真夜中の餌付け
目を覚ますと辺りはすっかり暗くなって教室には誰もいなくなっていた。
どうやらオレは気絶したまま檻の中で放置されてたらしい。
クシュンっ!
全裸だしさすがに夜は冷えるな……。
ガチャッ!
檻が揺れる。
「うわっ!」
なんだ……?
目を凝らしてみると、そこにはぬらぬらと涎にまみれた白い“牙”が浮かび上がっていた。
「わぁぁ!」
その“牙”が、ガジガジと鉄の檻を噛む。
「ウォイ、人間! 人間! 人間だぁぁァあ! 吸わせろ血を吸わせろ血を血を血を血を血を吸わせろおおおおお!」
この声……女?
しかも。
「吸血鬼?」
ピクッ。
「に、人間ごときが……私の名前を気安く呼んでんじゃないわよぉおおおおおお!」
ガガガガガガガゴゴゴゴ!
檻が揺れる。
「あ、あ、あ、あ、あ、ちょ、ちょっと待って!!!!」
ヤバい、こいつ女吸血鬼ってやつか。
「キ、キミはこのクラスの生徒?」
「は? なんでそんなこと答えなきゃいけないの」
お、会話成立。
これはもしかして駆け引きできそうかな?
「キミはオレの血を飲みに来たんだろう? なら話くらいしてくれてもいいじゃないか」
「……」
「なぁ、オレも昼間から寝てて目が冴えて眠れないんだ。それとも、下等な人間のお願いも聞けないほど吸血鬼ってのは器が狭いのか?」
「そ、そんなわけないでしょう! わかったわ! 特別にこの高貴で偉大なる美しき吸血鬼ラ・リサリサ・ホーホウ・バルトハルト・ヴィ・ルージュリア・レッドグラム・ローデンベルグが話をしてさしあげますわ!」
「え、長い。リサでいいかな? よろしくリサ」
「なっ……! 下等な生き物のくせにこいつ……!」
吸血鬼、リサはキッと睨みつける。
「オレはフィード。フィード・オファリング。昨日名付けられた。ここのゴーゴンに」
「ぷっ、餌(笑)供物(笑)。あなたにぴったりの名前ですこと!」
「で、リサはオレがこのクラスで30日飼われることは知ってるのか?」
「知ってますわ、昼間起きたことは使い魔がちゃんと伝えてくれますもの」
「……ってことは、やっぱキミはこのクラスの生徒なんだね」
「ええ、そうですわ! 出席番号20番! それがこの私、ラ・リサリサ(名前略)ですわ! 高貴なる者にはやはり高貴なる出席番号が割り振られますことね! お~ほっほっ!」
うん、名前長いから途中から聞いてなかった。
でも、こいつが長々と喋ってくれてたお陰で方針が決まったぞ。
「よし、じゃあリサ。オレと取引しよう」
「……取り引き?」
「ああ、オレがキミに血を数滴飲ませる。その代わり、キミはオレに食料と情報を渡す。どうだ?」
「ふつう……貴族はっ! こ~んな下賤な者との取り引きなどいたしません。というか話すらいたしません。ただし……」
リサはオレの首筋を見てゴクリと喉を鳴らす。
「あ、あなたの血は……その……なかなか美味しそうですわ。だから、その……」
オレは親指の先の表皮を噛み切ると、ぷつりと浮き出てきた赤い血をリサに見せる。
「こ、これは……あの、あの……」
「今日の分だ。舐めるだけだぞ、噛みつくなよ」
リサは顔を赤らめ、目をうるませている。
「舌を出せ」
恥じらいながらもリサは舌を出してみせる。
「よし、それを格子の間に入れろ。動かすなよ」
言われるがままに格子と格子の間に舌を突き出すリサ。
ゆっくりと舌に向かって指を近づけていく。
ハァ……ハァ……。
暗闇にリサの荒い息が響く。
舌まであと3cm……2cm……1cm……。
そこで指を止める。
ガタッ!
リサがカゴを揺らす。
「はんへ(なんで)! なんへほう(なんでよう)!」
涙目で急かすリサをもう少しだけ焦らすと、その舌先に一気に血を撫でつけた。
「!??!??!?」
リサの目の奥でチカっと火花が飛んだような気がした。
「な、なにこへぇ……」
呂律の回らない惚けた声を漏らす。
「そんなに美味かったか?」
「お……おいひいなんてもんじゃにゃひ……。わたしが普段飲んでりゅのと全然ちがうゅ……」
そう言うとリサはヘナヘナと床に座り込んだ。
「そうか。また飲みたいか?」
「ひゃい……! の、飲みたいれしゅ……!」
「そうか飲みたいのか。では明日からも言うことを聞いてもらう。いいな?」
「ひゃい……。しょ、しょうがなひでふわね……」
「いいだろう」
パチン、と指を鳴らす。
「ではまず水と食料をもってこい」
ふらふらと立ち上がるとリサは窓から飛び去っていった。
ふむ……それにしても血液ごときでここまで意のままに操れるとは……。
このリサという吸血鬼は使える。
スキルを奪うとしてもこいつは最後の方だな。
まず当面はこいつから情報を引き出して作戦を立てよう。
ただ、さっきから頭の片隅にどうも引っかかるものがある。
もしかして。
もしかしてだが。
あるのか?
魔物を皆殺しにする以外のルート。
──『30日後に殺されないように皆と仲良くなるルート』が。
いや、全員じゃなくてもいい。
過半数の否認さえ取れたらオレは殺されずに済む可能性はないか?
(いや、ダメだダメだ!)
頭を振ってその甘い考えを追い払う。
そんな不確かな希望にすがったところで、失敗して傷つくのは結局自分だ。
これまでだってそうだったじゃないか。
他人に期待するな。
自分の道は自分で切り拓くしかないんだ。
最も高い確率の道を選べ。
そう。
……皆殺しだ。
それしか確実にここから逃げ出す方法はない。
そう強く思い直す。
(くそっ……!)
リサやゴーゴンの姿が頭に浮かぶ。
殺せるのか、オレに。
いや。
殺すしかないんだ、オレは。
オレはどよんと淀んだ冥い表情で覚悟を決めた。
窓から食事を持ったリサが帰ってくる。
「おかえり。早かったね」
オレはにっこりと笑いかける。
「べ、べつに急いで戻ってきたわけじゃ……」
演じろ。
完璧に演じるんだ。
そして。
30日後に殺されるのはオレじゃない。
30日後に殺されるのは。
お前らの方だ──。
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