フェンリルさん、倉庫にされる
今、街中でひっきりなしに囁かれてる噂話。
盗賊ギルド長が死んだらしい。
「おい、聞いたか? 盗賊ギルドのギルド長が死んだって噂」
「ああ、そのギルド長の家、木造だったのに全部石に変えられてたらしいな」
「その石の館の中で火あぶり。おい、これって事故……じゃないよな?」
「ああ、殺されたんだろ。誰かに」
「あんなヤバい連中に手を出すなんているんだな」
「ああ、ギルドの連中も報復のために血眼になって犯人探してるらしい」
「っていうか、盗賊ギルドのギルド長ってハンパなくヤバい奴だっただろ?」
「ああ、その分恨みもたくさん買ってたんだろうな。奴を殺したい人間なんて星の数ほどいるだろ」
「いや~、しっかしどんなやつがそのギルド長を殺ったんだろうな。オレはそいつの方がこえーわ」
「ああ、全くだ……。しかもこんな時にゾゲッタさんも行方不明だし。全く何が起こってんだ、今この街で」
街のそこら中でかわされているそんな会話の中を、オレたちはするりするりとすり抜けて物資を調達している。
というのもこれからしばらく街を離れることになりそうなので、とにかく食料──特に保存食だけはしっかり確保しておこうってわけだ。
それとゴブリンたちへ家賃代わりに渡す酒も、だな。
買い込んだ物資は路地裏に運び込み、闇の召喚精霊フェンリルの影の中へとしまい込む。
あとから気づいたんだが、この狼族が入れるフェンリルの影。
なんとこの中には「狼系魔物の背中に乗せていればなんでも」持ち込めるみたい。
う~ん、便利。
ってことで買った物資は片っ端からフェンリルの影の中に仕舞っていく。
これでフェンリルを召喚すれば荷物も一緒についてくる。
はぁ……ホント便利すぎる……。
「お主……我を家扱いした次は、とうとう倉庫扱いか……。ほんとにお主というやつは……」
呆れたような口調でオレに愚痴をこぼすフェンリルさん。
ごめんね、でもキミが便利すぎるのが悪いんだ。
あと今は急いでるから文句を聞いてあげてる時間がないんだ。
と、心の中でフェンリルに言い訳をしながら手早く荷物を運び込んでいく。
すると、今日すでにもう何度目かとなる言葉が耳に飛び込んできた。
「うわぁ! なんだこの化け物!?」
路地裏でコソコソ物資の収納をしてるフェンリルやダイアウルフの群れを見て驚く街の住民。
あ~、また人が来ちゃったか。
そんでまぁ当然の反応だよね。
ってことで、はい。
──洗脳。
「オレ達のことは忘れろ。そして立ち去れ」
「はい……」
住民に手早く【洗脳】スキルをかけてオレ達を「見なかったこと」にしてもらう。
うん、まったく賑わいすぎてて嫌になっちゃうぜ、この王都は。
「フィードくん、こっちは終わった!」
「オーケー! こっちもこれで終わりだ! それじゃそろそろ森に向かおう!」
モモにそう答えると「それじゃフェンリル、また後でな」と伝え、精霊界に戻す。
「そろそろ行くけど、みんな準備はいいか? あれ? セレアナは?」
「いまふわぁよほ」
大通りから口いっぱいに露天の食べ物を詰め込んだセレアナが戻ってきた。
「お前……ほんとに食い意地張ってるよな……」
「だっへ! こんな美味しひもほ! しばらく食べらへはひなんへ……!」
「あー、もういいからいいから。黙って食べてろ。他になにかやり残したことはないか?」
「あの、フィードさん……。ミアさんは大丈夫でしょうか……?」
ミア。
冒険者ギルドのオレたち専用の受付嬢。
たしかに心配は心配だけど……。
「ルゥ。今、私たちは王国と盗賊ギルドに追われてる。そんな時にミアに会ったりしたら、逆にあらぬ疑いをかけられて危険に晒すことになる」とリサが諭す。
「そう……ですよね」
「ミアには護衛として氷の精霊シヴァをつけてる。なにかあったらきっと守ってくれるさ」
「──はい、わかりました」
うん。
きっと白銀騎士ラベルの前では「焼け石に水」ならぬ「焼け石に氷」だろうけど、それでも何もないよりはマシだ。
さっさとゴブリンの巣穴で体勢を整えて、白銀騎士と大司教を叩こう。
そうすればミアが危険な目に遭う可能性も少なくなるはずだ。
あとは未知だけど、国王とか三騎士最後の一人の薔薇騎士とかも多分叩く候補に入ってきそうだよな。
それから……あっ、すっかり忘れてたけど元パーティーメンバーのソラノとエレクも懲らしめないとだな。
っていうかあいつら今何してんだろ。
マルゴットやミフネ、ジュニオールのことにもう気づいてたりするのかな?
オレは王都のすこし煙った空を見上げ、最近めっきり復讐の優先度が下がりつつある元パーティーメンバー残りの2人の顔を思い浮かべる。
◆◇◆◇
フィードの元パーティーメンバー回復師のソラノは、エルフの皇子エレクに顔を踏みつけられている。
「ひぃぃ……エレク様、なにかお気に召さないことがあったでしょうか……?」
「誰が勝手にその汚い口を開いていいと言った?」
「すみません! 申し訳ありません! 許可をいただけるまで二度とこの汚い口を勝手に開きません!」
チッ。
エレクは不機嫌そうに舌打ちし、ソラノの腹を思いっきり蹴り上げた。
「うぐっ……!」
うめき声を上げそうになるも、両手で口を塞ぎ声を抑えるソラノ。
その姿に元聖女見習いだったことの威厳は、一切ない。
「ったくよぉ。聖女になる可能性が一番高いっていうからお前をこうして『飼って』やってたのに、よりにもよってアベル──あ~、今はフィードだっけか? の仲間が聖女になるとはなぁ」
うずくまるソラノの上にドスンと腰を掛けると、さらに愚痴を続ける。
「しかもゾゲッタはオレの正体をバラしかけるし、マルゴットも殺されててミフネもジュニオールも行方不明。アベルを誘拐した盗賊ギルドのギルド長も殺された。おまけに三騎士の一人、黒騎士も鑑定士の情報を聞いて長城に向かったまま音沙汰なし。なぁ、一体どうなってんだ、これは!?」
再びソラノを激しく蹴り上げるエレク。
「ううぅ……っ!」
そのまま何度もゲシゲシと蹴りつけながら「おい! なんとか言え! この無能!」と罵り続ける。
風魔法で音の障壁が張られた部屋に、エレクの荒い息遣いとソラノの嗚咽だけが静かに漏れる。
「もういい、行け。お前、アベルのパーティーに潜入してこい。森に行ったらしいから居場所はオレの部下に探らせる。一緒に向かえ」
言い終わると同時に部屋に2人のエルフが音もなく姿を現す。
突然の命令に困惑の表情を見せるソラノ。
「ったくなんだよ、ムカつく顔だな。言いたいことがあれば言え、発言を許可する」
「は、発言を許可いただきありがとうございます。恐れ多くも、私一人ごときが本物の聖女のパーティーに潜入してもなにも出来ないかと……」
エレクは深くため息をつくと「バァ~カか、お前は」と言い捨てる。
「いいか? マルゴットは殺された。死体はオレが消したから、まだ誰にも気づかれてないがな。それからミフネ、ジュニオールも姿を消した。わかるか? これはアベルの復讐なんだよ。次のターゲットはオレか、お前。オレはまだ返り討ちに出来るがお前はどうだ? 無理だろ。じゃあどうする? 自分から行くしかないよなぁ?」
「は、はい……」
ソラノは頭はよくなかったが、もう自分には他に道が残されていないことだけはハッキリと理解出来た。
「それでお前はあのパーティーに潜り込んでぇ~……。『殺す』んだよ……」
「アベルを、ですね?」
「いや、違ぁう。『聖女を』だぁ」
「聖女ですか? 危険なのはアベルなのでは?」
チッチッチッと指を振るエレク。
「今あいつらが自由に動けてるのは『聖女を擁してるから』なんだよ。聖女がいるから教会も王国も表立って手出しができない。じゃあ聖女がいなかったら?」
ハッと息を呑むソラノ。
「いくらでも、すり潰せる……?」
「そぉ~う! おまけにお前は聖女第一候補に返り咲きだ! またお前に価値が戻るなぁ! オレにいたぶられるにふさわしい価値が!」
「いいことづくめですね! 流石エレク様です!」
「だろ~? もっと褒め称えていいんだぜぇ~? っと、そんな事してる間にあいつらと距離を離されちまう、か。おいソラノ、さっさと向かえ」
「はいっ!」
部屋から出ようとするソラノにエレクが声をかける。
「おい、その前に傷を治していけ」
「は、はい」
自らの身体に手を掲げ、ソラノはエレクにつけられた傷を回復魔法で癒やしていく。
「振る舞いもいつも通りに。エレク様、じゃなくて」
「う……うん、わかったよエレクちゃん! ゴミのくせに私達に歯向かうアベルをぶっ潰すために、まずは聖女をぶっ殺してくるね!」
エレクがアゴで「行け」と出口を指し示すと、ソラノは引きつった顔でスキップをしながら部屋から出ていった。
王国、教会、魔界、そしてエルフ王国。
それらの勢力から差し向けられる明確な殺意を持った最初の刺客。
王都のアイドル回復師ソラノが、ルゥを殺すべくフィード達の元へと向かう。
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