司法書士ゴブリン、イキる
ゴブリン王、自分でメガネを自作していた変わり者のゴブリン、そしてオレの元パーティーメンバーのソラノ。
宴のレクレーション代わりにズィダオの『方角確定棒倒し術』で探し出した執政能力の高い人物。
それがこの3人だった。
「まぁ、ワシの執政能力が高いのは当然として。そうか……まさかヤリヤに執政能力が備わっておったか……」
ゴブリン王が含みのある言い方でそう呟く。
どうやらこのメガネゴブリンは『ヤリヤ』という名前らしい。
「王族でもないのに名前があるのですか?」
「あっちゃ悪いですか?」
甲高い声でヤリヤはそう言うとメガネをクイッと上げた。
「いや、気分を悪くさせたのなら謝る。だけど名前があって、人族の言葉も喋れて、メガネも自作できて、執政能力もあるとは……」
「そうなんじゃ。ヤリヤは我らの中では白眉の才を持っておる。ただ……」
「ただ?」
「ゴブリンとエルフのハーフなんじゃよ、ヤリヤは」
「へ、それがなにか問題が?」
「ん? ハーフなんじゃぞ? しかもエルフとの」
「はぁ」
「わからんか? ゴブリンとエルフは忌み嫌う間柄じゃぞ? そのハーフということは……」
目の前で自らの出自をイジられてモジモジと居心地悪そうにしているヤリヤ。
「そういうことですか」
「ああ、ヤリヤには申し訳ないことをしてきたとは思うが、彼一人のために国民を敵に回すわけにもいかんでな……」
「なるほど、では尚更私のところに来るべきかと」
しかし、その言葉にヤリヤは反発する。
「余計なお世話ですよ! どうせまたいつもみたいにオレの能力を都合よく使うだけ使ってポイでしょ! いつだってそうだよ! オレはいつかこんなとこ出てってエルフの父ちゃんのとこに行くんだ!」
「ヤリヤ! 聖オファリング王国国王になんて口聞くんじゃ!」
「いえ、いいんです」
「すまぬな、フィード殿。なにしろヤリヤはエルフの血が入ってるゆえ、ワシよりもうんと年上なんじゃ。なのでワシが国王として命を出してもなかなか従わなくてのう。しかも本人はエルフの王国に行くつもりじゃし……。そうやっていつの間にかお互いに干渉しなくなっていたんじゃ」
ふむふむ。
種族や寿命の違いで仲がこじれてしまってる一族の爪弾き者、か。
「わかった。なら今すぐ、というわけにはいかないがオレ達がキミをエルフのところまで連れて行こう。その代わり、それまでオレの事を手伝ってくれないか?」
「チッ、恩着せがましいことを……」
「ああ、恩を着せてるからな。どうだ? これは命令でもなんでもないぞ。ただの『取り引き』だ」
小柄なゴブリンの中でも一際痩せたヤリヤは大仰に腕を組んで「取り引き、か」と呟くと、どこからか一枚の紙を取り出した。
「ならば契約だ! サインしろ!」
け、契約ぅ……?
まさか原始的なゴブリンの国まで来て、書面で契約書を書かされることになるとは思いもよらなかった。
まぁ、いいだろう。嘘は言ってない。
王都を制圧した暁にはエルフの国とやらに連れて行ってやるか。
そう思いながら文面を確認し、渡されたペンでサラサラと署名する。
パァ……。
すると辺りが輝き、神々(こうごう)しい──そう、まさに『神々しい』としか形容しようのない人物が光の中に現れ、
『契約を受理した』
と言い放つと、紙とペンは光と化してオレとヤリヤの胸の中へと吸い込まれていった。
「大丈夫ですか? フィード様!?」
「ああ、大丈夫だ。今のは……?」
駆け寄るルゥに応えながら、今はもう消えてしまった謎の人物がいた方向を見つめる。
「ケケケケ! これで契約は成立だ!」
「貴様! 何をした!」
ズィダオ、ソウサーのアカオニ&アオオニのコンビがヤリヤを一瞬で締め上げる。
「だから契約だよ、契約ゥ! オレのスキル【ミスラ神絶対契約】によってな! これでお前は約束を守らない限り『死』あるのみだァ! クカカカ!」
へぇ。
世の中にはそんなスキルがあるのか。
しかし、スキル【博識】で軽く調べても、そんなスキルは見当たらなかった。
「ズィダオ、ソウサー離してやれ」
「はい……」
拘束から解かれたヤリヤがケホケホと咳き込んでいる。
──鑑定。
オレはヤリヤを“視”る。
ヤリヤ
エルフゴブリン
司法書士
レベル 11
体力 12
魔力 538
スキル【ミスラ神絶対契約】
職業特性:秩序遵守
司法書士……?
そんな職業は【博識】にも載ってないな。
だが、奴の言ったスキルは事実らしい。
これはゴブリン姫グローバのように、後天的に開花したスキルってことなのか?
「ヤリヤ、このスキルは一体どうやって身につけた?」
「自分で作ったんですが、なんか文句ありましたかァ?」
「作った?」
「ああ、自分で作ったんですヨ。非力なオレが身を守るには契約が一番ってことで。おっと作り方は秘密ですぜ。オレが長い年月かけて編み出した秘法ですからねェ。そう安く売れるもんじゃありませんわねェ」
なるほど、そしてこうやって自分の値を高く釣り上げて長く利用価値があるように思わせてるのか。
もちろんブラフもあるだろうが、たしかにこういうやり取りは政治の領域だな。
この契約スキルもそうだし、このヤリヤというゴブリンはほんとに政治向きだ。
「なに笑ってやがんですか──」
無意識のうちにオレは笑みをこぼしてたらしい。
「ああ、すまない。キミのことを笑ったわけじゃない。嬉しくてつい、な」
「嬉しくてェ?」
「ああ、こんなにちゃんとした駆け引きの出来る、賢くて有能で優れた、しかも希少な人材と出会えたことによる喜びだよ」
「お、おうっ……!わ、わかってくれてるんならいいんですけどさッ……」
おそらく初めて自身の手練手管を褒められたのであろうヤリヤは照れくさそうに口を尖らせている。
「だが、詰めが甘かったな」
「……は?」
この手の輩には予め理を説いたうえで、しっかりと立場をわからせておかないと必ず逆臣になる。
つまり『ナメられたら終わり』ってやつだ
「オレがいつ、どのような状態でお前をエルフの元につれていくのか。その決定権はオレにあるってことだ」
「……! おま……ッ!」
「つまり50年後に骨の状態のお前を連れて行っても契約は果たしたことになるよなぁ?」
ヤリヤは焦った様子でプルプルと手を震わせながら新たな契約用紙を作り出そうとしてる。
「無駄だ、やめておけ。お前には経験が足りない。付け焼き刃の小手先だけではここを出てからは生きていけないぞ」
ここから先は追い込まれたヤリヤが爆発しないようにメンツを立ててやることにする。
「学べ。様々なものを見ろ。オレについてくればそれが出来る」
最後のひと押しだ。
「ここでゴブリンを相手にして自分の方が優秀だと思い上がったまま、一生外の世界を知らずにここで朽ちるか。それともオレについてきて経験を積みゴブリンとエルフ、その両種の特性を活かした世界で唯一の優秀な個体であることを世の中に知らしめるか。お前はどちらを選ぶ?」
ガックリと肩を落としたヤリヤは、ズレたメガネ越しに恨めしそうな上目遣いでオレを見つめ、力なく言った。
「フ、フィード……オファリング真王に、従い、ます……」
よし、通った!
密かに発動させておいた【狡猾】の効果もあって、見事有能な臣下を得ることに成功した。
オレはヤリヤの肩に手を置くと、ショボンとした様子でズレ落ちているメガネの位置を直してやる。
「ヤリヤ。お前の力で我が国は一段と盤石になるだろう」
ヤリヤの手を握る。
「そして改めて約束する。キミを必ずエルフの国へ連れて行くと」
手にぐっと力を込めて言葉を締めると、ヤリヤはその場に片膝をついて忠誠を示した。
「……はい、必ず陛下のお力になれるよう尽力することをここに誓います……」
我が国に将来制定されるであろう法。
その法の証人となる司法書士ゴブリン、ゲットだぜ!
もし少しでも「ヤリヤくん、イキってたのにやり込められてしょんぼりしててカワイイ」「オファリング王国の礎が整っていくのワクワクする」と思った方は↓の★★★★★をスワイプorクリックしていただけると作者がめちゃくちゃ喜びます。
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