表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/92

温度差

 ザッザッザッ。


 魔物の大群──いや、大軍が人間の王都へ押し寄せている。

 統率の取れた彼らは、まるで本物の軍隊かのように足並みをそろえて行進している。


 その先頭に立つのは2匹の鬼。

 キオニのカイザーとミドリオニのタイラーだ。

 2人はあと数刻と迫った王都へ思いを馳せ、しみじみと語る。


「兄貴、もう少しだなぁ」

「ああ、もう少しだ。もう少しで、オレたちの弟……」

「ソウサーと会えるなぁ」

「ああ、そのためにも」

「さっさと王都とやらを包囲して」

「フィード様の手助けをしねぇとなぁ」


 2匹の後ろでは、ユニコーンとバイコーンが質素な馬車を引いている。


「ユニコよ……まさか我々がこんな粗末な馬車を引くことになろうとはな……」

「ああ、バイコ……。しかも、よりによってお前なんかとな……」


 2匹のそんな愚痴めいた会話に背後の屋形やかたから声が飛ぶ。


「聞こえておるぞ」


 その声の主は、フィード皇国の皇帝代理を務める稲荷のムキ。

 彼女のその鋭い言葉に2匹の伝説的魔物はサッと口をつぐむ。


「質素なのはコストを考えてのことじゃ。フィード皇国は、まだ資金繰りは心許こころもとないからのぅ。馬車なんて移動さえできればよい。それに、金を使うとすれば……」


 ぎろり。


「フィード様のため──じゃろ?」


 ムキの言葉の迫力に押された2匹は振り向くことも出来ず慌てふためく。


「ま、まことその通りです!」

「フ、フィード様のために我々は存在しております!」


 それを聞いたムキは高い鼻をフンッと鳴らす。


「わかればよい。それよりイギア、王都の方はどうなっておる?」


 アンデッドゴブリンのイギアは弱々しく答える。


「えっと……大司教襲撃は成功で……あとモモさん、ルゥさんが離脱だって。それからデンドロの使徒のメデューサ、あっ、元メデューサが仲間になったらしいよ」

「元?」

「うん、フィード様がスキルを奪って人間になったんだって」

「へぇ……」


(魔物のままなら即戦力になったものを……)


 そんな考えがムキの頭をよぎるが、善良な子供であるイギアの前では口に出すのがはばかられる。


「ゴブリン国の方も、攻め込んできた使徒を片付けたそうだし、あとは勇者と権天使とやらじゃのう」

「魔王様はいいの?」

「魔王、ね」

「魔王」

「そう、様なんかつけなくていい。もう何百年も姿を現してない上に、人間界の王様のなりきりごっこしてるような奴じゃからの。しかもフィード様に敵対しておる。明確に我らの敵じゃ」

「敵」

「そうじゃ。我らは魔王の想定外の攻撃に備えておればいい。それで魔王をぶっ飛ばして魔界の支配権を全て我らのものにするのじゃ」

「フィード様の、ね」

「そ、そう、フィード様のものにするのじゃ」


 そんなのんびりとした会話をしてる馬車内に、けたたましい鳴き声が近づいてくる。


「グギャー! グギャギャギャギャー!」


 グレートハーピーのスピークだ。


「なんじゃスピーク、そんなに慌てて。またハーピー語になっておるぞ。共通語で話せ、共通語で」

「あ、ああ……。マジやばくてヤバくてマジなんだ……!」

「? 何を言ってるのかわからん。わかるように話せ」

「あ~、もういいからついてきてくれ!」


 そう言うと、スピークはムキの狐耳を掴んで上空へと上昇していった。


「いたたた! こら! スピーク! 痛い! 離せ!」


 耳を掴まれてブラブラと宙ぶらりんになったムキにスピークが震える声で囁く。


「なぁ、あれ見てくれ……」

「わかったから! 見るから! って一体なに…………をぉぉをぉ………………?」


 2人が見たのは。


 動く超巨大な城。


「なぁ……」

「なんだ?」

「人間の城ってのは……あんなに動くものなのか……?」

「さぁ……あたいも初めて見たからわかんねぇ……」

「下ろしてくれるか……?」

「ああ……」


 スゥーッと音もなく意気消沈した雰囲気で静かに降りたった2人。


「ねぇ、ムキおねえちゃん! スピークおねえちゃん! 今、通信が入ったんだけど、お城が動き出したって!」


 イギアの声に2人は「ああ……今、見た」とポツリと答える。


「でねっ!」


 続けようとするイギアをムキが制止する。


「いや、ちょっと待ってくれ」

「どうすんだ、あれ?」

「あれなぁ、ちょっとデカすぎるのぅ……」

「空飛べるやつもそんなにいないぞ、うち」

「フィード様ならなんとか出来るかもしれんが……陛下には魔王に専念していただかないといけんからのぅ……」


 考え込む重鎮2人にイギアが声をかける。


「あのね! でねっ!」


 サッと手を掲げてそれを制止するムキ。


「我らは魔王がなにかしでかした時のフォロー役くらいのつもりだったんじゃが……あれはなぁ……」

「フォローっつーか全滅もありうるよな……」


 イギアが食い下がる。


「でねっ!」

「あ~、もう! 今、これからどうするべきか考えておるのじゃ! ちょっと静かにしてくれんかのぅ!」


 いい対処法が思いつかないムキは思わず怒鳴ってしまう。

 しかし、イギアはめげずに伝える。


「あのね!」

「だぁ~かぁ~ら……」

「フィード様がね!」

「フ、フ、フィード様!?」


 突如出た「フィード様」の名前に驚く2人。


「フ、フィード様がなんと!?」

「うん、えっとね、対お城用に使いを出したから、みんなそれに乗るようにって!」

「使い……? 乗る……?」


 首をひねるムキたちの上空が、突如影で覆われる。


「!?」


 一同が空を見上げると、そこには巨大な要塞が浮かんでいた。


「無の精霊オメガを使わせたんだって!」

「無の……精霊……? そんなものが……」


 呆気にとられる魔物たち。


「100人乗っても大丈夫らしいよ!」

「いや、これは……」


 100人どころか数千人は乗れるぞ。


あねさん! あれはなんですかい!?」


 ミドリオニのタイラーがムキに声をかける。


「あれは無の精霊らしい。名は……」

「オメガ」


 イギアがそう続ける。


「へぇ~、オメガ……。乗るってことは、あれって乗り物ってことですよね?」

「乗り物……まぁ、空飛ぶ要塞? のように見えるのう。どうやって乗り込むのかは不明じゃが」

「要塞っすか~。オレには飛空船のように見えるんですよね~」

「飛空船?」

「そう、飛空船っす。飛空『船』。船」


 ハッとした表情のムキ。


「たしかお主の職業は……」

「ええ、『航海士』っす!」


 そう言ってニヤリと笑うタイラー。


「おい、兄よ!」

「おう、弟よ!」

「いくか!」

「いきますか!」


 キオニのカイザーの手の上に両の足をひょいと乗せるタイラー。

 すると、カイザーの腕がムキムキのムッキムキに膨れ上がっていく。


「うおおおおおおおお!!」


 ブォンッ!

 ギュオォォォォン!


 とてつもない怪力で放り投げられたタイラーは、ぐんぐんと空を割って突き進んでいく。


 キラーン。


 あっという間に空の彼方で豆粒のような大きさになったタイラーは、どうやらそのまま無事に上空に浮かぶオメガの上に着地できたようだった。


「わー! すご~い!」


 オニ兄弟の芸当に素直に喜ぶイギア。


「いや、たしかにすごいのじゃが……」


 言いにくそうにムキが続ける。


「……スピークが連れていけばよかったのでは?」

「あ──」


 空飛ぶグレートハーピーのスピークを見て、カイザーはそう声を上げた。


「ま、まぁ、なんにしろ無事着いたようじゃし、よかったのう! うん、人間万事塞翁じんかんばんじさいおううまじゃ!」


 ムキがそう無理やりにまとめると、オメガがゆっくりと地上に降りてきた。

 オメガの中から顔を出したタイラーが興奮気味に叫ぶ。


「すげえっすよ、これ! 船っすよ、中身マジ船っす!」

「あ、うん。よかったのぅ……」


 温度差。

 そんなものを感じながら、フィード皇国からやってきた魔物たちは飛空船──もとい、巨大要塞オメガに乗り込んでいく。


 戸惑いながら乗り込んでいく魔物たちの中で、1人ウズウズしてる者がいた。

 そう、子供アンデッドゴブリンのイギアだ。

 初めての人間界。

 初めての遠出。

 初めての飛空船。

 ワクワクが抑えきれない。

 その高ぶりが体中から溢れ出たイギアが叫ぶ。


「さぁ! 空の旅の始まりだ!」

「え、王都どうなってるの……」「イギアくん、かわいい」と思った方は↓の★★★★★をスワイプorクリックしていただけると作者がめちゃくちゃ喜びます。

いいね、感想、ブクマ登録もぜひぜひお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ