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この話はフィクションです  作者: 面映唯
【フィクション】
29/29

 一度かかわった人間の顔は意外にも忘れない。世の中には似た顔の人間が三人はいるとどこかで聞いたが、三人いっぺんに会ったとしても、各々会ったとしても、対象の人物かどうか見極められるみたいだ。


 学校ではほとんどかかわりがなく、話したことも遊んだこともないに等しい。なぜ私がその人のことを覚えていたかと言うと、実のところ私にもわからない。担任に雑用を頼まれ、部活に遅れそうになって、昇降口で靴を履き替えようとしたときにちょっと話しただけ。それだけなのに私は彼の顔を覚えていた。ふとした瞬間に頭に顔が浮かぶわけではない。街のデパートで見かけたとき、車ですれ違ったときのフロントガラス。ぱっと見ただけだが、なんとなく彼だとわかってしまう。


 これを恋だと呼ぶのならそう呼べばいい。

 私もそう名付けている。


 ある友人の話をしようと思う。彼女は、恋は盲目、という言葉の意味を身をもって知った子だった。別れた彼氏のことが今でも忘れられない、とその当時はよくご飯を食べながら話されたものだったが、今では新しい男を見つけて結婚までしていた。先日ランチに誘われ、そんな昔話が話題になったとき、彼女は「あー、そんなこともあったね。今思えばなんであそこまで好きだったのかよくわかんない」と言っていた。


 恋愛に限らず、なぜあそこまでのめり込んでいたのかわからないということが私にもあった。学生時代にはまったパズルゲーム、今ではソシャゲすらやらない。大学の頃にバイト代をつぎ込んだブランド。今では大衆的な服を買うようになった。


 ある時思うようになったのは、全部脳が見せた錯覚なのではないかということ。恋愛で言えば洗脳とも呼べるかもしれない。楽しい、が二回続き、三回続けばのめり込んでいる。嬉しい、楽しいも然り。初めてラグジュアリーなブランドを身に纏った日、「似合ってるね」と言われただけで、その日からネットショップのサイトを見るのが日課になる。私がすごいのではなく、ラグジュアリーなブランドがすごいというだけなのに。


 私が彼に惹かれたのもその一つなのだろう。


 もしかしたら惹かれたのではなく、私が単に「もしかして好きかもしれない」を続けて二回思い込んだだけかもしれないし、私が勝手に彼の魅力に気付いただけかもしれないし、勝手に彼の魅力を作り出した、「彼のこういうところが好きなんだよな」と思い込んでいるだけかもしれない。


 どこかこう、佇まいに雰囲気があって、それだけでストーカーまがいな行為に走ったとは出来すぎた恋だ。道端で彼は振り返り、私の元に近寄ってきた。私は焦ることを忘れ、逃げることができず、肩を竦めていた。何を言われるかと俯いていたとき、彼は何も言わずに私の手を取った。そして一夜を共にした。


 後で知った話、彼は私のストーカー行為に気づいていたようだった。彼の住むアパートの反対側のアパートから彼の部屋を双眼鏡で覗いていたことも、彼の行きつけの店に足しげく通い続けたことも、その店の店員に彼のことについて根掘り葉掘り聞いたことも、全部ばれていたようだった。


 なぜだろう。今思えばそこまでしていた執念というか、執着が信じられなかった。

 別に彼のことが嫌いになったわけではないが、あの頃ほど彼に固執する必要はない気がしている。


 畑が燃えている。

 別に不思議なことじゃない。田舎で野焼きは普通だ。炎を前に立つ二人の背中を眺めながらそんなことを思った。


 娘が生まれた。

 結婚はしていない。


 ロマンチスト。完璧主義。離婚後三百日。無戸籍。私のこと。娘のこと。上手くいかないと苛立つのは、私に限らず人間誰しもそうだろう。誰を好きになったっていいし、何を仕事にしたっていい。何を信じたっていいし、何を信じ込んだっていい。たとえ脳に騙されていたとしても。真理だ。そこに洗脳に及ぶ情熱さえあれば。


「嘘でもいいじゃん」


 ユニットバスにエコーみたく響いた声が聞こえる。真面目で堅い私をほぐしたのは脆そうな言葉。


 私はその日「好き」の定義を知った。


「口から出る言葉なんて嘘でもホントでもどっちでもいいんじゃねーかな」


 私はその日から嘘をつくようになった。


 不真面目? いいや違う。これがコミュニケーションの真髄。


「死ぬのは怖いか?」


 ユニットバスで彼がカッターの刃を私の首に突き付けたとき、私はもう死にたいとは思っていなかった。ストーカーがばれて彼に怒鳴られたらそのときは死ねばいい、と覚悟を思って始めたことだったが、死ぬのが面倒に思えていた。


 暖色のライトが彼の顔に影を作る。

 足元がぬるい。

 彼がフッと笑う。

 まるで友達とじゃれ合うみたいに。

 じゃれ合うみたいに彼はナイフを突きつけている。

 目元に溜まった涙が、アイシャドウと一緒に枯れていく。

 自分が勝手に作りあげていた概念が崩れていく音がした。


過去作を見返すと、よくこんなこと書いたな、とか、なんでこんなこと書いたんだ? と思うことがあります。皆さんも似たようなことありますかね?


最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。

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