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「つまみはクッキーでいいか? というかすぐに食べられるものがこれしかない。てことでクッキーだ」


 人に質問しておきながら有無を言わさずつまみを決めるエルフ国第4皇子ことベリタ。

 庶民的な木製のコップや器に最上級のぶどう酒が注がれ、クッキーが盛り付けられていく。


 う~ん、このミスマッチ感。

 大雑把おおざっぱ……ともなんか違う、なんだろう?

 あっ、そうだ。

 無頓着むとんちゃく

 無頓着なんだこの皇子。

 大事なのは目的を果たすことで、そのための道筋や手順はあまり気にしない人なのかも。

 そんで、その途中の道筋をすっ飛ばしがちだから、あんなハイテンションでまくしたてる残念皇子に仕上がってしまってるんじゃないかな。

 まぁ、ただの憶測だけど多分遠からず近からずって感じなんじゃないかなと思う。


「で、だ! なんだっけ? 皇帝? とりあえずそれがなんなのか教えてくれよ。皇帝なんてエルフですら物語の中でしか聞いたことがないぞ」

「ああ、皇帝ってのは……」


 オレは、皇子が逐一ちくいち挟んでくる茶茶ちゃちゃを受け流しながら、これまでの経緯いきさつを説明した。


「なるほど! 連れ去られた復讐をしてたらゴブリン国、天界、魔界、そして我がエルフ国まで巻き込んだ王都大戦になったってわけか! いやはや歩くトラブルメーカーだなキミは!」

「いや、それで一番困ってるのはオレなんだけどね……」


 オレがベリタ皇子と密約を結ぶための駆け引き勝負。

 第1ラウンドは皇子の勝ち。

 第2ラウンドでオレが勝ってイーブンの状態まで戻した。

 そして、この第3ラウンド。

 オレの選んだ作戦は「腹を割って話す」だった。


 というのもこの皇子。

 オレの嘘を見破る【真実の眼】というスキルを持ってるから、そもそも作り話は通用しない。

 そのうえ手練手管てれんてくだに長けてるから、下手な小細工も通用しないときてる。

 ってことでオレは腹を割って話す作戦に出た。

 勝算は、ある。

 なぜならオレの話には道理が通ってる。

 そそてなにより、この皇子は求めてるはずなんだ。

 腹を割って話し合える対等な相手を。


「というかオレのスキルは盗まないのか? 見えてるんだろう? その【鑑定眼】とやらで」

「ああ、盗まない。そのスキルはお前の行動規範になってるからな。もし奪ったら、お前のよく回る頭が回りすぎちゃって猜疑心さいぎしんの塊になっちゃいそうだ」

「ハッ。まぁ、そうかもな。相手の言ってることが嘘かどうか気にしなくていい分、別のことに頭を回せる」

「だろうな。だからこそ、そんなに迷いなく行動できる」

「たしかに! まさにこのスキルは天からの授かりものだよ!」


 ぶどう酒のただれるような甘い薫りが、オレ達2人の頬に赤みを差していく。


「ただ……気を遣ってくれる優しい嘘まで暴いてしまうのはつらそうだな」

「ん? 優しい嘘? なにそれ?」


 ああ、そうか。


 無邪気にそう言い返すベリタを見てオレはハッと気づいた。


 この皇子──まだ子供なんだ。

 優しい嘘をつかれずに済むような恵まれた環境で育ったのか。

 はたまた、優しい嘘をついてくれるような人が周りにいなかったのか。

 どちらにしろ、そのスキルの残酷さに本人が気がつくのは、まだ先の話になりそうだ。


 しかし、今の反応でこの皇子のことが理解わかりかけてきた気がする。

 この子はサイコパスではなく──ただの無邪気な子供。

 邪気がないからこそ、完全な善良にも完全な邪悪にも振れることが出来る。

 もし大人がそうだったならただのサイコパスだが、この子は──。


 きょとんとした顔で、考え込んでいるオレの目を覗きこんでくる皇子。


 そうだ、ほら見ろよ。

 ただの子供じゃないか。

 ただし「嘘を見破れて」「思いっきり世間知らずで」「心の底から信頼できる友達のいない」子供、だが。


「なぁ、優しい嘘なんてないだろ? 嘘は嘘だろ?」

「ああ、もういい、もういい。話を元に戻そう」

「あ~~~……。私がデイル兄さんと対立するかどうか、だよな……」


 腕を組んで「う~~~ん」と唸っているベルタ。


「というか、そもそもなんで私なんだ……? 継承問題なら次男や三男もいるだろ? 私は一番王位から遠い存在だぞ?」


 よし、勝負はここからだ。

 ここまで話を聞いたからには、もうベリタは首を縦に振るための理由を欲しがってるだけだ。

 ここからは、ごんぶとのド正論でいく。


「まず、次男は欲が深すぎて王の器ではない。次に、三男は器ではないことを自覚してるをわきまえた者だ。そして四男、お前は才も器も、そして人望もあるまことたる王になるべき存在だよ、ベリタ。会ってみてそれが確信に変わった」

「お、おい……それはちょっとさすがに買いかぶり過ぎだろ……」


 オレはゆっくりとかぶりを振って続ける。


「お前が王位に興味のないフリをしている一番の理由は……兄弟を傷つけなくないから、だよな?」

「…………」


 オレと会って以来ずっと饒舌じょうぜつだった皇子が、初めて口をつぐむ。


「そして次の理由はおそらく……もし王の立場になったとしたら、たくさんの嘘と接しなければいけないから」

「まぁ……。それはなくはない、な……」


 他人を見透かして正邪せいじゃを使い分けてきたのであろう皇子。

 彼は今、おそらく初めて自分が見透かされるという経験をしているはずだ。

 お前のことはなんとなくわかるんだよ、オレには。

 なぜなら、オレの中には「善良だったアベル」と「勇者ラベルから分け与えられた邪悪なフィード」の2人がいるから。

 そして、はからずにも“視えてしまう”ところまで同じだ。


「お前は王としての才を兄弟の中で一番色濃く持っているにも関わらず、優しすぎて……純粋すぎるんだ。でも考えてみろ。このままだとエレク……ああ“デイル”だったな。デイルと第2皇子の争いは必至だぞ? そして、どちらが勝ったとしても、この先のエルフ国の未来は──くらいものとなる」


 賢いベリルのことだ。

 もう彼の中で結論は出ているんだろう。

 あとは、オレが背中を押してやるだけだ。


「どのみち必ず起こる衝突を、お前の力と才があれば回避できるんだ。つまり、裏から手を回すんだよ。そう、政治の話だ。誰も傷を負わず、誰も傷つけない。それがお前なら出来る、いや、お前にしか出来ないんだよ、ベリル」


 オレはベリルの手をつかむと、真綿で包み込むかのように優しくそう語った。 

 熱のこもった視線でベリルを見つめる。

 ベリルは一瞬の逡巡しゅんじゅんのち、ちらりとオレを見つめ返す。


 どうだ? オレの言ってることは真実だろう?


 それもそのはず。

 だってオレは心の底からそう思ってるんだから。


「………………………………はぁ……」


 地獄から出たかのような深い溜め息を吐くと、ベリルはジトリとした目でオレを見て言った。


「政治だな? オレがするのは戦争じゃないんだな? 本当に誰も傷つかないんだな?」

「ああ、もちろんだ」


(エルフ国の人間は、な)


「オレだってエルフ国が平和で幸せであってほしいと願ってるんだ」


(そして2度とオレ達に危害を加えてこないようにと願ってるよ)


 嘘は言ってない。

 そして、ベリルもオレの言ったことが真実だと判定を下すはずだ。


「わかった。手を貸すよ。まぁ、要するに私が王にならなくてもキミの国と密約を結んで人間界への不干渉を徹底すればいいんだろ? そもそもエルフの寿命は長い。お前が生きてる間に代替だいがわりがあるとも限らんしな」

「まぁ、たしかにな。ただ、デイル第1皇子は人間界で“おいた”をしすぎだぞ。このままじゃ、うちの国とエルフ国の戦争にまでなっちまうから、さっさとそっちでお灸をすえてやってくれ」

「お前の復讐とやらはいいのか?」

「まぁ……復讐の形もいろいろだ。とりあえずは奴が落ちぶれていく様子を見て復讐とさせてもらうよ」

「ふむ……我が兄のことを目の前でそう言われるのは複雑でもあるんだが……まぁ、嘘しか言わない兄よりは、真実しか言わないキミの方が信頼できそうだ」

「そうか」


 オレは右手を差し出す。

 ベリル皇子がそれを握り返す。

 

 ふぅ。

 出会いは最悪だったけど、どうにかここまでたどり着いたぜ。


「よし、それじゃあ」

「ああ」


 オレたちはぶどう酒の注がれた木製のコップを手に取る。


「飲むか」

「エルフ国の夜は長いぞ?」


 コツン、と乾杯の音が小さく鳴る。

 オレたちはそれから色んなことを語り合い、酒を交わし、夜をたのしんだ。

 邪悪そのもの、とヤリヤに評された第4皇子の正体は、決してサイコパス皇子などではなかった。

 純真ゆえに嘘に覆われた王家から離れ、市井しせいで暮らしていた第4皇子ベリタ。

 そんなベリタとオレは、その夜。


 ──友となった。

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