禁断の抱擁
「せ、せいじょ……? さ、ま……?」
信じられないものを見るように《聖女見習い》の回復師ソラノは目を見開く。
「はい、聖女様です! つい先程誕生されました!」
天然っぽい受付嬢が笑顔で言い切る。
「えっ、あっ、それって……」
「はい、もう見習いのみなさんのお役目は終了ですっ!」
「あっ……つまり私はもう聖女には……」
「はい、なれません! お疲れ様でした!」
完全に魂の抜けた表情で座り込むソラノ。
くぅ~!
あの高慢ちきで人を馬鹿にしまくってたソラノがあんな顔見せるなんていい気味だぜぇ~!
しかしルゥが聖女になるとは意外だったなぁ~。
これでルゥもオレと別れても、ちゃんと人間界で生きていけるな。
さて……。
こいつらには改めて痛い目を見てもらうとして、今は色々と状況を整理したい。
さっさとこの場をおいとまさせてもらおう。
「さ、お前ら今のうちに帰るぞ」
「ええ~、こいつら今ここで殺していかないんですのぉ~?」
いや、何を言ってるのセレアナくん。
ほらほら、君がそんなこと言うから向こうのパーティーの人たちがめっちゃこっち見てるじゃない。
お願いだから無駄に事を荒立てないで。
そして、ここで下手に揉めたらオレの今後の復讐もやりづらくなるからやめて。
「あ、あはは~。何言ってんだセレアナ~。そんなことするわけないじゃないかぁ~。駆け出しひよっこの雑魚冒険者の僕たちがこんなハイレベルの方たちに勝てるわけないないだろ~。あっはっは~」
めちゃめちゃ棒読み&早口でまくし立てながらみんなの背中をグイグイと押す。
「オイ、ちょっと待て」
マルゴットがオレの背中越しに声を投げかけてきた。
「お前、な~んか初めて見る気がしねーんだよな。オレのいけ好かなかったボンクラによく似てるぜ。その、人の後ろでこそこそやってるところとかよぉ」
ピクっ。
「誰かって?」
思わず反応してしまう。
「なんだったかな、もう名前も覚えてない雑魚の鑑定士だったわ」
「へぇ」
オレはかつてのパーティーリーダーに向かって右手を掲げる。
身構えるマルゴット。
──吸収。
小声でそう呟くと、オレはマルゴットの【ぶん殴り】を吸収する。
「?」
スキルを奪われたとは夢にも思わないマルゴット達は肩透かしを食らった様子で戸惑っている。
さ、今のうちにとっととおさらばだ。
オレたちは素早く踵を返すと、冒険者ギルドから早足で脱出した。
オレたちは夕陽を背中に受けながら繁華街へと歩みを進める。
女4人。
しかも自分で言うのもなんだけど、まぁまぁ可愛い4人だ。
そんなのがこんなとこ歩いてたらやはりというかなんか言うかめちゃくちゃ人目を引いてる気がする。
(あとで街に馴染めるような洋服をみんなで買いに行くか)
そんなことを思いながら、漂ってくる肉や魚を燻す匂いに興味を惹かれつつ、みんなと軽口を叩き合う。
「ドタバタだったけど、結局みんな職につけたな」
「山賊なんてまっぴらごめんですけどね!」
「そうか? 似合ってると思うぞ、山賊」
「はぁ!? なんか国の監視下に置かれるとか言ってたし最悪ですわぁ!」
ぷりぷり怒ってるセレアナもなんか見慣れてきたな。
リサは屋台の食べ物に目移りしてるようだ。
「しかしルゥだよ! すごいな! 聖女だって!」
「え、いやぁ、えへへ……。でも聖女なんて一体どうすればいいか……」
「聖女は多分教会のトップの方の人になるんじゃないか? これでもうオレと別れてもやっていけるな!」
「えっ……」
ルゥが不安そうな顔を見せる。
「まぁいきなり人間界に放り出したりしないから安心しろよ。ちゃんと自立出来るまで面倒は見るさ」
そう言うと、ルゥは安堵したような複雑な表情を見せた。
「ねぇ、フィード! あれ! 私あれ食べたい!」
オレの服をグイグイ引っ張ってリサが屋台を指差している。
「ああ、焼鳥だな」
「ヤキトリ?」
「鳥を焼いたものさ。それに塩かタレで味をつけたものなんだが……」
「なんだが?」
「美味いんだこれが! 疲れた時の塩! お腹が空いた時のタレ! どっちも最高でさぁ!」
ヤバい、想像してたらめちゃくちゃ食べたくなってきた。
「フィード、私も食べてみたいわぁ! 今すぐ買いなさぁい!」
いつもようにセレアナが図々しく割り込んでくる。
「ルゥはどうする?」
「あ、食べたいです」
「よーし4人前だな! おっちゃん! 塩とタレ半分ずつで銅貨20枚分適当に包んで!」
屋台のおっちゃんが「嬢ちゃん達カワイイからおまけしとくぜ!」なんつって結構どっさりな量の焼き鳥をくれた。
男の姿の時には一度もそんなことしてくれなかったのに。
と、そんなことを考えながら半ば複雑な気持ちで塩焼き鳥にかぶりつく。
「~~~ッ!」
口の中に広がる塩と炭火の味。
噛むたびに血管の中にギュンッと栄養が送り込まれる感覚。
たまんね~~~!
これだよこれ!
王都の味だよ!
はぁ~……。
なんだかやっと「帰ってきた」って感じがするなぁ……。
そうやって感慨に浸っていると、急に背中をバンバン叩かれて口の中の焼き鳥が飛び出した。
「フィード! 美味しいわ、これ! これ美味しい! 美味しいの!」
目を爛々と輝かせたリサが興奮してオレの背中をさらに叩いてくる。
「いや、それはよかったよ、あはは……」
リサの背中叩きによって減っていくオレの体力を【鑑定眼】で確認しながら弱々しく笑みを見せる。
ん……?
ついでに目に入ったリサのステータスで気になった点があったので伝える。
「リサ、お前スキルが新しく出来てるぞ?」
「え!? スキル!?」
「うん、【跳躍】っていうのが出来てる。オレが吸収してから昨日まで空だったのに」
「スキル……私に……?」
両手に焼き鳥を持ったセレアナが「あら、跳躍なんてすごいじゃない。試しに飛んでみなさいよ竜騎士様」と自らの山賊を卑下するかのように卑屈に言う。
「そうね……」
リサはそう言うと、クッと膝を曲げて軽く跳躍した。
ヒュン。
そんな音と共に一瞬で見えない高さまで飛んでいったリサを追ってオレたちは慌てて空を見上げる。
「きゃあああああああああああああああああああああ!」
スカートが捲れ上がって下着丸出しで落下してきてるリサの叫び声がだんだんと大きく聞こえてきた。
「フィードさん!」
ルゥの声に目で頷く。
──高速飛行&剛力!
「ぐっ!」
上空に飛んだオレは、落ちてくるリサを両手で受け止めた。
「…………!」
リサはギュッと目を閉じて固まっている。
「大丈夫か?」
「ハ……ハァハァ……びっくりした……。人間だからもう飛べないのに、あんなに高く跳んじゃったから……」
そう言って開いた目には涙が浮かんでいた。
「いいか? 竜騎士の職業特性は《滑降攻撃》だ。リサの【跳躍】スキルと相性がいい。もっと上手く【跳躍】を使いこなせるようになれば、リサに敵う人間なんて誰もいなくなるよ」
リサが小さな声で呟く。
「な、慣れるまで……こうやってサポートさせてあげても……いいわよっ。そ、そう、下僕、下僕としてね!」
「フッ。友人としてだったらいいかな」
「……仕方ないわね。それでもいいわよ」
さっき以上の小声でリサはそう呟いた。
「あ、あと……慣れてからも、たまにこうやってサポートさせてあげてもいいわよ。か、勘違いしないでよ! たまにだからねっ!」
オレは少し笑うと、リサのことをたまにはフルネームで呼んであげようと思ってたことを思い出した。
「かしこまりました。ラ・リサリサ・ホーホウ・バルトハルト・ヴィ・ルージュリア・レッドグラム・ローデンベルグ様」
冗談めかして大仰にオレは言う。
いつの間にか自然とお姫様抱っこの体勢でリサを抱えていた。
リサは顔を伏せて口ごもる。
地平線に沈みかけた夕陽が、リサの顔を血のような赤色に染めていた。
それからしばらくの間、街ではこういう噂が流れるようになった。
夕暮れ時に空を見上げると、真紅の礼装の美少女と高貴なローブを纏う姫の禁断の抱擁を見ることが出来る、と。
次話【女の子が洋服を買う時の気持ちってものは】
8月7日(明日)18:30頃更新予定
『30日後にマモノに食べられるオレ(略』は毎日更新中!
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