。
精悍で自信満々、傲慢さが見え隠れするも、それを補って余りあるだけの懐の深さと人懐っこさを感じさせる。
まぁ、大国を率いるに値する魅力的な王、といった印象だ。
「ハッ、恐れながら申し上げます」
「うむ、なんでも申してみよ」
「私タナトアの恥ずかしい願いではあるのですが……」
「なんじゃ? 土地か? 金か? 男でも女でもなんでもくれてやろう。遠慮せずに申してみよ」
「はい、それでは申させていただきます……」
「うむ」
タナトアは、口元を歪に歪めると、一言ずつしっかりと確かめるようにハッキリと告げた。
「こ の 国 を 頂 き ま す」
「なっ──」
「処刑百般」
次の瞬間、近衛の兵達は突如現れた針山に串刺しにされ、熱された金属に張り付かれ、首が転げ落ち、体が左右に裂け、口から泡を吐き、一瞬のうちに絶命してしまう。
「貴様っ──タナトアっ! 血迷ったかっ!」
「血迷った? いいえ? 血迷ってるのは貴様らの方だ、愚かな人間よ」
3人は人間の姿から悪魔へと姿を変えていく。
「お、おま……」
「お前? 今、お前って言おうとしたか?」
完全に悪魔の姿へと変化したタナトアが、王の口を乱暴に掴む。
「むが、むがが……!」
「ふむ、よし覚えた。もう逝っていいぞ」
「むがっ、む──!」
タナトアが少し力を込めると、バチンっという音が玉座の間に響いた。
「ふむ、こうか?」
タナトアは右手で掴んでいる肉塊を放り投げると、自らの肉体を国王そっくりに変化させる。
「魔王様、見事なお手並みでございました」
「その玉座こそ、魔王様にふさわしいものです。どうぞ、お座りください」
「うむ」
国王へと姿を変えたタナトアが、血に汚れた玉座に腰を下ろす。
デンドロとノクワールが視線を合わせる。
そして、デンドロは静かに告げた。
「では、始めます」
タナトアは眉をしかめて聞き返す。
「? なにをだ?」
決死の表情のデンドロ。
昂ぶる気持ちを抑えながら厳かにこう続ける。
「魔王討伐を、でございます」
「貴様ら何を言って──ぐあっ!」
デンドロが《大司教の聖杖》を掲げると、王座を囲むように描かれた魔法陣が白く光る。
ノクワールの瞳が紫色に怪しく光る。
「洗脳──ッッ!」
「精神汚染──ッッッ!」
タナトアに向けてデンドロの【精神汚染】とノクワールの【洗脳】が放たれる。
「きさ、きさまらああああああああああああああああ!」
魔法陣によって玉座に縛られ動けないタナトアを、《大司教の聖杖》の効果によって高められた2人の上位精神操作スキルが侵食していく。
「魔王タナトア、あなたにはここで終わってもらう!」
「貴様ら、全部、全部演技だったのかああああああ! 悪魔の姿に身を堕としてまで私を討とうなどとは、そんな高貴な精神性は貴様らには感じられなかったぞおおおおお!」
デンドロは微かに笑うとこう答える。
「演技? いや私たちは本心しか言ってませんよ。勇者を裏切ってワンチャン魔王側として勝ち馬に乗る。そして──」
「さらに魔王を裏切ってツーチャン勝ちを独り占め。この世を統べるのは、魔王でも人間でもなく──」
『私達2人だ!』
デンドロとノクワールの手にさらに力が込められる。
「ぐああああああ! ひ、人は……人間というのは……こんなにも業が深い生き物なのか……! くそっ……貴様ら……貴様らこそが……本物の悪、魔、だ…………!」
その言葉を最後に、国王姿の魔王タナトアは体から力が抜け落ち、瞳を紫に光らせて玉座に呆然と座っている。
「ハァ……ハァ……!」
「や、やったぞ……! 魔王の洗脳に成功した──!」
力を使い果たしてその場に崩れ落ちる2人。
「クク……ククク……クハハハハ! 勝った! 賭けに勝ったぞ! これでこの世はオレたちのものだ! 魔界も! 人間界も!」
「いやはや……偶然に偶然が重なって上手くいきましたな……。魔王が抵抗力の弱い国王の姿を取ったこと、玉座に仕掛けていたデバフ効果を強める魔法陣、私達のバフ効果を高める《大司教の聖杖》、そして悪魔化した時に私達に目覚めた洗脳系スキル。まさに神の思し召し、ですよ」
オレは、その一連の様子を宙に浮かんで俯瞰で見つめていた。
仲間に裏切られた勇者タナトア。
そして、さらにもう一度仲間に裏切られ、デンドロとノクワールの洗脳奴隷としていいように使われていた魔王タナトア。
二度の裏切りを経て地下の牢獄に繋がれていたのが、このタナトアという女なわけだ。
裏切られて檻に繋がれる──。
似てるな、オレと。
そんな想いが頭をよぎる。
「で、どうすんだ、この国王様は?」
「そうですね、とりあえず魔王の魔力で地下空間でも作らせて、そこに捕らえておきましょう。で、定期的に私たちが洗脳をかけ直しながら、国王として用があるときだけ皆の前に連れ出しましょう」
「オッケー! それでいこう! これから数百年、いや数千年! この世界はオレたちの思いのままだ!」
「ふふっ。でも出過ぎる杭は打たれますからね。私たちはこれまで通り大司教と黒騎士として、影から国王を操っていくことにしましょう」
「わかった! 影からこの世界を牛耳るぜ! オレ達2人が! がはははははっ!」
高らかに笑う2人。
そこで、オレの思考は現実へと引き戻された。
◇◆◆◇
「フィードくん! フィードくん!」
ルゥたちの声が聞こえる。
頭を上げると、目に入ってきたのは鎖に繋がれたままの勇者姿のタナトア。
そしてオレの体は──。
あの禍々しい王座の間で見た悪魔の姿。
それそっくりに変化を遂げつつあるようだ。
(なるほど……オレの【スキル吸収】に乗じて、囚われのタナトアの肉体を捨ててオレに乗り移ろうってわけだな)
オレは周りを見渡す。
魔王の支配から開放されて高笑いをしているタナトア。
オレに回復魔法をかけ続けるルゥ。
いつもは強気なくせに涙ぐんでるリサ。
号泣しながらオレの手を握っているモモ。
飄々(ひょうひょう)としてたヒナギクも心配そうにオレを見つめている。
ボロボロだったはずのズィダオとカイザーもオレを見守っている。
オレには、守ってくれるみんながいる。
オレが、守りたいみんながいる。
魔王の肉体支配なんかに負けるわけにはいかないんだよな、こっちは。
やれやれ……。
しょうがないな。
みんなをこんな顔にさせる魔王……うん、許せないな。
よし。
やりますか、いっちょ。
これがほんとに最後の最後のラストバトル。
魔王退治と洒落込みますか!
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