二人の眷属
彼方から声が聞こえてくる。
「アベル! 大丈夫アベル!?」
子供の頃の記憶。
自分に自信がなかったオレ。
そしていつもイジメられてたオレ。
そんなオレを庇ってくれてたのは、モモだった。
「アベルくんをイジメる人は、まず私にかかってきなさい!」
そう言ってたくさんの男の子相手に1人で挑んで、結局オレたち2人共ボコボコにされちゃった時もあったっけ。
思い返してみると、モモは弱いものを見捨ててはいられない『真の強さ』を持った子だった。
そんなモモが、目の前で絶命しようとしてる少女を見捨てられるわけもないよな。
思考が現実に引き戻される。
オレの目に入ってくるのは信じがたい、信じたくない光景。
働かない頭を精一杯動かして次にすべきことを考える。
とりあえず、狼をどうにかして止めないと。
──石化ッッ!
モモとその周辺のすべてが石に変わる。
オレはもたれる足でモモへと駆け寄った。
「モモ……嘘だろモモ……」
オレのせいだ。
なんでオレはあんな簡単に少女を見捨ててしまったんだ。
モモの性格を考えたらこうすることくらい予測できたはずだろ。
そうだ、オレがどうかしてた。
強大な力を手に入れてオレは慢心してしまっていた。
敵の一味だろうと簡単に殺していいわけないじゃないか──!
「フィードさん! 私が回復魔法をかけるので石化を解いてください!」
「……わかった。いくぞ──石化解除!」
石化が解除され、石の狼たちが肉に戻るやいなやセレアナとリサが次々と引き剥がしていく。
「エクストラヒール!」
聖女ルゥの周囲が眩い光に包まれる。
そのあまりにも巨大な治癒の力は周囲の狼たちの傷も癒やし、枯れ果てていた周囲の草花も咲き誇らせる。
しかし。
モモは、反応が、ない。
「エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール!!!」
涙声になりながら最上級治癒魔法を連続で使用するするルゥ。
そして、しばらくそれを繰り返した後、リサがそっとルゥの肩に手を置くとゆっくりと首を横に振った。
「ルゥ……もう……」
「そんな……だってさっきまであんなに……!」
「私は不死者の王の末席よ。まだ息があるかどうかくらいはハッキリとわかる」
そう言うと、リサは悲しそうにオレへと視線を向けた。
ああ、わかってるよ。
オレもずっと見てるよ。
モモのステータスを。
モモ
人間
武闘家
体力 0
魔力 0
スキル【聖闘気】
職業特性:体術
数字ではっきりと見えてしまってる分、なんの希望も抱くことができない。
「フィード! まだ……今ならまだなんとかなるかもしれない!」
話しかけてくるリサをぼんやりとした目で見つめる。
「眷属にすれば……! 死後硬直が始まる前ならまだ間に合うかもっ!」
眷属──って……ああ、あれか。
オレがリサから奪ったスキル。
──吸血。
なんの気なしに【吸血】を発動してみる。
自分の犬歯が牙に作り変えられていくのが実感できる。
ああ、これで血を吸えばモモは助かるかもしれないのか。
でも──。
本当にいいのか?
モモをアンデッドなんかにしてしまって。
これ以上モモの体を弄ぶようなこと──。
それよりモモの親になんて説明すれば──。
「フィード、もう時間がないわ!」
「あ~、もうグチグチ面倒くさい人ですわね! どうせやるしかないんだから早くやっちゃいなさいよ!」
バシーン!
オレの背中に炸裂したセレアナの強烈な張り手。
そしてよろけたオレはそのまますっ転んでモモの上に覆いかぶさってしまう。
カプッ。
あっ。
オレの牙。
そう、今生えたてのオレの牙がモモの首筋に突き立てられてしまっていた。
え、事故。
パチッ。
モモがパチクリと目を開ける。
「モモさん!」
「モモ!」
顔色の白いモモが口を開く。
「あれ? みんなどうしたの?」
一見すると──いつものモモだ。
オレは「かくかくしかじか」と説明すると、モモは「な~んだ、私アンデッドになっちゃったのかぁ~」と他人事のように言って皆を呆れさせた。
「え、ちょっと待って。アンデッドだぞ? 死んでるんだぞお前?」
「でもアベル……フィードくんの眷属? なんだよね? つまりこれで一心同体。死ぬまで一緒ってことでしょ?」
ん? なんか微妙に引っかかる言い回しだな?
「ええ、そうね。フィードの命が尽きる時にあなたの命も尽きることになるわ」
「そっかー、ならそこまで悪くないかも。体の調子もいいし!」
そう言ってモモは以前と変わらぬ調子で武闘の型を始める。
え、アンデッドになって体の調子がいいとかあるんですか?
「あっ、でもお母さんになんて説明しようかな」
「オレが直接説明しに行くよ。調査と復讐が終わったらだけど」
「え、ご挨拶に来てくれるんだ~!」
「挨拶? いや、説明な」
「むふふ~」
ダメだ。アンデッドになっててもなんかいつもの調子で絶妙に会話が噛み合わない。
「ところでフィード、あれはどうするの?」
リサが指した先には、未だオレに洗脳されたままの女忍者が横たわっていた。
「そうだな……まずは狼たちに聞きたい。──まだこいつに復讐するか?」
ダイアウルフが周囲を見渡し、オレの問いに答えた。
「いや、なんだかもう気が削がれてしまった。お前たちの仲間もアンデッドにしてしまったようだし」
「そっか、じゃあこの黒ずくめの処置はこっちで決めてもいいか?」
「ああ、お前に任せよう」
オレはリサへと向き直り、「オレはこいつも眷属にしようと思う」と宣言した。
それを聞いたリサは少し考え込むと「……それはいいかもしれないわね」と呟いた。
「まず、こいつは敵側だ。しかも何にでも溶け込む能力は厄介だ。正直敵に回したくない」
「そうね、やる気になれば私達をいつでも暗殺できるってことでしょう? 考えただけでゾッとするわぁ」
「うん。そして狼たちの失われた命、これはモモがアンデット化したことで一応の落とし前がついた形だ」
狼たちからもこの意見に反論はない。
「そしてモモが命を落としてしまったのは──オレの責任だ」
「そんな……」
「その黒ずくめが元々の原因を作ったんじゃない!」
ルゥとセレアナの反論を片手で静める。
「いや、オレの思い上がりが起こした事故なんだ。もしここで起きなくても、この先どこかで必ず同じようなことが起こってたと思う」
「……」
納得できかねない様子の2人を一旦置いておいてさらに続ける。
「それで、この黒ずくめには洗脳したままどこかに行っててもらおうかとも思ったんだよね。けど、こいつさっき自力で洗脳を解きかけててさ」
「ハーピーの【罵倒】や人間の【状態回復】なんかでも元に戻っちゃうからね」
リサの言葉にうなずくと、女忍者の首筋に手をかける。
「そう。だから、眷属にしてこちらに引き込む」
そこまで言ってオレはモモの方を見る。
モモにはここまで黙って聞いている。
モモは反対するかもしれない。
どのみちこの女忍者の命を奪うことに変わりはないんだから。
「私、アベ……もうアベルって言うね? 私、昨日会った時にアベルがすごく変わっててビックリしたんだ。なんていうか……怖い感じになってて。きっと本当にひどい目に遭ったんだろうなって。そしてそれにはパーティーのみんなを止めきれなかった私にも責任があって……」
「そんなことないよ、モモは悪くない」
「ううん、悪いの。私がずっとアベルを過保護にしてたのも原因があったかもしれないし、アベルの成長の機会を奪ってしまってたのかもしれない。だから……」
「そんなことない」
握った拳にぎゅっと力を入れてモモは続ける。
「だから、さっきアベルが戦ってる様子を見てびっくりしたんだ。なんか空飛んでるし、メンタル系の魔法使ったりしててさ。ああ、逆にこんなすごい力を手に入れないと生き残れないくらい過酷な環境にいたんだなって思って……私の想像もつかないくらいの……」
涙をこらえながらオレの幼なじみ、モモは続ける。
「でもそんなアベルでも今みたいに私に気を遣ってくれたり、その子を完全な見殺しにはしないように考えたりしてて……まだ優しいところは残ってるんだなって。昔と同じ、やっぱりアベルの根っこの部分は変わんないんだなって。だから私は──キミの、フィードのやろうとしてることを止めないよ」
そう言うと、目の端に涙を浮かべてニッコリと笑った。
「しかも、もう眷属ってやつになっちゃったからな~! もう一心同体だもんね、フィードのやることを最後まで見届けるよ。幼なじみとしてちゃんと責任持ってさ!」
そう強がるモモの手は、小さく震えていた。
モモ、ありがとう。
オレの幼なじみ。
そして。
オレがこれから一生をかけて償わなければならない存在。
「うん」
オレは短く答えると、女忍者の首筋に牙を突き立てた。
プツリ。
柔肌を貫く音がする。
涙のような血が一筋、首元から零れ落ちた。
次話【タイトル未定】
間に合えば8月14日(明日)18:30頃更新予定
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