キスしないと出られない部屋
緑色の肌、尖った耳、赤茶色の髪の毛。
呪いの部屋の中にいた人物は一見すると完全に「ゴブリン」。
ただし、彼女は洞窟に似つかわしくないきらびやかなピンクのドレスを着ている。
そのうえ、なんというか──そのゴブリンの瞳は、とてもしっとりとした憂いを帯びていた。
それらを総合して言うとまさに
『ゴブリンの姫』
という言葉がぴったりだった。
「あなたたちは?」
凛とした声。
人間の言葉が理解できるだけでもレアなのに、声に品性まで感じられる。
「オレたちは冒険者です。冒険者ギルドの依頼でここに巣食うゴブリンの退治を引き受けました」
「冒険者、ですか。では私達を皆殺しに?」
オレは仲間と顔を見合わせる。
冒険者ギルドからの依頼は「人間に迷惑をかけてる凶悪なゴブリンの討伐」であって、こんな無害そうで知性の高いゴブリンなんてどうすりゃいいかわからんぞ。
「私達の目的はあくまで『ゴブリン退治』のみだよ。全滅させるかどうかは私達の裁量によるかな」
この中で冒険者としてのキャリアが一番長いモモが答える。
「そうですか……しかし人間にとって我らゴブリンは忌むべき相手。どう言っても被害は免れないのでしょうね」
え、この人なんかめっちゃしっかりしてない?
少なくともオレなんかよりは立派な人っぽいんだけど。
そんなことを思ってると、その小部屋の中の奥の一画が様々な色味の美しい花で埋め尽くされていることに気づいた。
「もしよければお話いただけませんか? あなたは誰なのか、そしてなぜこの呪いの部屋に閉じ込められているのかを」
ゴブリンは毅然とした態度で顔をこちらに向け、こうなった経緯を話しだした。
それによると彼女はやはりゴブリンの姫で、たまたま一人で未知の洞窟を探索してたらここに閉じ込められてしまったらしい。
姫を見つけたゴブリンたちが調べたところ、ここはどうやら「キスしないと出られない」という呪いがかけられた空間だと判明。
だが、ゴブリンの姫とキスをするということは姫と結婚して次代の王になるということ。
そこで誰が姫とキスをするかと揉めに揉めてる間にどんどんゴブリンが集まってきて、あっという間に一大集落になってしまったらしい。
「はぇ~、なんだかすごい話ですねぇ」
「でもどうするの? そんなにゴブリンが多いのならクエストどころじゃないわよ」
「現実的なところではこのまま引き返してギルドに報告、かな?」
ルゥたちがこれからどうするか話し合っている。
でも、オレは別の可能性を考えていた。
「ヒナギク、姿を現せ」
「はいはいっス」
呪いの部屋の中にゴロンと横になって完全に弛緩しきってるヒナギクの姿がドロンと浮かび上がる。
「お前気を抜きすぎだろ」
「だって皆さん来るのが遅いんスもん。待ちくたびれたっスよ。で、誰が自分にキスしてくれるんスか? まさかフィード様が……」
オレはズカズカと部屋の中に足を踏み入れると、ヒナギクの口にブチュっと口づけをする。
「ん……! ばっ……! んん~~~……!」
これくらいで十分かな?
バタバタ動かすヒナギクの手足が大人しくなった頃、オレはヒナギクから口を離した。
「ちょちょっと、いくらなんでも準備ってものが……」
口を拭いながら目を白黒させているヒナギクにオレは「部屋から出てみろ」と告げる。
「あっ、出れたっス!」
スッと部屋から出ていったヒナギク。
その周りではルゥ、リサ、モモが顔を真っ赤にして震えている。
あ、オレが相談なく部屋に入ったからみんな怒ってるのかな?
まぁそれは後で謝るとして。
オレはゴブリンの姫の方に向きを変える。
「姫」
「せっかくですが。このキスは異性間で行わないと意味がないらしいのです。足を踏み入れていただいたのに大変申し訳ないのですが……」
え?
じゃあなんでヒナギクは出られたの?
みな同じ感想を抱いてヒナギクを見つめる。
そして、みんなの心に一つの疑念が湧き上がってきた。
「あ、自分っスか? 男っスよ?」
『ええええええええええええ!?』
驚愕の声が洞窟に響く。
「え? 言ってなかったっスかね? 自分、れっきとした男の子っス」
いや、その見た目じゃ男の子じゃなくて男の娘だろ……。
こいつの元雇用主の勇者アベル、一体どんな趣味してんだよお前。さすがに引くわ……。
ま、まぁヒナギクの件は後で処理するとして……。
「姫。提案がございます」
「なんでしょう? 人間となにかわかりわえるとは思いませんが」
「姫は意中の相手はいらっしゃらないのですか?」
「意中の相手? それがなにか?」
「私は一度見たことのある生物に【変身】することが出来ます。そこで、姫の意中の相手がいるのであれば、私がその人物に変身して一緒にここを出るのです」
「なるほど、先に既成事実を作ってしまうということですね」
さすがは姫、察しがいい。
「はい。その代わり、私達への見返りとしてここから撤退していただきたいのです」
「私がここから出ることができれば、私の同族もここにいる必要がなくなる。つまりお互いに被害が少なくて済むと。そうですね、極めて妥当な提案に感じます」
おお~、交渉がめっちゃポンポン進む。
「その前に。あなたは変身出来るということですが、その姿も本当のあなたではないのでしょう? 取引を持ちかけるのであれば、真実の姿で頼むのが礼儀ではないのですか?」
鋭い姫の指摘にオレはハッとさせられる。
「そのとおりです。礼を欠いた行為、お詫びさせていただきます」
──変身。
オレは元の姿に戻った。
背が小さく、黒髪で、決して屈強とは言い難い、いつものオレの姿。
「あなたです!」
はい?
さっきまで品位を保っていた姫が突然叫びだした。
「私の意中の相手はあなたです! 今、私は生まれて初めて『恋』というものに落ちました!」
え、ええぇ~~~~…………?
次話【タイトル未定】
間に合えば8月18日(明日)18:30頃更新予定
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