ブラザーデンドロと4人の使徒
宙に現れた63匹のダイアウルフが、神輿を担ぐパレード参加者達に飛びかかっていく。
「うわあああああああああああああ! 魔物だあああああああああ!」
なんて声が上がってパニックになるだろうなと思ってたら。
……あれ?
ならない。
それどころか「フィード様! きっとあれがフィード様だ!」なんて応援されてる。
「あ……さっきオレが使った【範囲魅了】が地上にまで効いちゃってたのか……」
そして人に成りすましてパレードに参加していた魔物達。
彼らまでもがダイアウルフに取り押さえられながらオレに声援を送っている。
つまりどういう状況かというと。
オレに声援を送っているパレード見物客達。
取り押さえられながらオレに声援を送っている魔物達。
魔物を取り押さえながらオレに声援を送っているゴブリン達。
え……。
いやちょっと待って。
なにこのカオス……。
(フィードくん!? どうなってるのこれ!?)
離れて偵察をしていたモモから思念通話が入る。
(いや、さっき地中で【範囲魅了】を使ったら色々巻き込んじゃったみたいで……)
(え? あ? ああ、うん、そっかぁ……。うんうん、よし、ならフィードくん! まずは街の人達を避難させよう!)
モモの言葉でオレは冷静さを取り戻す。
幸い魅了の効果で街の人達もオレの言う事を聞くはずだ。
よし、まずは場の整理をしよう。
「パレードを見に来た人たち! ここはこれから戦場になる! みんな安全な場所まで離れてくれ!」
「フィード様、わかりました! 今すぐこの場を離れます! 我々がいたら邪魔ですからね! どうかご武運を!」
オレが頼むと、めちゃめちゃ聞き分けよく一瞬で走り去っていった街の住民たち。
えっと……あとは敵の魔物にも【魅了】が効いてるはずだから命じたら従うかな?
「ブラザーデンドロの配下の魔物達はその場に伏せてくれ。両手を頭の上に組んで、そう。そのまま伏せるんだ」
「オイ、フィード様が伏せろってよ! 早く伏せろ伏せろ! お手間をかけさせるな!」
次々と自ら地面に伏せていく魔物たち。
人化も解けてしまっていて、本来の魔物の姿を現している彼ら──ほぼ低級の悪魔のようだ──があらかた伏せ終わった時、放置された神輿の中から1人の老人がヨロヨロと出てきた。
そう。
冒険者ギルドで以前に一度だけ会ったことのある老人。
大司教ブラザーデンドロだ。
「やれやれ……これはとんだ感謝祭となったもんじゃのう……」
「ブラザーデンドロ……」
オレは宙に浮かんだまま倒すべき怨敵を睨みつける。
「ほうほう、お主がフィード……? 前に見た時とは姿も性別も違うようじゃが……?」
「オレの本当の名前はアベル。勇者から切り離された心の器としてお前らに弄ばれた男だよ」
「アベル……? ああ、そいつはたしか魔物の餌になってるはずじゃが……」
「生憎」
オレは【剛力】【部分石化】【火炎】【ぶん殴り】【高速飛行】を並行使用し、炎に包まれた石の右腕でデンドロを貫くべく急降下する。
「餌になったのは魔物たちの方だったぜ!!!!!」
ガッキィーン……。
炎の拳がデンドロに直撃する直前、オレの右腕はなにか“硬いもの”に弾かれた。
オレの攻撃を防いだ正体は、両腕でガードを固めた山羊の悪魔。
名前は──バフォメット、か。
即座に【鑑定眼】で名前を確認しながらオレは宙に戻って体勢を立て直す。
なるほど。
デンドロの【精神汚染】がオレやルゥに効かなかったように、オレの【範囲魅了】も抵抗力の高い魔物には効きにくいってわけね。
上空から素早く周辺を確認する。
オレの魅了に抵抗して伏せていないのは、デンドロ、山羊、それから……あと1、2、3……っと。全部で5匹、か。
(モモ、力を借りたい)
(オッケーだよ! 今向かってる!)
オレはデンドロに気付かれないように“詰め”の準備を進める。
(フェンリル、お前はダイアと一緒にあの山羊を頼む)
(了解した)
(奴のスキルは【他人のスキル効果増幅】だ。他の魔物との連携に注意してくれ)
(わかった)
地上は混沌としていた。
気を利かせたルゥが、オレと対局の位置を取ろうと移動している一方で、地面には数百匹の低級悪魔が伏せている。
さらには63匹のダイアウルフや数十匹のゴブリンが入り乱れていて、その混乱のおかげかルゥの動きが気取られてる様子はない。
一方の魔物側も、デンドロを守るようにジリジリと一箇所に固まっており、お互いチェスの序盤のような探り合いの様相を呈していた。
互いに動き出すキッカケを探っている。
その時。
(フィードくん! 来たよ!)
モモの思念通話が頭に入ってきた。
このモモが到着する瞬間を待っていたオレは一気に仕掛ける。
「今だ! 【毒液】【邪眼】【腐食】【毒触手】【投げ触手】!」
宙からデンドロ達目掛けて降り注ぐ毒、邪眼、毒の触手。
ブフッ!
一匹の魔物が息を吐くと、降り注ぐ毒液が周囲に吹き飛ばされる。
さらに迫っていく【邪眼】を、別の魔物が光線で撃ち落とした。
最後の毒の触手も山羊の悪魔バフォメットが掴んで横の民家に放り投げる。
ドガラァ──!
崩壊する民家、飛散する毒液。
それに巻き込まれた低級悪魔や、ゴブリン達が叫び声を上げる。
最後に、オレのスキルによって腐食した杖をデンドロがこちら目掛けて投げてきた。
オレはそれを宙に浮いたまま体をよじってひらりと躱す。
これでオレの放ったスキルは全て防がれたわけだが。
今までの攻撃は全て目眩まし。
はるか上空の死角から飛び降りてきていたオレの最後の矢、モモが【聖闘気】を纏わせた拳でバフォメットの頭を地面に叩きつける。
「どっせぇぇぇぇぇぇいっ!」
オレの攻撃を防いだ山羊悪魔も、さすがの不意打ちの【聖闘気】での攻撃に立ち上がれない。
「っしゃ! 入ったよ!」
反動を宙返りで殺しスタッと着地したモモは、そう叫んで手応えを伝える。
シュッ──。
しかしその刹那。
横から伸びてきた舌がモモを掴んで引き寄せる。
「の、わっ──!」
「モモ!」
そのまま魔物に飲み込まれそうになるモモだったが、咄嗟に宙で体勢を立て直すと、逆に引き寄せる魔物の顔面に拳をめり込ませた。
「──ったぁ!」
手応えありのモモの声。
──ポヨン。
しかし顔面にめり込んだ拳はそのまま押し戻され、跳ね返されたモモは舌に絡み取られ宙ぶらりんになっている。
そのモモを目掛けて、さっきオレの【邪眼】を弾いた光線が他の方向から飛んでくる。
ジュウッ……。
しかし、その光線は突如現れた石の壁に防がれ消え去っていく。
モモの前に立ちふさがった壁、それはオレがルゥの護衛につけていた召喚精霊ゴーレム。
「今ノ、ハ……【邪眼】」
「邪眼!? ということは」
オレは素早く【鑑定眼】で光線を放った魔物、続けて舌でモモを捉えている魔物を“視る“。
「メデューサのディアナ! それに蛙悪魔のマルフォだ! スキルは【邪眼】と【打撃無効】!」
これは……よくない相手だ。
武闘家のモモと相性の悪い【打撃無効】の蛙悪魔。
さらにはこちらの大半を失う事態にもなりかねない【邪眼】持ちのメデューサ。
「やはり……あなただったのですね」
メデューサの前に立ったルゥが震える声でポツリと漏らす。
「──お姉さま」
え……? お、お姉さま!?
そのルゥの発言に気を取られていると、デンドロが陰で様子を見守っていた最後の魔物に声をかけた。
「奴らはあの穴の中から来た! 逆に辿ってやれ!」
「了解ぐらぐら! 逆に辿って皆殺しぐら!」
そう叫ぶと、巨大な弾丸のようなフォルムの魔物が突進し始めた。
──鑑定眼ッ!
名前:グララ
種族:モグラ悪魔
職業:ブラザーデンドロ使徒
レベル:32
体力:5092
魔力:321
スキル:高速掘削
職業特性:状態異常耐性
──モグラ……!
ヤバい、地中に潜られるとおそらく追いつけない。
しかも──あの穴はゴブリン国までの直通だ。
ゴブリン国に残ってるのは基本非戦闘員のみ。
どうする?
ここはオレが一旦離れてでも奴を追うべか……?
そう考えた瞬間、オレの頭にグローバの姿が浮かんだ。
そうだ、そういえば。
グローバのスキルと職業特性……それは。
──オレに関する事例の場合のみ、オレと同じ能力になる。
うん、これなら……。
「おい! 待て、やめろ! 頼むっ! グローバには──オレの婚約者のグローバにだけは手を出さないでくれ!」
にそう叫ぶ。
「ぐらぐらぐら、婚約者! なら誓おう、お前の婚約者から殺してやると! ぐらららら!」
そう笑うと、ゴブリンや地面に伏せている魔物たちを吹き飛ばしながらグララは穴の中に消えていった。
(どうにか布石を打つことは出来た……。あとはグローバのスキルを信じることにしよう)
そう。
今はまず、大司教デンドロを倒す。
そして勇者ラベルや権天使の洗脳を解いて、国王をしばき倒して王都を制圧だ。
そう、今はデンドロを倒す。デンドロを倒す。デンドロを倒す。
こいつを倒さない限りには何も進まない。
そうだ、仲間を信じよう。
オレはもう1人じゃないんだ。
オレはもうすっかりデーモンロードの姿へと変貌したブラザーデンドロに向き直る。
相対するデンドロの姿には、もうかつての年老いた老人の気配は微塵も感じられない。
その歪な悪魔の造形から感じられるのは、ただただおぞましいほどの──邪悪。
そして、吐き気がするほどの嫌悪だった。
「カオス&乱戦!」と思った方は↓の★★★★★をスワイプorクリックしていただけると作者がめちゃくちゃ喜びます。
いいね、感想、ブクマ登録もぜひぜひお待ちしています。




