第二話 逆襲編
「ウリャーッ!」
ヤケクソで邪神に飛びつく飯田。
大部屋の反対側で見ていた化け物たちは笑い出した。
クラスメイト達もぽかんと口をあけて宙を舞う飯田の姿を見ている。
「どいつもこいつも、馬鹿にしやがってー!」
ベチョッ!
飯田は顔面からいきおいよく邪神に突っ込んでいった。
そして、何を考えたかグロテスクな邪神の身体に思いっきり噛みつく!
「タダで死んでやるもんか、俺もお前を食ってやるー!!」
プチプチプチッ!
七色に輝くゼリー状の肉体は、見た目の通りさほど固くはなかった。
人間の歯でもわりと普通に食いちぎれる。
飯田は邪神の身をモグモグとよく噛んだ。
見ていた者たちはみな、すぐに吐き出すだろうと思っていたが、予想に反して彼はゴクンと飲み込んでしまった。
「ハッ……」
サタンが軽く笑う。
だがそれ以上笑い声は出なかった。
飯田の様子がおかしい。
ぼう然と立ちつくしている。
邪神はおかまいなしに飯田の身体を取り込もうとしていた。
しかし飯田は恐れるでもなく立ちつくしたまま、ぼう然としている。
ニュルニュルと邪神が飯田にまとわりついていく。
飯田はようやく言葉を発した。
「美味い……」
その場にいた誰もが。
つまり人間も化け物も、まったく同時に、
『は?』
と疑問符を口にした。
「美味いッ!!!
こんな美味いモノ、はじめて食ったッ!!」
馬鹿なことを叫びながら、飯田は猛然と邪神の身を貪りだした!!
『えええええええ!?』
ビックリしたのはサタンたち化け物集団である。
神をも恐れぬ愚か者とはまさにこの事。
飯田は夢中になって邪神に食いつく。
邪神もゼリー状の身体を動かして飯田の身体を吸収していく。
だが飯田の勢いのほうが上だった。
だって飯田は昼休みにはいった瞬間に誘拐されてきたのだ。
空腹だったのである!!
「うまあああああいッ!
濃厚なのにちっともクドくない、口の中にひろがる匂いがサイコーだッ!
肉でもない、魚でもない、まったく未知の美味さだ!」
彼はこの上もなく幸せそうだった。
彼の肉体もジワジワ食われているのに。
「安藤さん!」
「え、な、なに」
幸せ大興奮している飯田に呼ばれて、安藤天使さんはビクッと身をふるわせる。
「君も来いよ!」
「え!?」
「ホラ! すっごいぞコイツ!」
ほら、と言いながら飯田はゾブッ、と邪神の身を手でえぐって安藤の鼻先に差し出した。
グロく輝く七色のゼリー。
安藤は最初イヤそうに顔をしかめたが、身から漂ってくる魅惑的な香りにゴクッと喉を鳴らした。
彼女もまた、お昼ご飯抜きで空腹だったのである。
「じ、じゃ、ちょっとだけ」
安藤さんは指先で邪神をすくって、おそるおそる口に運んだ。
瞬間。
「あっ、ハアアアアアアンッ!」
どことなくセクシーな声で彼女は叫び、その場にへたり込んだ。
「なにコレ、なにコレ!?」
「なっ! 美味いよな!」
コクコクとうなずく安藤さん。
飯田の手に残っていた邪神の身を受け取ると、チュルチュルと啜りはじめた。
「アッアアアン、もうっ、もうこんなの初めて……!」
白目をむいてガクガクとふるえる彼女。
飯田は満足した表情で、残りのクラスメイト達にも呼びかけた。
「お前たちも来い!
じゃねえと、俺たちだけで食っちまうぞ!」
一方的にそれだけ言うと飯田は邪神との戦いを再開してしまう。
狂気の笑みを浮かべながら貪る飯田。
アヘ顔さらしながら啜る安藤。
二人のただ事でない様子を見て、クラスメイト達は一人、また一人と邪神に戦いを挑んでいく。
だって彼らもお腹がすいていたから!
「ウオオオオオ!?」
「ひいぃぃぃぃぃいいいぃ!?」
室内は絶叫に満たされた。
歓喜の叫びだ。
異世界に誘拐されてきた生徒たちが、全員まるでセミかカブトムシのようにはりついて、邪神の身を貪っている。
サタンたち化け物グループは、まったく予想外の展開をぼう然と見つめていた。
そんなサタン先生に金髪日焼けの女生徒、与田ピン子が注文をつける。
「センセー、皿とかスプーンとか無いの?
食べづらいんだけど?」
「あるわけねーだろ!」
反射的に叫んだ勢いで、化け物たちは我にかえった。
「い、いかん、やつらを止めないと!
もうやつら三分の一くらい食っちまってる!」
「現役高校生の食欲は化け物か!?」
「いや、いや待て!
これは邪神様の作戦だ!」
大あわての同士たちを、サタンが押しとどめた。
「よく見ろ、邪神様はほとんど抵抗らしい抵抗をしていらっしゃらない。
あれはわざとバカどもに己が身を食わせているのだ。
内側から乗っとるおつもりなのだ。
……たぶん」
事実、邪神はほとんど動かなくなっており、一方的に食われるにまかせている。
「本当に大丈夫なのか……?」
化け物の群れは心配そうに目の前の『生存競争』を見つめる。
その時、真っ先に食べ始めた飯田の身に異常が起こった。
「ウグッ、グアアアア!!」
飯田の頭にするどい二本の角が生えた。
「なんだこれ、邪神が、俺の中の邪神が全身に満ちあふれてくる!」
どことなく中二病的なセリフを吐きながら飯田が変身していく。
背中から翼が。
口から牙が。
指には鉤爪が。
とどめに体色はグリーンに変った。
「フハハハハー!
やはりこれは思惑通りだった!
邪神様は人間の身体を乗っとることに成功したのだ!」
勝ち誇るサタン。
しかし飯田はケロリとしていた。
「あー俺、デ○モンにナッチャッタヨ」
昔、悪い意味で流行した映画のパロディネタをつぶやく飯田。
伝わるやつにしか伝わらないネタに、クラスメイト達はややウケだった。
他の生徒たちも次々と姿を変え、化け物の親戚みたいになっていく。
すっかりモンスター軍団になってしまった生徒たちは、新しく手にいれた能力でさらに邪神を食べていく。
翼を羽ばたかせて高いところの身をつまみ。
鉤爪を先割れスプーンのように使う。
「いや自分らまだ食うんかーい!」
なぜか関西弁で化け物たちがツッコミをいれた。
「うるせえなあ」
文句を言いながら食事に戻ろうとする飯田の脳裏に、謎の声が響いてきた。
(なぜ運命にあらがおうとするのだ)
「あ? だれだ?」
(余は魔物たちの神。
今、貴様の腹の中から直接語りかけている)
「えっ、神様」
《大勝利編》につづくッ!