ボクっ子天使ザリエルくん
オレに協力することはできない。
執政集団の一員としてやってきた天使は、そう告げると悪魔のような表情でオレを見つめた。
「世界征服は無理だと思うか?」
「当たり前じゃないですか。ハッ、世界征服? 冗談は夢の中だけにしてほしいですね」
「ふむ、じゃあ具体的になにが問題だと?」
「はぁ~? 世・界・征・服、ですよ? 要するに戦争したいんでしょ? 人をたくさん殺すんでしょ? そんなものの片棒を担げるとでも? そもそも王都を制圧しようとする理由は? あなたの言ってることはあまりにも荒唐無稽で残虐すぎる。そんなものはいくらなんでも承服しかねます!」
おお。
なんかまともな人だ。
オレはそう思った。
逆にこうも思った。
この天使、あまりにも常識人すぎてこの先苦労しそうだな、と。
そして、そんな常識人たるこの子はオレの執政集団に必要な人材だな、と。
うん、なによりこうやってちゃんと意見を言ってくれるのがいいよな。
議論の呼び水になる。
そしてこの手の輩は、ちゃんと理屈で説明すればついてきてくれるはずだ。
それに、別にオレもただ惨殺したいわけじゃない。
無関係な生き物への被害はなるべく出さずに、魔物と裏で結びついてるような悪の王国を倒して仲間の安全を得たいだけなんだよな。
そしたらついでにオレの復讐も果たせて一石二鳥というわけだ。
ただ、それをそのままこの天使に言っても通用しないだろうな。
誰もが納得するようなお題目が必要だな……。
改めてそう思った。
王都を制圧するためには民意を得ることが必要だ。
そしてそれは、今ここで天使を説き伏せられるような道理をオレが用意できればいいってわけだ。
よし、とりあえず発動しとくか。
オレは【狡猾】と小さく呟き、スキルを発動させる。
これで天使との駆け引きが多少上手く運びやすくなるはずだ。
「ふむ、では何故オレ達が王都を制圧するのか。まずそれから説明しよう。天使、お前の名は?」
ザリエルだろ?
すでにオレは【鑑定】でお前の名前を知ってる。
知った上であえて聞く。
そうやって相手との距離を詰めていく。
スキル【狡猾】による小手先だけど効果的なテクニック。
「……ザリエルです」
「うん、ザリエル。では天使であるお前に問う。王都がこれほどまでに魔に侵食され、腐敗しているのをなぜお前は放っておいた? 天使ならなぜ是正しない?」
「べ、別に放っておいたわけでは……」
途端に視線が泳ぎ、語気が弱くなるザリエル。
「放っておいたわけではないならなんだ?」
「ぼ、ボクだってやろうとはしてたさ! だからこうやって人間界に埋伏して……」
そこで言葉を詰まらせるザリエル。
「埋伏して、なんだ? 続けよ」
「あの、だから……埋伏して……ました……」
最後は消え入りそうなくらいに声が小さくなっていったザリエル。
「埋伏して、ましたぁ? え、それだけ? お前は埋伏してただけで何もしなかったのか? 天使なのに?」
「だ、だから調査をしてたんだよ! 中途半端な調査結果なんか上に報告できないだろ!」
「で、どれくらいの期間調査してたんだ?」
「え、に、2年くらい……」
「2年!? 2年も調査しててまだ報告すらしてないのか?」
「うるさいな! 色々と大変なんだよこっちも!」
「へぇ~。で、何がわかったんだ? その2年の調査で」
「い、言えるわけないだろ、こんな魔物だらけのところで!」
キョロキョロと怯えたように周りを見回しながらそう言うザリエル。
う~ん、この様子じゃ大したことも知らなそうだな。
よし、じゃあ試しにいっぺんに畳み掛けてみるか。
「大司教ブラザーデンドロはデーモンロードが化けた姿だ」
「……へ? なんでそれを……? ボクが何ヶ月もかけて命からがら掴んだネタなのに……」
ぽかんとした顔でオレを見つめるザリエル。
「黒騎士ブランディア・ノクワールはアークデーモン、ちなみにそいつはもうオレが殺した」
「は……? ころ……?」
よし、どんどんいくぞ~。
「それらの魔物と繋がりがあったのが冒険者ギルド長と盗賊ギルド長で、この2人もすでにこの世にはいない。さらに白銀騎士ラベルはブラザーデンドロに洗脳されて勇者としての機能を果たしてない」
「いや、ちょっと待って……」
あらら、ザリエルくん、お目々がぐるぐるしてきてる。
「また、それとは別のラインで魔物と繋がりを持つことも厭わなさそうなのがエルフ国の第一皇子のエレクだ。こいつも今、王都に潜伏してる」
「あー! もうわかった! わかったから! たしかにまだ市民は誰一人として気がついてないけど、王都は魔物によって乗っ取られかけてる! でも、だけど、だからといって! それが王都を制圧していい理由にはならないッ!」
ザリエルはキッとオレを見つめて反論してくる。
あぁ……いいなぁ、お前は。
そうやってオレにどんどん正論を投げかけてくれよ。
ボクっ子の天使ザリエル。
1人じゃ大したことは出来ないけれど、決して折れない正義の心と常識を持った執政者。
まかり間違ってもオレに反旗を翻すような器量は持ち合わせていない善人。
欲しい……絶対オレの執政集団に欲しいぞこいつ……。
「た、例えば」
ザリエルが頑張ってさらに言葉を続ける。
「そう、『魔物たちが攻めてきて王都を滅ぼしました』。これなら天界からの裁きも下るだろうね。でも彼らはまだ表立って何をしたわけでもない。彼らに協力する人間達だって、自分の利益に繋がるから魔物に協力してるんだろ? それで魔物に被害を及ぼされるとしても、ボクからすれば自業自得としか思えないね」
「つまり──」
オレはザリエルの顔をジロリと睨む。
「実害が出てからでないと動けないと?」
「そ、そうだよ! もしかしたらこのまま何も起こらないかもしれないのに制圧するなんて道理に反してる!」
少したじろぎながらも、そう答えるザリエル。
よし、取ったぞ言質。
実害が出てからでないと動けない、という意見は半分は正解だが半分は責任逃れの詭弁だ。
だからザリエルも言い切った時に動揺を隠せなかった。
一方、こちらの王都制圧の理由も個人的な部分に端を発してるので、そのまま伝えてもザリエルには納得してもらえないだろう。
って、ことで。
こっからどっちの詭弁が強いか競うぞ。
詭弁合戦の始まりだ。
ザリエル、お前にオレの国の中枢を担う資格があるか、逆にこっちがテストしてやる。
勇者ラベルから切り離された《邪悪な心》がオレの中にシリシリと染み広がっていくのを感じる。
「では、天使ザリエルに問う」
まずは議論のテーブルをひっくり返す。
「お前の考える『正義』とはなんだ?」
「……は?」
ほうら天使ザリエル、キリキリ舞え。
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