闇に潜む復讐者
オレンジ色や黄色といった普段はあまり着ることのない色味の服に身を包んだ人々が通りに溢れかえっている。
大人たちは好き好きに酒に酔い、子どもたちはウキウキと菓子を食む。
今日は年に一度の感謝祭。
人々が普段の労働や苦悩から解き放たれる日。
そんな賑やかな喧騒を耳にしながら、オレは闇の中でそっと息を潜めていた。
(モモ、そっちの様子はどうだ?)
オレは思念通話でモモに問いかける。
(あ、うん。今のところ問題はないみたい。もう少しで出発しそうだって)
オレたちが襲撃するターゲット大司教ブラザーデンドロ。
奴がちゃんと予定通りパレードに出発するかを隠密系のスキルを持ったゴブリン達が確認し、モモがオレに伝えていた。
パレードのコースは毎年同じだ。
つまりパレードの開始地点を見張っていれば、普段は表に姿を見せないブラザーデンドロが現れるかどうかがわかるってことだ。
王都制圧のための4つのタスク──。
まずは、大司教デンドロ。
その正体はデーモンロード──を襲撃し、広範囲の洗脳を解く。
つぎに、白銀騎士ラベル=ヤマギシ。
その正体は洗脳された異界の勇者──を洗脳から完全に解き放つ。
それから、薔薇騎士カミル。
その正体は洗脳された権天使──を洗脳から完全に解き放つ。
そして最後に。
国王に成りすましてる魔王を倒す。
これら4つのタスクををこなすため、オレたちは4つの班に分かれていた。
1つ目の班は調査と報告特化。
モモ、精霊カーバンクル、隠密系ゴブリン達。
2つ目の班は襲撃と戦闘特化。
オレ、ルゥ、精霊ゴーレム、精霊フェンリル、魔狼ワーグのダイア、63匹のダイアウルフ、鉱夫系ゴブリン達。
3つ目の班は対白銀騎士ラベル用。
リサ、精霊サラマンダー、ドミー・ボウガン、アカオニのズィダオ。
4つ目の班は対薔薇騎士カミル用。
セレアナ、精霊ウンディーネ、天使ザリエル、アオオニのソウサー。
この4班と、ヒナギク&精霊シルフによる遊撃部隊。
それが今、王都に身を潜めているオレ達の全勢力だ。
また、これから数刻後にはフィード皇国からやってきた魔物軍団が王都を包囲する手筈となっている。
(イギア、そっちの様子はどうだ?)
フィード皇国の通信大臣イギアに思念通話で問いかける。
(はい、今のところ問題なく進軍しております。城門も陛下の口添えのおかげで無施錠でしたし、道中でも騒ぐ人間達にも遭遇しておりません。このまま予定通りに王都に着けるかと)
病気で死にかけていたのにスキルが【踏ん張り】だったが故に、体力1のまま死ぬことも出来ず苦しみ続けていた子供のゴブリン、イギア。
今ではもうすっかり元気になって──まぁ、アンデットではあるが──オレとの通信もそつなくこなしてくれている。
もう一歩だ。
もう一歩でオレの復讐も終わる。
もはや話のスケールが大きくなりすぎていて、復讐というよりは世直しの側面が濃くなりすぎてるけどね。
とにかく、この襲撃と制圧が成功するにしろ失敗するにしろ、オレの魔界と人間界を行き来した冒険の日々も今日で終わりだ。
なし崩し的にだけど、オレはこれまでに多くの人や魔物、エルフ達を巻き込んできてしまった。
オレに恨みをもってる者もいるかもしれない。
魔界でオレを追ってきていた魔物の親族達のように。
王都のパレードが通る大通りの真下。
ゴブリン王国から鉱夫系のゴブリン達が突貫工事で掘り進めてきたトンネル。
その暗闇の中でオレはブルリと身震いをした。
「フィードさん」
そのオレの手をルゥが包む。
オレはもう片方の手でルゥの手を握り返す。
ルゥの優しく温かい体温がオレの体中に広がっていく。
「ふぅ」
オレは静かに息をひとつ吐く。
先程までの不安が薄れていくのを感じた。
「ルゥ。魔界で檻に捕らわれていた惨めで哀れなオレを知ってるのはリサとセレアナ、そしてお前だけだ」
ルゥはなにも言わずにオレの手をじっと握っていてくれている。
「そんなオレが今では皇帝で魔王退治までしようとしてる。信じられるか?」
「それは、フィードさんが生きようと必死に戦い抜いてきたから。そして今は、私達を護ろうとしてくれているから」
ルゥのもう片方の手もオレの手を包む。
「そのフィードさんの心の強さ、思いやりの深さにみんなはついてきてるんです。魔界に連れてこられたのは、勇者ラベルの半身が封じられていたから。あの状況にフィードさんの責任はありません」
暗闇ではっきり見えないが、ルゥがぐっと顔を近づけてきた。
ルゥの吐息が顔にかかるのを感じて、思わず息を呑む。
「私の方こそ、人の顔すら見ることが出来ない呪われた魔物だったんですよ? それが、ほら」
闇の中でもくっきりと見えるほどにオレの瞳とルゥの瞳が近づく。
「こんなに見ることが出来るようになったんです。これ、誰のおかげかわかりますか? ふふ、フィードさんのおかげなんですよ?」
「ああ……そうだったな」
血に塗れた礼服。
死体だらけの教室で佇んでいた2人、オレとルゥ。
もう、はるか昔の出来事のようだ。
「だから大丈夫です。呪われた運命だったフィードさんと、呪われた種族だった私が切り拓いてきた運命なんですよ? 大丈夫、きっと大丈夫」
そう言うと、ルゥは掴んだオレの手ごと自分の額に当てて祈るような体勢をとる。
(祈り、か……)
そういえば、あの日、あの時もルゥはずっと祈っていたよな。
思えばあの時からずっとルゥは聖女だったんだな。
人間になる、ずっと前から。
「ありがとう。聖女様の加護があれば出来ないことなんてないような気がしてきた」
「ふふ、そうですか? ならこれが私の聖女としての初めての仕事かもしれません」
いや、お前はもうずっと前に聖女としての役目を果たしているよ。
絶望に囚われていたオレが──救われたんだから。
そんな事を思っていると、モモから思念通話が入ってきた。
(フィードくん、ブラザーデンドロが出てきたよ! パレードが始まる!)
さて、オレの最後の復讐。
そしてオレの大切な人たちを守るための戦いの。
──始まりだ。
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