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矢崎と山岸

 オレは王城へと向かうべく空を駆ける。

 大司教が死んだ今、きっと勇者と権天使の洗脳は薄れてるはずだ。

 問題は。

 どこまで薄れてるのか。

 その確認に向かおうとオレは城へと向かっているんだが──。


 さてさて……どっちから先に確認に行ったもんかね。

 異界の勇者で、スキル【因果剣】持ちのヤバい奴か。

 はたまた人類の監視役、権天使の方か。

 う~ん、2人の部屋は城のちょうど真反対にあるんだよな~。

 仲間はもう着いてる頃だとは思うんだけど……どっちから行きますかね……。


 と。

 オレが迷っていたその時。

 なんと。

 なんと。


 城が、


 動き出した。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……!????」


 オレは思わず宙に浮いたまま頓狂とんきょうな声を上げる。


 王城。

 今まで威厳を保って「王国ご自慢の城でござい」とばかりに偉そうにふんぞり立っていた王城。

 それが、動いてる。

 手とか足とか生えて。

 生えてっていうか、なんか石とか土とかで出来た感じの手足がくっついてる……?

 なんていうか……ゴーレム?

 うん、そうだな、言うなれば『城ゴーレム』みたいな感じ。

 あ、城ゴーレムってなんかいいな。

 呼びやすいから今後これは城ゴーレムって呼ぶことにしよう。


 ということで城ゴーレムの様子を思念通話でイギアに伝え、オメガを皇国軍のところへと送り込んだ。


 いやぁ……動いてる、というよりはヨタヨタ歩いてるなぁ、この城ゴーレム……。

 まぁ、ちょっとさすがにこのデカさの城ゴーレムはオレ1人じゃどうしようもないってことで、城ゴーレムの方はオメガが来てからどうにかするとして……。


 そうだな。

 まずは、勇者ラベルの方から行ってみるか。

 なんせ、オレの中には『ラベルの邪悪な心』が入ってるらしいからな。

 いつかちゃんと熨斗のしつけて返品してやるために、どんな奴なのかしっかり見ておこう。


 ということで、オレは念のためにスキル【透明】で姿を消してから、以前ヒナギクを奪還した時に訪れたラベルの部屋へと向かった。


 白銀騎士ラベル=ヤマギシの部屋。


 頭を押さえて片膝をついているラベル。

 そんなラベルを見つめるのは、フィード軍のリサ、アカオニのズィダオ、そして異界の人間ドミー・ボウガン。


「どうしたんですかね、こいつ急にうずくまっちまいましたけど」

「きっとデンドロが倒されて、洗脳が解けてきてるのね」


 ラベルから目を離さずにリサはズィダオの問いかけに答える。


「や、山岸ぃ……」


 ラベルの同郷の異界人ドミー・ボウガンは、苦しむラベルを見て複雑そうな表情を見せている。


「う……うぅぁぁぁああああ……!」


 苦しそうにうめき声を上げるラベル。


「苦しんでいるのね。今まで長い時間をかけて【精神汚染】をかけられ続けてきたから。それに──」


 彼の心の半分はフィードの中に封じられているらしい。

 もしかしたら、この勇者はそのせいでことさら心が弱いのかもしれない。


 そんな推測をするリサに、ズィダオがおずおずと話しかける。


「これはもしかしたら、このまま洗脳が解けきらないってことも……」

「ありえなくはないわね」


 チッ。


 リサは舌打ちをする。


(まさか勇者の心がここまで弱いとは……。いや、それだけ王国側の洗脳がたくみだったのか……。な~んか城自体も揺れているし……。まぁ、このまま殺すにしろ説き伏せるにしろ、どっちにしてもさっさと終わらせたいとこなんだけど……)


 リサが心の中でそんなことを考えていると、錯乱したラベルが叫びだした。


「うぁ……ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 体をよじって苦しみもがくラベル。

 彼は、その痛みから逃れるかのように暴れまわり、四方八方しほうはっぽう無闇矢鱈むやみやたらに斬撃を飛ばしまくる。


 ザシュッ! ザザザシュッ! ザシュシュッ!


「フンッ」


 リサは飛んできた斬撃を視線だけで跳ね飛ばす。

 同じくズィダオも片手を振って斬撃を跳ね除け、ドミーの前に顕現けんげんした火の精霊サラマンダーが斬撃を焼き落とす。

 跳ね返された斬撃が部屋の壁をえぐり、火炎がカーテンに燃え移ってジリジリと燃え広がっていく。


「ヒィィ……! た、助かったっス……」


 情けない声を上げるドミー。


「おいおい、オレはリサの守護を任されてんだぜぇ~? それが、なぁ~んでこんな冴えないやつを……」

「こいつも私の一味なんだから、あんたが守って当然でしょ!」


 不満を言うサラマンダーをリサが一喝いっかつする。


「それにしても、この勇者……」


 リサは侮蔑ぶべつの視線をラベルに投げかける。


「ほんとに、ただただ飼い殺されてたみたいね。神の恩恵を受けていながらこの程度の威力の斬撃とは……」


 そんなリサをアカオニのズィダオがたしなめる。


「リサさん、この勇者は精神も雑魚っぽいですから、あまりそういうこと言って刺激しないほうが……」

「いや、お前も十分刺激してると思うぞ、それ」


 サラマンダーの冷静な突っ込みが入る。

 案の定、2人の会話を聞いたラベルが殊更ことさら一際ひときわ大きく苦しみだす。


「ぐああああああああああああああ!」


 ドミー・ボウガンがおずおずとリサに話しかける。


「あの~……」

「なに?」


 リサはかったるそうに、完全にドミーを見下した様子で答える。


(こんな低レベルな人間を連れてきても足手まといなだけなのに……。全くフィードは何を考えてるのかしら……)


「えっと、山岸のやつって前の世界にいた時もよくこうなってたんスよね」

「ああ、前の世界の話ね。あなたとラベルは知り合いなんだっけ?」

「あ、はい、そうなんス。で、オレはよくこいつから金をもらっ……いや、借りてたんスけど、その時に定期的にこんな感じになってたんスよ」

「へぇ。で、そんな時あなたはどうしてたの?」

「あ……えっと……ちょっと、やっていいっスか?」

「? いいわよ、なんでもいいからさっさとやりなさい。このままじゃらちが明かないわ」

「うス」


 ドミーはツカツカとラベルの方に歩いていくと、胸元を両手で掴みあげた。


「オイ、山岸ぃ? お前、今オレに迷惑かけてるのわかってるよなぁ? グダグダやってねーで……さっさと目を覚ませやぁ!」


 恫喝どうかつ……。

 そんな言葉がリサたちの頭に浮かんでいた。

 その時。

 なんの拍子かラベルの錯乱はピタッと収まった。


「え、え……? あれ……?」


 キョロキョロと周りを見回すラベル。

 やがて、正面で自分の胸ぐらを掴んでいる男のことをはっきりと認識する。


「ヒッ……!? や、矢崎…………!!」

「お~う、山岸。随分ひさしぶりじゃねぇか」


 矢崎──ドミー・ボウガンはそう言ってニッコリと笑う。


「そうそう、オレだよ、矢崎。矢崎だよ。『やざき』と、『やまぎし』でずっと出席番号順で並んでたよなぁ~、オレ達」

「な、なんでお前がここに! ボ、ボクは勇者ラベルなんだ! せ、世界を救う勇者なんだぞ! お前みたいな悪に……」

「ん~? 残念ながらさぁ……どうやら今の悪はお前の方らしいんだわ」

「えっ……? は……?」


 情けない目で周囲に助けを求めるラベル。

 しかしリサ、ズィダオ、サラマンダーは冷たい目で見つめるのみ。


「山岸ぃ? わかってるか、現状? ん?」

「いや、だから……ボ、ボクは勇者で……」

「い~や、違うんだわ。お前は悪魔に洗脳されていいように利用されてただけのダメ勇者なの。で、正義のオレ様がそれを正しにきてやったってわけ。わかった?」


 完全に弱者を捕食する体勢に入っているドミー。

 彼を見下していたリサも、ドミーから急速に立ち込めてきた強者の雰囲気に思わず息を呑む。


「そんな……ボクが……洗脳……?」

「そう、お前今まで色々と酷いことしてきたそうだぞ~? 例えばぁ……」

「や、やめろおーーーーー! そんな! 嘘だ! ボクが誰かを傷つけるなんて! そんなことあっていいわけが! うわあああああああ!」


 追い込まれて涙目になったラベルは、ドミーを突き飛ばすと殺意をむき出しにして腰の剣を抜く。

 その一連の動作のあまりのスピードに、リサもズィダオも不意を突かれて反応できない。


「しまった……!」


 ラベルが刀の柄を握り、低く構えを取る。


「全ての因果を解き放て……」

「マズい! あれはおそらくスキルの文言もんごん……」


 リサが手を伸ばす。


 ラベルのユニークスキル【因果剣】。

 それを食らったものは因果を断たれ、記憶、家族、全ての関わりを失ってしまう。


 気がつくと、リサはドミーとラベルとの間に飛び出していた。

 

 あ。

 マズい。


 リサの感覚がスローになる。


 このままじゃ、私の因果が絶たれる。

 私が元バンパイアであること。

 そして私が今人間であること。

 フィードにスキルを奪われたこと。

 フィードたちと一緒に旅をしたこと。

 フィードたちと食卓を囲んで、街で一緒に買い食いをしたこと。

 フィードが私を抱きしめて、夕焼けの王都の空を飛んだこと。

 そして。

 私が。

 フィードを──好きだということ。


 ああ、今はっきりと確信できた。

 でも。

 これら全ての気持ちがこのまま消えてしまうなんて。

 そんな、そんなの──。


 リサのギュッと閉じた目から、涙が一粒宙に舞う。


「くらえっ!」


 ラベルの刀が振り下ろされる。


「因果け……」


 その時。


 リサの耳に聞き覚えのある声が入ってきた。


「──吸収」


 ラベルの剣が振り下ろされる。


「……って、え? あれ?」


 何も起こらず拍子抜けするラベル。


「フィード!?」


 リサはたしかに聞こえた声の主に呼びかける。


「リサ、遅くなってすまん」


 オレはスキル【透明】を解除し、みんなの前に姿を現す。


「な、なによ、急にっ! び、びっくりするじゃないの!」

「あれ……リサ、もしかしてお前、泣いてる?」

「な、泣いてなんかないわよ! ちょっと目にゴミが入っただけなんだから! 私が泣くわけないでしょ! フンッ!」


 そう言ってゴシゴシとこすったリサの目は、より赤く充血していた。


「え~っと、フィード様、この勇者はどうしましょう……?」


 ズィダオがオレに問いかけてくる。


「う~ん、そうだな~」


 オレが視線を向けると、ラベルはブルブルと震えながら虚勢を張った。


「な、なんだよ! なんでボクの【因果剣】が出なかったんだよ! っていうかお前、ボクを誰だかわかってるのか!? ゆ、勇者だぞ、勇者!」


 オレは周囲に「なぁ……これって洗脳……」と聞くと、即みんなから「解けてます」「解けてるっスね」と返ってきた。


「そっかぁ~。解けててこれなら……」


 オレはラベルに向かって歩いていく。


「ヒィ……!」


 後ずさって足をもつれさせたラベルはその場に尻餅をつく。


「更生のしようはないみたいだな」


 オレはラベルの腰から剣を引き抜くと、その切っ先を喉元に向ける。


「た、頼む……助けてくれ……。そ、そうだ、ボクは洗脳されてたらしいんだよ、だからボクが何をしてたとしてもボクは悪くない! 悪いのはボクを洗脳してた奴で……」

「死んだよ」

「はっ?」

「死んだ、お前を洗脳してたやつは」

「え、あ、あぁ、そう……じゃあボクはもう……」

「オレが殺してきたんだ、今さっき」

「ヒェ……! 頼む、お願いだ、どうか殺さないでくれ!」


 必死に懇願してくるラベルをオレは冷たい目で見下ろす。


「そ、そうだ! なんでもやるよ! なんでもやる! そうだ! ボクは勇者だからきっといっぱい宝石とか持ってるはずだぞ! 土地とか! 女とかもどうだ!?」

「あいにく……」


 オレはラベルに突きつけた剣を振りかぶる。


「もうお前からは貰ってるんだよ──2つもな」


 ──因果剣。


 オレはラベルから奪ったばかりのスキル【因果剣】を発動し、剣を振り下ろした。


「……ん? ボクは……?」


 きょとんとした様子で自身の手を見つけるラベル。


「お前、自分の名前はわかるか?」

「名前……? あれ……。なんだろう……。いや、多分名前……ない、と思う。うん」


 嘘を言っているようには見えない。


「これが因果剣の効果……」


 そう呟いてリサが息を呑む。


 奴からスキルを奪うのが一歩遅れたら、今頃はリサがこうなっていたはず。

 オレはそう考えると思わず背筋が冷たくなった。


「お前の名前はラベル=ヤマギシだ」

「ラベル、ヤマギシ……それがボクの名前……」


 オレの中に勝手に入れられた『ラベルの邪悪な心』。

 それを返す時のために、こいつはしっかりと手元に置いて管理しておかないとだな。


「ドミー」

「はいっ」

「ラベルの世話を頼みたい」

「お安い御用っス! ばっちり舎弟として鍛えてやりますよ!」

「え、しゃ、舎弟……?」

「はい、舎弟っス!」


 一片いっぺんの邪気もない笑顔でドミーはそう言い切る。


 王国三騎士の一人、白銀騎士勇者ラベル。

 彼は、たった一日でスキルも記憶も失い、一介いっかい凡庸ぼんような兵士、ドミー・ボウガンの舎弟へと転職することになった。

「ラベルくん……悲惨というか自業自得というか……」「ドミーふてぶてしい……」と思っていただけた方は↓の【★★★★★】をスワイプorクリックしていただけると作者の励みになります。

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