女勇者タナトアの悲劇
いまだかつて経験したことがないほどの熱と痛み。
それが【吸収眼】を通して左目から流れ込んでくる。
「ぐあああああああああああああああ!」
ルゥ達がオレに駆け寄る。
「クハハハ! ハーッハッハッ!」
高笑いを続ける女魔王。
その姿は煙に包まれ、小さく変化していく。
「フィードさん! 体がッ!」
ルゥの叫び声。
自分の手を見ると、爪が長く伸び、皮膚が黒く、そして硬く変貌していっていた。
「ぐ、ぐあ……こ、これは一体……」
オレの体に……何が……起こってるんだ……。
そう思った瞬間、オレの頭の中に記憶が流れ込んできた。
◆◇◇◆
何者かの記憶。
オレは宙に浮いた状態で俯瞰で見ている。
絢爛、しかし邪悪で歪な雰囲気の漂う玉座の間。
そこで、3人の人間が1匹の悪魔と相対している。
「魔王、お前の命運はここで尽きた。大人しく私に討たれるがよい」
そう言っているのは立派な装備を身に着けている女性。
……あれ?
この女性、さっき魔王が変貌しかけてた姿に似てないか?
赤の長い髪、少し離れたオッドブラウンの奥二重、大きな口に小さい鼻。
うん、たしかに今見たばかりの女魔王に似ている。
どういうことだ……。
これはあの女魔王の記憶なのか……?
「ふ、命運尽きた? ハハハッ! 命運尽きたとは笑止千万! 自分が罠にかかった哀れな獲物とも気づかずに吠える姿は滑稽だな!」
玉座に座った悪魔は、そう笑うと女魔王の両脇の人間に話しかける。
「なぁ、デンドロ、ノクワールよ」
え?
デンドロ?
ノクワール?
デンドロってさっきオレが倒した大司教、ノクワールはオレが魔界から脱出した直後に殺した黒騎士と同じ名前じゃん。
どうなってんだ……?
「ハッ、魔王様に此度の作戦の成功を申し上げます」
「無事に勇者をここまで連れてくることに成功しました」
そう言って膝をついて魔王に忠誠を示す2人。
勇者……?
あの女魔王と同じ姿をした女は勇者なのか?
そして、あの悪魔が魔王で、デンドロとノクワールは……。
──裏切り者?
「な、なにを言ってるんだデンドロ、ノクワール!? ここまで一緒に旅をしてきたじゃないか! 何を魔王に跪いている!? 精神操作でも受けたのか? よ、よし、それならば私が今解呪してやろう!」
慌てふためく女魔王──いや、わかりやすく女勇者と呼ぼう。
慌てふためく女勇者に悪魔、いや魔王は告げる。
「無駄だ。その者らは最初から私の息のかかった者だ。精神操作もかかっておらんし、魔のものでもない」
「な、に……?」
「純粋に、私を崇拝するただの人間だよ」
「う、嘘だよな……デンドロ、ノクワール……」
怯えた表情で2人を見つめる女勇者。
「うそだと、嘘だと言ってくれよ! ずっと冒険してきたじゃないか! たくさんの危険を3人でくぐり抜けてきただろ! あれも、あれも全部嘘だったっていうのか……ッ!?」
必死に語りかける女勇者を気にもとめず、どろんとした目で魔王を見つめるデンドロとノクワール。
「よし、では人間2人よ。勇者を無事にここまで連れてきた褒美だ。お前たちの望み通り、悪魔の眷属にしてやろう!」
「ハッ!」
「ありがたき幸せ!」
悪魔が杖を振るうと、2人の体が黒い霧に包まれる。
「嘘だッ! 嘘だァァァァァァ!」
目の前で起こっていることが受け入れられずに叫ぶ女勇者。
しかし、無情にも2人の姿はデーモンロードとアークデーモンへと変貌を果たしてしまう。
そう、あの姿には見覚えがある。
両方ともオレが殺した悪魔だ。
「ふむ、無事に我が眷属へと進化したようだな」
「ハッ、ずっと夢焦がれていた悪魔族に加えていただいて光栄でございます」
「魔王様に一層の忠誠を誓います」
さっきまで「魔王と勇者一行」だったのが、一瞬で「魔王一行と勇者」という図式に変わってしまった。
肝心の勇者も、両膝を地面について完全に戦意を喪失してしまっている。
「抑えよ」
「ハッ!」
勇者の両肩をデンドロとノクワールが押さえつける。
「お前たち……こんな……こんなことをして世界は一体どうなると……」
「世界? 世界とは? 世界ってのは人間だけのものじゃないでしょうに」
「その通り。最も利益を得られる行動を行っているだけだ。これで私たちは長い寿命と強靭な体、そして権力を得られることとなる」
胸糞悪い。
なおデンドロとノクワールってこんな奴だったのかよ。
元は人間で勇者を裏切って魔王に差し出した悪魔。
こんなの殺して正解だったな。
情けをかける必要すらなかった。
「私を……私をどうするつもりだ……!」
「うむ、私のこの体もそろそろ寿命がきたようなのでな。新しい体が欲しかったのだ。そう、勇者のような魔にも光にも耐性のある丈夫な体がな」
「私の体を……奪うつもりか。させんぞ、お前の好きには……!」
絶望の中でも気力を振り絞って抗う気勢を見せる女勇者。
「女勇者タナトア。今、お前の故郷の村はどうなってると思う?」
「!?」
「あの村はお前が守っていたおかげで魔物の被害がなかったよなぁ? でも、お前が旅に出てあの村はどうなったと思う?」
「お前、まさか……ッ!」
魔王が指を掲げると、宙に浮かぶ鏡に廃墟となった村が映し出される。
「…………!」
「お前が育った村、お前が初めてクエストを受けた街、そしてお前が勇者として名を馳せた王都」
魔王は次々と廃墟になった、または火の海になっている街を鏡に映し出す。
「が……そんっ……わた……」
「お前が冒険なんかに出たりせず、お前がクエストなんか受けてチヤホヤされていい気にならず、お前が勇者なんて呼ばれて浮かれてここまで来なければ、み~んな無事に過ごせてただろうになぁ」
「うそ、うそ……だ……」
パチン、と魔王が指を鳴らすと新たな鏡が現れる。
そこに映し出されたのは特定の人間が無惨に食い散らかされていく様。
「友、仲間、恩人、両親、そして……愛する人間。どうだ? 自分が触れ合ってきた者たちが殺されていく様は? お前のせいだぞ? お前がここまで来たから死んだんだ、こいつらは。お前が殺した。こいつらはお前が殺したんだ、お前が」
女勇者の精神はもう完全に崩壊してるようだった。
「わた、わた、わた……わたし……わたしの、せい、で……みんな……私、うわああああああああああああああああああああ!」
その様子を見て魔王がニンマリと嘲笑う。
「──堕ちたな。勇者タナトア。もらうぞ、その肉体」
魔王の肉体が黒い霧となり、タナトアの体を包んでいく。
「ぐああああああああああああああああ!」
やがて霧は全てタナトアの中に吸い込まれていき、そこには一体の強烈なプレッシャーを放つ個体のみが残された。
魔王タナトア。
勇者の肉体と悪魔の心を併せ持つ、史上最悪の魔王。
そんな最悪の魔王タナトアが、裏切りと絶望の中で産声を上げた瞬間。
オレはその様子を、ただただ言葉もなく見つめていた。
「タナトア可哀想すぎ……」「そんな女魔王タナトアがなぜ檻に?」と思っていただけた方は↓の【★★★★★】をスワイプorクリックしていただけると作者の励みになります。
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