お前には二度死んでもらう
王位継承を目論むデイルにとって、今の醜態を実の弟に見られるというのは如何程の屈辱なのだろうか。
「なんで──お前──ッ! まさかっ──そのクズ野郎と組んで──!?」
狼狽えているデイルに、氷のような視線を投げかけるベリタ。
「我が兄……私は政治の場になど足を踏み入れたくなかったのに、あなたのせいで踏み入れざるを得なくなってしまった。本当に残念だ。愚兄……どうして今まで私が政治から離れていたからわかりますか?」
普段の明るく快活なベリタとは全く違う、恐ろしいほどに淡々とした物言い。
そのあまりの豹変ぶりにデイルは戸惑いを隠せない。
「ベリタ……?」
ベリタは不意に実の兄の頬を優しく撫で上げる。
「それは──あなたを傷つけてしまうからですよ、愚兄。私が政治に関わってしまえば──。私が王位継承に関わってしまえば──。あぁ、あなた達兄弟は完膚なきまでに叩き潰れてしまう。ねぇ? そんなのあまりにも──可哀想じゃあないですか?」
ベリタの口元が不遜に歪む。
「私が兄様達のことを想って身を引いていたのに、あなたはこともあろうかフィード・オファリングに手を出した。……なぜ?」
無垢な表情でベリタは無邪気に尋ねる。
「くっ……知らなかったんだよ! こんなヤバい奴だなんて! ほんとに……ただのポンコツだったんだこいつは……! それが……まさか……こんな……」
「こんな? こんな何ですか?」
ベリタの問いかけに、もう答える気力すら尽きた様子のデイルは力なく項垂れる。
「オレも、殺すのか……? マルゴットみたいに……」
オレはその問いに無機質に答える。
「言っただろう? お前には二度死んでもらうと」
「くそっ……このオレがまさかこんなところで……人間界なんかで……。くそっ! そんなに悪いことしたかオレ!? ただお前を追放させて盗賊ギルドに攫わせただけだぞ!? 殺されるほどのことか、これが!?」
もはや助からないと察したデイルは開き直って大声で叫び散らす。
オレは「すぅ」と静かに息をひとつ吸うと、小声で第1皇子に囁く。
「オレが魔界でどういう目に遭ったかなんて言うつもりもないし、教えるつもりもない。ただ、お前に教えるのは新たに目覚めたオレのスキルについてだけだ」
こいつ一体なにを言うんだ? という眼差しを向けるデイル。
「まずは【鑑定】。前は魔力までしか見えなかったけど、今は色々と見えるようになったんだ。おかげでお前のスキルが【素粒子分解】であることもすぐにわかった。次に【吸収】。これでさっきお前のスキルを奪った。使ってみせたからわかるよな? そしてここからだ。よく聞けよ?」
デイルの眉間にシワが寄っていく。
「【複製】。スキルを無限にコピーすることが出来る。そして【改変】。スキルを自由に改変できる。わかるか? 例えばお前から奪った【素粒子分解】。これの射程はせいぜい1メートルってところか? この射程をオレは自由に変えられるんだ。1キロにも、100キロにだって。そして威力すら好きに調整できる。わかるか、これがどういうことか?」
デイルは薄ら笑いを浮かべて「ハハッ……そんな……嘘に決まってる……」と鈍重に呟く。
コツコツコツ。
オレは壁際までゆっくりと歩いていく。
「うん、大体3メートルってとこか」
デイルに向けて右手を掲げる。
「机の上に手のひらを」
そう命令すると、護衛エルフは組み伏せているデイルの手のひらを机の上に固定した。
「お前──ッ! う、うそだろ! や、やめろ! やめろーーーーー!」
自分が消滅させられることを察した皇子は、最後の力を振り絞って激しく抵抗する。
「これが、距離を長くして威力を小さくしたお前のスキル──」
──素粒子分解だ。
机の上に置かれたデイルの指が中指から順に消滅していく。
「うん、成功」
「がああああああ! あああああああッ!!」
「エレク。いや、デイルか。話はまだ最後まで終わってないぞ? いいか、ちゃんと聞けよ? オレはレベルが上がると、これを……」
オレは放っていたスキル【素粒子分解】を止める。
「他人に【付与】することが出来るようになる」
「つ──ッ……あがァ──!」
デイルは半分ほどが消え去ってしまった自身の指を押さえて苦悶の表情を浮かべている。
「わかるか? 10キロ先をこの【素粒子分解】で狙う忠実な軍団だって作れるんだよ、オレには」
「わ、わかった! わか、わか──!」
痛みを堪えながら情けない声でそう繰り返すデイル。
その様子を横目で見ながら、オレは外で待たせていたルゥを部屋の中に呼び入れた。
「ルゥ、これがオレの復讐だ。どうだ、嫌気が差しただろ? だが、これがオレだ。正直お前には……見られたくなかったんだけどな」
ルゥはふるふると首を振る。
「いいえ、嫌いになんてなったりしません。フィードさんの中の激しい怒りは、あの日、あの教室で、もう十分にわかっています。私は、わかったうえでずっとフィードさんと一緒にいるんですよ。あなたは私を照らしてくれた光です。だから、もしこの先フィードさんが道に迷ったら、その時は私がフィードさんを照らしますね」
そう言ってルゥは慈愛に満ちた笑顔をオレに向けた。
(ふっ、聞く人が聞いたらまるで告白にでも聞こえてしまいそうだな)
そう思いながら、ルゥにデイルを回復するように頼んだ。
ルゥが【エクストラヒール】をかけると、デイルの指は何事もなかったかのように元に戻った。
「おお。治るんだな、これ。うん、なるほど。これで治せるのなら色々試せそうだ。次はどこがいい? 目か? 舌か? 内臓か? 心臓は何秒間消えてられる? 脳は? どの部分を消したらどうなる?」
「たのむ……! たのむ、なんでも話すから……なんでも言うこと聞くから勘弁してくれ……」
今の脅しが効いたのか、プライドをかなぐり捨ててオレに懇願するデイル。
今まで他人の命をゴミのように扱ってきたんだろうによく言うよ。
そう、あの冒険者ギルド長のゾゲッタだってこいつに消されたんだ。
こいつには相応の罰を受けてもらう。
「お前はこれから二度死ぬと言ったな? お前はこれまでに何回死んだ?」
「え、いや……」
「そう、まだ死んでない、一度も。そして今からお前に一度目の死を与えるのは、お前が見下し、イビリ抜いてきたソラノだ」
「え、私? 私が殺っちゃっていいの? でもこいつ、エルフの皇子様だよ? 下手に恨まれて復讐に来られたりしたらイヤだな~☆」
「大丈夫」
圧倒的優位な立場に立って、今までとは逆にデイルを見下す立場となったソラノ。
愉悦の表情を浮かべる彼女に体を向けると、オレはこう続けた。
「殺すのは、心だからだ」
「こころ~?」
「そう、心を殺す。そのためにお前が今までデイルにやられてきたことをやり返すんだ。そしてそれをルゥが治す。お前がやり返す。ルゥが治す。それを繰り返す。こいつの心が死ぬまで」
「きゃは~☆ なるほど了解だよっ! 今までやられてきたことはちゃんとメモに残してあるから、ぜ~んぶキレイにお返ししてあげるねっ☆」
「や、やめ……たのむ……話すから……なんでも……だから許し……」
ガタッ。
オレは傍にあった椅子に腰掛ける。
「うん、いくらでも話してくれ。その代わり、ソラノにお返しされながら、だけどな。時間はたっぷりあるんだ。夜はまだ長い」
「そんな、そ、そん……」
「じゃあ、いくね~☆ まず1個目はぁ~……」
夜が深さを増していく。
ソラノの仕返しは凄惨を極めた。
そしてその何十回にも及ぶ、ねちっこい報復にデイルの精神はとっくに限界を超えていた。
「デイル?」
「…………」
呼びかけても返事すら出来ない。
あれだけ高飛車で傲慢だった狩人エレク、もといデイル第1皇子の姿はもうどこにも見る影もなかった。
「ソラノ」
「うん、やりきった、かな。とりあえず私はもうこの街に思い残すことはない……かな☆」
「そうか、ではこれをもってエルフ国第1皇子の一度目の死とする。二度目は──」
ビクッ──。
もはや精根尽き果ててるデイルの体が、恐怖でかすかに揺れる。
「これから何十年も何百年もかけて築き上げていく社会的な、死。エルフ王の前で、来賓の前で、兄弟の前で、親族の前で、そして国民の前で。お前はこれからちょっとずつ、ちょっとずつ醜態を晒し続けるんだ。そして皇子としての信用を堕としていく。一度に大きいミスなんかさせない。そんな簡単に楽にはさせない。寿命の長いエルフがこれから何十年、何百年かけて少しずつ積み上げていくんだ、恥を。辛いか? 辛いよな?」
デイルがうつろな表情でコクリと頷く。
「だからやるんだ。お前はこれまで何人もの人生を踏みにじって生きてきた。だから一生をかけて償うんだ。それがお前の、二度目の死だ」
ツゥ──とデイルの頬を涙が伝う。
「もしどうしても耐えられなくなった時は、お前が今まで踏みにじってきた者たちの墓を参ったり、残された家族を気にかけろ。それがお前の償いだ。お前に【洗脳】はかけない。それでは罰にならないからな。お前が、お前の意思で、これまでに犯してきた罪と向き合って、そして罰を受けるんだ。いいな?」
「は、い……」
声にならない声でデイルはそう答えた。
「うむ、名裁き!」
いつもの調子に戻ったベリタ皇子が滑舌良く叫ぶ。
「ここから先はこっち側の役目だな! ばっちり引き受けたぞ! 愚兄のことは私に任せておいてくれ!」
「ああ、すまないが頼む」
これで王都制圧のためにクリアすべき5つのタスクの1つ目が無事終わった。
だが、気分は晴れない。
なぜなら、デイルの口から吐かれた新事実があまり好ましいものではなかったからだ。
その内容というのは。
デイルにオレの誘拐を指示したのは、この国の国王。
そして、この国の国王の正体は──。
──人間に成りすましている魔王。
というものだった。
魔王。
オレは最初っからずっと魔王の手のひらで踊らされてたってわけだ。
なるほど。
魔王。
魔王、ね。
「終わったっスか?」
外で夜通し見張りをしていたヒナギクが声をかけてくる。
「ああ」
オレは答える。
「終わったよ」
窓の外を見る。
夜が、明けようとしていた。
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