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この話はフィクションです  作者: 面映唯
【クラウン】
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 誰かがこの状況を見たらなんと言うだろうか。羨ましい。俺はいいや。でも一度はされてみたい。ロマンチック。少女漫画みたい。現実にあり得るんだ。いろんな声が頭から聞こえてくる。


 確かに嫌な気分ではない。寧ろ高揚を感じている。誰かに自分のことを認められるっていうのはこういうことなのか。絶対的に信用してくれる人間が現れた。自分のことを承認してくれている。


 嫌な気分ではない。

 やな気分ではない。


 でも、そこまでして手にしたいものだろうか。


 何もない毎日が一番の安寧(あんねい)だ。そしてそんな毎日が徹は好きだった。でもきっとこの差し出された手に指と指の間を絡ませ握ってしまえば、今までの毎日は崩れ去り、変わっていってしまう。その変わってしまった景色が安寧だという保証はどこにもなかった。簡単に想像できるのは、出会いがあれば必ず別れがあるということ。出会いは幸せかもしれない。その幸せを保ったまま別れが訪れるとしたら……幸せが保てなくて仕方がなく別れが訪れるとしたら……。


そのどちらもが徹にとって嫌厭(けんえん)する「面倒」だ。

それが恋愛の本質で、そういうものだということはわかっている。


 ふいに香奈枝との会話を思い出した。


「彼女いないの?」「結婚」「あんた恋でもしてんの?」


 香奈枝の顔が今浮かばなかったらきっとこうはなっていなかった。出会い、別れ、その二つだけを凝視していた徹にとって、香奈枝の顔は「出会ったままずっと続くかもよ?」と二人目の父親と出会った当初の、喜びに満ちた顔で訴えてくる。そりゃいい。出会ったときのまま……初恋、告白、返事を待つじれったい間、口を開いた相手はイエスと言っている、それを聞いた瞬間の膨れ上がった幸福、それらの美しさがずっと続くのだ。


 そのとき、初めて徹は普通以上を期待してしまった。


「俺でいいなら……」


 新しい差し出された手。眉根を細め、唇と唇をすり合わせておずおずとしている加耶。一刻も早くその心配そうな顔を満面の笑みに変えてみたい。そんな期待を寄せて、彼女の膝の上にあった右手の指と、自分の左手の指を絡ませて握ってしまう。


 毎日通っている教室も、放課後になれば雰囲気をがらりと変えた。その中に二人きりというだけでまた別の空気が流れ出す。別の空気を吸う。教室の電気は消え、西日が窓ガラスを通して生徒の机の上に光と影を作る。窓枠の形が映っている。その机に腰掛けている男子生徒。その隣に腰掛け俯く女子生徒。俯いているのに表情は豊かなものだった。


 指と指の間を絡ませた二人の手が、容赦ない西日によって教室の壁に大きな影を作る。


 徹は俯く加耶を見た。


 ちらっと襟の間からブラが覗いた気がした。

 ジャージを着ているのだからあり得るはずがないのに。




 また明日には戻ってくるはずだ。明日になればきっと今まで通りの普通の毎日が戻ってくる。幸せが永遠に続くなどという期待はすでに消えた。再び頭の中に現れた香奈枝の顔は、バツが二つ付いたときのこの世のすべてを失ったかのような落胆した顔だった。数分前までは未来への疑いようのない期待で幸福に満ちていたのに、数分後にはこのざまだ。香奈枝と二人目の父親が喧嘩している光景がフラッシュバックする。


 もう今更遅い。後戻りしようとも手は握ってしまった。


 だから徹は普通に(すが)った。


 別に何も変わりゃしないよ。加耶と手を繋ごうが繋がなかろうが普通の毎日が続く。ちょっとの幸せを感じて繋がれている手を強く握ってみたり、本当に隣にいるのか不安になって握りなおしてみたり、一緒に笑ったり、今まで通り楽しく会話したり、ライブでも一緒に行ったり、ってそんな普通の毎日だ。変わるのは「恋人同士」という肩書だけで、することは今までと何ら変わりない。


 ――それは俺の思う普通なのか?


「帰ろう?」


 絶世の美女ではないあなた。別に興味もなかったあなた。「帰ろう?」その首を傾げる感じ。目線。目尻。口元の緩み。少し照れながらちょいっと右手を差し出して徹の手を引く。か細い腕と華奢な肌触りのよさそうな右手が、徹の左手と繋がれて、いとも容易く自分の身体を引っ張っていく。


 その姿光景を、徹は可愛いと思った。


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