もぐら悪魔と非戦闘員
ぐらんぐらんぐららんぐらん。
揺れる。揺れる。揺れる。揺れる。
「グラララララー!」
雄叫びを上げながら狭いトンネルの中を走っているのは、もぐら悪魔のグララ。
そして、スキルでそのグララの体毛に【同化】したヒナギクは、今激しい後悔に襲われていた。
「ああ~……穴に入っていくコイツを見かけたからついてきたはいいんスけど……これ……」
うぷっ。
グララの背中の毛の一本からちょろっと謎の吐瀉物が出てきた。
叫びながら穴を逆行していくグララはそんなこと気づくこともなく、途中でちらほらエンカウントするゴブリン達を吹き飛ばしながらズンズンと突き進んでいく。
「はぁ~……自分は記憶もなにもないんスけど『乗り物に弱い』ってことだけは今はっきりわかったっスね……」
そんなアンニュイな体毛ヒナギクを引き連れてグララはとうとうフィードたちの拠点、地下ゴブリン王国に到着した。
「グララララ~! ここグラかぁ~、敵の本拠地は!」
突然現れた熊なみの巨体を誇る謎の魔物。
その来訪に、脆弱なゴブリン達は怯えて逃げ回……。
……らない。
……えっ?
そう、最上位悪魔デーモンロードの4使徒の1人モグラ悪魔のグララを見ても、ゴブリンたちは誰一人として怯んでる様子がない。
いや、怯んでる様子がないどころか。
「ああっ!? なんだこいつ!?」
「王国へのトンネルから出てきやがったぞ!」
「なんだこいつ敵か!? あ!?」
逆に脅してきてる……。
しかも……。
ゴブリンのくせに共通語がめっちゃ堪能……。
あれ……? ゴブリンってもっと言葉すらまともに喋れない感じじゃなかったっけ?
あ、そうか。
きっとこいつらがここのボスなんだ。
そうに違いない。
まぁ、ゴブリンの群れってんなら変異種の一匹や二匹……や三匹くらいいてもおかしく……ないよな?
「おいおいどうした!?」
「トンネル隊が帰ってきたのか!?」
「物資の追加か!?」
あ、うん、四匹や五匹や六匹くらい……。
「おい、一体どうした?」
え、ゴ、ゴリラ……? くらい……?
「招かれざる、客、到来」
え? え? 喋る岩……くらい……?
「ひぇ~、モグラだぁ~」
え? ゴ、ゴースト……? くらい……?
ブンブンブブブーン。
え? なんか蜂? が飛び回って空中に文字みたいなの書いてる……。
え~っと、なになに?
……敵、Enemy。
ドカァッ!!
突如、まるで透明な巨大な足にでも蹴り飛ばされたような衝撃を受けてグララは吹き飛ばされた。
赤、黄色、青……洞窟内に埋め込まれた鉱石の反射する色とりどりの光が、地面を転がるグララの目の中を通り過ぎていく。
と、その時、グララの背中のあたりから間の抜けた声が聞こえてきた。
「いたたた~……ちょっとストップ、スト~ップ!」
地面にひっくり返ってるグララの頭の上に急に現れた1人の人間。
(男……いや女グラか?)
おぷっ。
戸惑うグララの顔に、その人間から吐瀉物がかけられる。
「ヒナギクさん!」
「ヒナギク、帰還、歓喜」
「おい、ヒナギクの兄さんが帰ってきだぞー!」
どうやらヒナギクというらしいこの……男? がみんなに応える。
「ただいまっス~。でも……おぷっ」
また吐瀉。
「大丈夫ですか~!?」
「ヒナギクさん、そいつなんなんスか~?」
「あ~、このモグラちゃんっスかぁ~? こいつはっスね~……」
(いつの間にかオレの頭に乗ってたこの男……オレの正体を知ってるグラか? なんにしろ気味が悪いグラね……ってことで)
「死ねグラっ!」
グララの放った必殺の右の爪撃。
しかし、その右爪は虚しく空を切る。
「グララ!? 躱したっ!?」
一瞬のうちに敵陣営に移動していたヒナギクがグララを差して一言、こう言い放つ。
「敵っス」
その言葉を聞いた途端に、場の空気が途端にヒリついていくのをグララは感じた。
「おいおい……」
「まさかこんなとこまで来られるとはな……」
「1人でカチコミかけられるとはオレたちもナメられたもんだよ……」
さっきまではのんびりとしていたゴブリン達の目の色が一斉に変わっていく。
さっきまでふらふらだったヒナギクも、回復師ソラノの魔法を受けて元気を取り戻している。
(か、回復魔法グラ……? なんで回復職が戦場じゃなくてこんなところにいるグラ!? もしかしてそれくらい人材が溢れてるってことグラか!? まぁ回復魔法が使えたところで……)
「頭を潰されたら意味ないグラね!」
グララの尋常ではない土を掻き出す力。
それをそのまま活かした、爪に乗せた石を一回転して投擲するグララ必殺の『もぐら投擲』。
それがヒナギクの頭を目掛けて放たれた。
「グララ! これでまずは血祭り一人目グラね!」
ヒュ。
突如舞い上がる突風。
その風に押し上げられ、グララの投げた石は大洞穴の天井にめり込んでいた。
「あれ……どうなったグラ……?」
ヒナギクの前に風の精霊シルフが姿を現す。
「も~、ヒナギクくん、しっかりしてよね! 今、危なかったよ!」
「すまないっス。シルフさんにはマジ頭上がらないっス」
(シ、シ、シルフグラぁ~……? なんで中級精霊がこんなとこにいるグラ……?)
驚くグララを後目に、すっかりと元気を取り戻したヒナギクがヒョイっと喋る岩の上に飛び乗って号令を出す。
「よし、じゃあみんなで……」
ヒナギクの腕が振り下ろされる。
「潰すっス」
『うおおおおおおおおおおお!』
ドドドドドドドドド!
一斉に迫ってくるゴブリン達。
(あれ……? もしかしてヤバいグラ……? さっきの意味不明な衝撃といい、謎のゲロ男女といい、なんかヤバい予感がビンビンにするグラ……。えっと……ここは一旦……)
グララは自身最速のターンでくるりと反転すると、辿ってきたトンネル目掛けて土埃を立てて走り出す。
「退却グラ!」
どんどんとゴブリン達を引き離していくグララ。
「グラララ! これは逃げるんじゃなくて戦略的撤退グラ! 必ずまた来るグラよ~~~!」
負け惜しみを言うグララは、進行方向に1人のか弱そうな女の子がいるのを発見する。
「ついでに1人でも敵を減らしていくグラ~!」
進行方向を変えて、女の子の方へ向かうグララ。
「あれぇ~? なにか向かってきてますぅ? なんですかねぇ?」
タイミング悪く通りかかったのは、執政集団テンペストの1人で元冒険者ギルド受付嬢のユリス。
「はぇ? なんですかね? なにかこっちに向かってきてるような……」
目を細めて土煙を見つめるユリス。
「オラァ! 死ねグラ~~~! ひどい目に遭ったオレの八つ当たりで死ねグラ~~~!」
そのユリスの前に、着物姿の女性が音もなく現れる。
「? 今どこから現れたグラ? まぁいい、2人まとめて轢き殺すだけグラ~~~!」
突進しながらグララは思う。
あれ。
この着物女、狐娘グラね。
えっと、尻尾が一本、二本、三本……え?
めっちゃ尻尾が多いグラ。
も、もしかしてこれ狐娘の上位種……。
九尾狐のクナシは、手に持っている扇子をパチっと広げると、優雅に手を動かして印を結ぶ。
「九鳳奥義:一の鳳、地雷」
バチバチバチっ!
グララの下、地面から吹き上がってきた雷を完全なる不意打ちで腹に食らったモグラ悪魔グララは意識が飛ぶ。
「クナシさん、ありがとうございます!」
「皆のところへ」
「はいっ!」
ユリスは促されるまま、仲間のところへ駆けていく。
「グ、グララぁ……」
どうにか意識を取り戻したグララは、まだ虚ろな頭で考える。
どうしてどうしてどうして、こんな上位種が戦場じゃなくて後衛にいるグラ……!?
ヤバい……ここはヤバいグラ……あの上位種が道を阻んでる限り逃げられないし、多分オレはもう終わりグラ……。
ああ……一体どうしたら……。
その時、グララの耳に聞き覚えのある名前が飛び込んできた。
「グローバ姫!」
グローバ……?
なんかどっかで聞いた気がするグラね……。
ああ、そうだ。
あの小僧が言ってたグラね。
え~っと、たしか……。
『グローバには──オレの婚約者のグローバにだけは手を出さないでくれ!』
だったグラね……。
っていうことは、あのメスゴブリンはあの小僧の婚約者でここの姫グラ?
そういうことならちょうどいいグラね……。
「せめてそのメスゴブリンだけは殺して、あの小僧を悔しがらせてやるグラ~~~~!」
グローバに向かって最後の力を振り絞って突進するグララ。
「姫!」
「姫を守れー!」
途中に割って入るゴブリン達を吹き飛ばしてグララは突き進んでいく。
「あの者は?」
ヒナギクに尋ねるグローバ。
「フィードさんが取りこぼした敵の1人っス」
「そう……フィード様が……フィード様が、ね……」
──スキル【恋煩い】発動。
──職業特性【夫能力影響10分の1】
《恋煩い:愛する対象に関わる事象の場合のみ、能力が10倍に跳ね上がる》
《夫能力影響10分の1:夫の能力の10分の1相当を得ることが出来る》
グローバの能力がフィードと同様に高まる。
そうとは知らぬグララは一直線にグローバに向かう。
「死ねグラ~~~! あいつの悔しそうな顔が目に浮かぶグラよ~~~!」
ドシーン──!
「……あれ?」
最上位悪魔デーモンロードの使徒、もぐら悪魔のグララによる渾身の一撃。
それを食らってグローバはケロリとした様子で変わらず立っている。
「よい、しょっと」
ヒョイ。
グララを軽々と持ち上げるグローバ。
遠くでフィードの秘書で元冒険者ギルド受付嬢のミアが叫ぶ。
「姫~! こっちで~す!」
「わかりました、わぁ~!」
ポイッ。
グローバが放り投げると、グララはくるくると回転しながら大空洞の中を舞う。
「あわ、あわわわわわわ!?」
空中でジタバタと手足を掻いてもがくグララ。
「ああ~、飛びすぎで~す」
「ごめんなさ~い」
ミアのはるか上空を通り過ぎていこうかというグララ。
「ん~、こうなったらシヴァさんお願いしてもいいですかぁ~?」
ミアがそう言った途端に周囲の気温が急激に下がり、氷の精霊シヴァが現れた。
「小娘よ……私をこんなことに使うなど……」
「お願いします~><」
両手を合わせて必死に懇願するミアを見て「ハァ……」とため息をついたシヴァは「今回だけだぞ」と言うとパチンと指を鳴らす。
ピキピキピキッ。
宙に現れた氷のスロープがグララをキャッチすると、そのまま弧状に下に伸びていき、すべり台のようにグララを地面に誘導していく。
「わわわ! 冷たいグラ!」
そしてグララは地面に空いていた穴の中へと落とされた。
スポンっ。
「いててて……あの馬鹿力のメスゴブリンとか氷の精霊シヴァとかマジでここは何なんだグラ……。って、あれ……? ここは穴……グラ? グラララ! もぐらを穴に入れるとは馬鹿グラね! これは渡りに船、地獄に仏グラよ! このまま穴を掘って脱出してやるグラ!」
グララは穴の中で器用にくるりと回転すると、地面を掘ってやろうと爪を持ち上げる。
「今です、お願いします~!」
「おおっ!」
ミアの合図で穴の中に一斉に網が投げ込まれ、グララに絡みついていく。
「こ、こんなもの引きちぎって、引きちぎっ……あれ、グラ?」
動けば動くほど絡みついていく網に困惑するグララ。
「あらあら~、どうやら成功みたいですね~」
穴の中で絡め取られるグララを見て、笑顔でミアは満足そうに言う。
「フィードさんのスキル【植物知識】を元にスパゲッティ豆の蔦で作った網、これでテスト完了です~。いや~、ちょうどいい実験体がきてくれてよかったですね~」
「おお~、やったぞ~!」
新製品開発班のゴブリンたちから歓声が上がる。
「…………」
すっかり疲れ果て意気消沈してるグララの前に、一匹の老人ゴブリンが現れた。
「あ、ゴブリン王。このもぐらちゃんどうしましょう?」
「う~ん……」
ゴブリン王はしばらく穴の中でじっとしてるグララを眺めるとこう言った。
「このもぐら、かわいいのぅ……」
「はい、カワイイですねぇ……」
「これ飼えんかのう……」
「でもゴブリン王、あんまりペットを増やしても……」
その会話がグララの中のプライドに火をつけた。
「ゴブリンごときがこのグララ様を飼うだとグラ!? ふざけるのも大概にするグラよ! この最上位悪魔デーモンロード様の使徒の一角もぐら悪魔のグララ様がゴブリンななんかに従うわけないグラ! お前らに辱められるくらいなら今すぐ命を絶つグラよ!」
う~ん、困ったのう……みたいな表情で顔を見合わせるゴブリン王とミア。
そこに、1人のゴブリンが息を切らせてやってきた。
「ゴブリン王、フィード皇国からの軍隊が到着いたしました!」
「おお、ようやく来たか。で、王都の様子はどうじゃと?」
「ハッ、皇国の通信大臣によると、大司教ブラザーデンドロを撃破。側近の使徒も全員片付いたとのことです」
「そうか、そうか。どうやら順調みたいじゃの。じゃあワシらも合流して王都に向かうとするか」
「ハッ!」
「さて、と……」
ゴブリン王とミアはチラリとグララを見る。
(は……? 嘘グラ……? デーモンロード様が……負けた……?)
「このモグラはどうするかのう……」
「ですねぇ……」
2人が見つめると、グララは急に可愛く首をかしげた。
「グラぁ? 何言ってるグラ? グララはゴブリン王に従う可愛いペットグラよ?」
きゅぴん。
そう言って、グララは愛嬌たっぷりにウインクを飛ばした。
フィード皇国配下ゴブリン国。
そこに一匹の仲間、いや、ペットが加わることとなった。
名前はグララ。
気は小さくて変わり身の早い、なかなか信用のおくことのできない可愛いやつだ。
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