耐えろ、劣悪環境!
30日後に魔物に食べられることが決定したオレ。
それまでに一つでも多くのスキルを魔物から盗んで絶対に脱出してやる。
そう心に決めた。
だが、その決意すら簡単に折られそうになる。
「それじゃあフィードくんは檻に入ったまま後ろで授業を見ててください。まぁ人間なんかに我々の勉強は理解出来ないとは思いますが」
「ギャハハハ! そりゃそーだ!」
教師の大悪魔の言葉に馬鹿笑いをするのはミノタウロス。
こいつら……とにかく人間をゴミかなんかのように思ってるらしい。
今はせいぜい笑ってるがいい……最後に吠え面をかくのはお前たちだ。
とはいっても今のオレには何の力もない。
じっとこらえて待つんだ、逆転の時を。
「ではオクくん、“それ”を後ろに置いてきてください」
「はァい」
間抜けな返事をするオークが片手で檻をワシっと掴んでズリ……ズリ……と後ろまで引きずっていくと、ポイッと放り投げた。
「わ、わわっ!」
ドスン!
「いててて……」
いや嘘だろ……。
一体何キロあると思ってんだこの檻……。
と怯える反面、心の中で舌舐めずりするオレもいた。
──この力もオレのものになるんだ。
そう思うと、この悲惨な待遇にも耐えられるような気がした。
ギャゴゴーン! ギャゴゴーン!
チャイム──なのだろう。
ノイズ混じりの不快なそれがけたたましく鳴り響く。
「よし、それでは授業を始めます」
大悪魔の授業が始まる。
どうやら「モンスターの歴史」的な内容みたいだ。
う~ん、モンスターの成り立ち……わりとどうでもいいな。
どうせ最終的に【吸収眼】で大悪魔の【博識】スキルを吸収しちゃえば、大抵のことはわかりそうだし。
それよりも、こいつらのスキルをどういう順番で奪っていくかを考えなきゃな。
スキルを奪っても奪われたことにすぐ気づかれちゃ元も子もない。
となると……つくづくオレが最初に奪ったスキルが【狡猾】だったのは、実はものすごくラッキーだったのかもしれない。
だってデーモン1人ごときが間抜けになったところで、誰も気にもとめないだろうからね。
ふぅ、それにしても。
教室の一番後ろというのはなかなかいい。
こいつらを後ろから一方的に吟味できる。
ふむ……。
席の数は30。
うち女が7、か?
あとは男か性別不明。
欠席も何人かいるな。
セイレーンの【美声】とかラミアの【不眠】スキルなんかは奪ったらすぐバレるやつだな。
奪うなら最後の方だ。
アルラウネの【食物知識】や大悪魔の【博識】もダメだな。
普段賢い奴が急に馬鹿になったら絶対にバレる。
そこでふと気づく。
あれ……もしかしてこれ意外と無理ゲーなのか……?
う~ん、でももしかしたら【狡猾】みたいなちょうどいいスキルがあるかもしれないし。
っていうかそもそも2個以上のスキルを吸収出来るかどうかも現状ではまだわかんないんだよなぁ。
まぁとりあえず当面の目標は【吸収眼】の詳しい性能の把握と、クラスの連中のスキルの確認ってとこだな。
まだ30日あるんだ。
焦らず追々考えよう。
……。
目を閉じると、オレはいつの間にか眠りに落ちていた。
グヮンゴワァン!
檻が激しく揺れて目を覚ます。
「うわわっ!」
目の前にミノタウロスの顔面がある。
な、生臭い……!
いや獣臭いというか絞ってない雑巾の匂いがする……。
「ブォェ……!」
揺れと匂いで思わず吐きそうになる。
「オイオイ、てんめぇ~! 人の顔見て吐きそうになるとはいいご身分じゃねぇ~かよぉ! 人間のくせしやがってよぉ!」
「そーだぞゴラァ! わかってんのかゴラァ!」
ミノタウロスとオーガ。
このクラスの喧嘩自慢ってとこか。
「ちょ、ちょっとやめてください……。急に揺らすから、き、気分が……」
なるべく下から目線でいく。
とにかく生き残ることが最優先だ。
「ギャハハハ! よえーよえー! 人間ってのはこんなに弱いのか! こんなもん食ってほんとに美味いのかねぇ?」
「どーなんすかね! こんなガリガリのやつ、食えるとこも少なそうスけど!」
「マージであのセンセーなに考えてこんなもん飼わせてるんだかっ!」
ガシャーン!
ミノタウロスの蹴りで檻が吹っ飛ぶ。
「うわあぁぁっ……!」
なるべく情けなく振る舞う。
いつか復讐するその時が訪れるまで埋伏するんだ。
いや……。
違う。
実際に怖い。
そう。
オレは怖いんだ。
数百キロある檻を蹴飛ばしたり放り投げたりする魔物たち。
魔力だけじゃなく、実際の力の差がありすぎる。
魔物たちの体がちょっとカスッただけで死ぬ。
こんな中であと30日。
正直想像するだけでつらい。
早くスキルを奪わないと。
かといってスキルを奪う順番を間違えても死ぬ。
これは難易度ハードの頭脳戦。
しかもコンテニューはナシ。
いやぁ~……これはなかなか厳しいね。
「ちょお~っとぉ、やめてあげなさいよぉ~」
その美しい声の主はセイレーン。
あきらかに自信満々って感じのスクールカーストトップ感が半端ない。
「そうよぉ、やめなさいよ男子ぃ!」
このコバンザメキャラはスキュラ。
紫色の肌に性格悪そうなツリ目。
細身の上半身に対して不釣り合いなタコ足の下半身。
そしてスキルは【毒触手】。
そんなオーガたちとはまた違った意味でヤバそうな2人が接近してくる。
「ひっ……!」
思わずイジメられてた頃の記憶がフラッシュバックしてオレは悲鳴を上げてしまった。
「あらぁ、せっかく助けて上げたのになんのかしらぁ、この人間は?」
「失礼にも程がありますよね、セレアナ様!」
ムッとした様子のセイレーンに同調する子分のスキュラ。
「ゴミムシ、ウジ虫、じゃなくてなんでしたっけ? このクズの名前?」
「たしかフィード・オファリングとか言ってましたわ」
「そう、フィード。フィードでしたわね。いいですことぉ? いずれ世界を統べる歌姫、セレアナ・グラデンとはワタクシのことですわぁ。よ~く覚えておきなさい、フィード・オファリング」
う~ん?
たしかにこのセイレーンの声はスキルどおりの【美声】だ。
だけど、ここまで言ってることが高慢ちきだとあんまり心に響いてくるものはないな……。
これはスキルを奪った時の参考にしよう。
オレならもっと上手く使いこなせるはずだ、その【美声】スキル。
「ちょっと! 聞いてまして!?」
「セレアナ様が喋ってんだぞ! ちゃんと聞けよフィード・オファリング!」
スキュラが毒触手で脅してくる。
「ひ、ひぃぃぃ! やめてください、お願いします!」
今こんなの食らったら確実に死ぬ。
ここは靴を舐めてでも生き残らないと……!
「セレアナ様見てください! この人間、こぉ~んなにビビっちゃって!」
「憐れねぇ。食べられるだけなのに30日も私達にいたぶられるだなんて」
「あの……」
どこからか弱々しい声が投げかけられる。
「30日飼うのは……いたぶるためじゃない……と、思う……」
声の主は、オレにフィード・オファリングと名付けたゴーゴン。
所持スキルは【石化】。
髪の毛が蛇になってて、目元は黒いベールで隠されている。
「はぁ? いたぶるためじゃなかったら一体なんのために飼うのよ? いたぶって楽しんだ後に食べるんでしょ?」
「そうよそうよ! 意味分かんないこと言わないでくれる!?」
「あ……ぅ……」
魔物の世界でもいるんだな、こういういじめられっ子みたいな存在。
ちょっと親近感を覚えるけど、オレに餌なんて名前付けたやつだからな、こいつは。
要するにいくらいい奴っぽく見えても所詮は魔物ってこと。
オレからしたら全員敵であることに変わりはない。
ガラガラ。
扉を開けて教室に入ってきたのはホブゴブリン。
「うボォい……エザ……餌……先生が……持ってげって……」
愚鈍なホブゴブリンがとてつもない腐臭を漂わせた皿をオレの前に乱暴に置くと、その中身があたりに飛びった。
「うっ……!」
ネズミの死体、蠢いてるムカデ、腐ったなにか等が山盛りに入っている。
咄嗟に【鑑定眼】でそれの効果を見る。
《食あたり》
《毒》
《毒》
《食あたり》
《猛毒》
もはやただの毒だ。
食べ物と呼んでいいものじゃない。
「どうじだ……はやぐ……ぐえ……」
ぷるぷると顔を横に振る。
冗談じゃない、こんなの食べたら30日も経たず死んでしまう。
「どぉ~したの? 早く食べなさぁいよ、フィード」
「セレアナ様がおっしゃってんだから早く食べなさいよ!」
「キュアラン、せっかくだからアナタが食べさせてあげたらぁ?」
「それはいい考えですね! さすがセレアナ様、お優しい、で、す、ねぇぇぇ!」
スキュラの毒触手で掴まれた腐った腐肉がオレの口の中に押し込まれる。
「ボェ……ボェェェェェ……!」
ダメだ、胃の中のものが逆流してくる。
それにこの触手の……毒、が……。
意識が遠のく。
ゴーゴンが心配そうに駆け寄ってくる姿が見えた。
ような
気
が
した。
(耐えろ……耐えるんだオレ……そしていつか絶対に、復、讐……を……)
オレはそこで意識を失った。
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