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 きーーばたんと玄関のドアが閉まる。玄関には徹の残像があった。数分間、玄関に立ち尽くしていた香奈枝。「いってきます」と微笑んだ徹の残像は、瞼を閉じてみてもいつまでもいつまでも消えず離れず、香奈枝の目に焼き付いた。


 香奈枝はすぐに家の掃除を始めた。すでに買っておいた清掃道具を使い、いつもよりも念入りに時間をかけた。掃除機をかけ、トイレ掃除をし、風呂掃除をし、トイレや風呂の用具を洗濯し、台所の水回りを綺麗にした。二時間弱程度で済ませ、すぐに次の作業に取り掛かった。


 居間のテーブルの横には棚があった。そこの引き出しを開けると、複数のプリントされた写真が顔を出す。以前から集めておいた大量の写真だ。徹と香奈枝の映った写真だ。裏にはメッセージも書いてある。


 香奈枝はだいぶ前からこの作業を始めていた。少なくとも一か月前。撮った写真を現像し、裏にメッセージを書くことにした。


 なぜだろう。自分が死ぬことを思ったときに、最初に浮かんだのは息子の徹の笑顔でも、愛して憎んだ夫、(ひで)(あき)の憎悪に満ちた顔でもなかった。浮かんだのは、香奈枝がいなくなったことで悲しみに朽ち果て、頬に涙を伝わす徹の顔と、すでにこの世を去ったはずの香奈枝が、まだどこかで生きていると信じ切って疑わず、のうのうと生きている秀秋の顔だった。


 香奈枝にとって一番美しくて望んでいた光景は、自分の大好きな人には後悔をさせ、大嫌いな人には自分が死んだことにさえ気づかせやしないということだった。自分の性格の悪さに笑ってしまう。あ、でも、秀秋は私の生死など興味がないかもしれないか。まあいいよ、それはそれで。笑いながら写真の裏に一つひとつ言葉を紡いでいった。


 紡がれた言葉の宛先は、言わずもがな徹だった。今まで言えなかったことも赤裸々に書こうと香奈枝は心に誓う。徹ならわかってくれる。そして、徹だから言わなければならないこと、今だから言えること、文字だから伝えられること、これから先、生きていく上で知っておかなければならないこと、知っていれば免れることができるかもしれないなら、私はこの写真の裏にそのことを書けるはずだ。


 徹に会いたい。

 でも会えない。見ていられない。


 私は一足先に、生まれないことの幸福を味わってくることにする。


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