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この話はフィクションです  作者: 面映唯
【フィクション】
28/29

【幾星霜】

 山を燃やす。


 農耕者の男の人差し指が動く。灰を落とす動作。耕していた畑の裏は敷き詰まった竹林(ちくりん)と森。


 彼は再び灰を落とした。


 灰と一緒に火種も落ちた。


 それはとてもとても小さな火種だった。


 小さな火種がじっくりと時間をかけて煙を巻き上げる。緑色の草に火は移り、そこから一面に広がるのは早かった。あっという間に炎の海と化した光景に、男は唖然とする。


 炎が侵食して酸素を吸った山はごうごうと燃えていた。まるで神秘的で物静かな山が激怒したようだった。燃え盛る炎は、地雷だ。地雷が爆発した。だから山は燃えた。激怒した。


 山を懲らしめようと火を放ったはずが、実は山は怒っていたのだ。どんどんと燃えていく炎を見て、「もうこれで終わりだ。お前は全部燃えてなくなる。自分の身体が失われる痛みに苦しめ」苦しんでもらいたかったのに、苦しむどころか怒っている。逆ギレだ。


 でも、農耕者の隣に立っていた少女はこんなことを言う。


「山が泣いてる……」


 はっと息を飲んだのも束の間だった。少女の言う通り、山がだんだんと泣いているように見えてきたではないか。真っ赤に燃えて黒煙を噴いている山が、とても悲しそうに泣いているように見える。


 男はこの現象を知っていた。


 思い込み、宗教、不確定不特定な真実。


 故に、すべてが正解。真理だ。


 あれも正解、これも正解。学校に行くのもよし、大学に進学するのもよし、就職するのもよし、フリーターになるもよし、ニートで親のすねをかじれるだけかじるもよし、不倫するもよし、パチスロもよし、酒もよし、煙草もよし、自分が幸福を感じているのなら何でもよし。


 何が唯一絶対無二の真理なのか。


 普遍的で真っ当な人間なら、隠れて悪いことをしているときはいろんな声が聴こえてくるものだ。


 それが無くなった。


 真理が一つだと思っていただけに、信じられるものが無くなった。


 全部偽物。


 騙されていたのか。


 全部冗談だったのか。効率のいい人間が評価されて、長期間で百二十パーセントの成果を出す人間が評価されない。あいつらは雑魚なのか。権威に自惚れた粕なのか。ああ、できることなら殺してやりたい。


 あ、ていうか、人を殺してはいけないというのも嘘なのか。


 犯罪はしてはいけないことではないのかもしれない。


 世の中を治める人たちにとって都合が悪いことだから……だからしてはいけないと法律にしたのかも。


 騙されていた。


 そんなこととうに、誰もが知っている当たり前の概念。


 禁止や倫理を守る理由がなくなった。


 じゃあ別に罪を犯してもいいのか。


 万引きしてもいいのか。


 山を燃やしてもいいんだな?


 それも立派な一つの真理なんだろう? お前らが社会で大事にしろと謳う個性と自由の一つなのだろう? 天才はどいつも変わり者だろう?


 さて、どの真理を選ぼうか……。


 男はしゃがみ、少女の柔らかい手を握った。


「俺には……この山が『ありがとう』って言ってくれてるように聞こえるんだ」


 ――なあ、そうだろう?


 少女は男の手を握り返していた。


 ――嘘でもいいんだろう? 香奈枝……。



 山で夕凪が鳴いた気がした。

 反射的に振り返り、立ち上がった。

 焼け野原ならぬ焼死体。

 目の前で二酸化炭素が行き場をなくしている。


 山を萌やした。









 ※この話はフィクションではありません。



 

 なんて、愛する息子に言ってみたい人生だった。


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