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この話はフィクションです  作者: 面映唯
【クラウン】
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(とおる)! 帰ってきたならただいまぐらい言いなさい!」


 香奈(かな)()が叫んでいる。徹はそんなこと気にもせず階段を上りきった。


「ねえちょっと! ちゃんと聞いてるの!」


 聞いてはいる。でも答えたからと言ってこれから先「ただいま」と言うかどうかは別問題である。だからここで「聞いてるよ」と答えようが答えなかろうが未来は香奈枝の思い描く「ただいま」「おかえり」という挨拶を交わすものにはならないのだ。こんな徹でも自分の発言には責任を持ちたいと思っている。嘘は言いたくない。愚図な徹が明日も学校から帰ってきたら「ただいま」なんて言わないのは目に浮かんだ。


 なのに、香奈枝は口約束だけでもさせておきたいみたいだ。徹の返事がないと見るや、決まって階段を上っていることを知らせるかのように、足音をぞんざいに響かせて徹の部屋までやって来る。


「ねえ、返事くらいしなさいよ」

「だってしたところで明日の俺はただいまなんて言わないし」

「明日のことなんか聞いてないの。今が大事なのよ。今ちゃんとここで約束して。嘘でもいいから」


 扉の横に右手をついて、左手は首のあたりをさする仕草。呆れているのだ。ベージュ主体のチェック柄のエプロンは小穢い。もう何年も同じエプロンなのではないか。


 徹はこんなことを毎日学校から帰ると考えさせられる。


「嘘じゃ意味ないだろ」

「意味あります! いいから約束して。ほら」


 そう言って右手の小指を突き出してくる。


「ガキじゃあるまいし」

「あーー! またそうやって格好つける。ガキだろうが恥ずかしかろうが大事なことは大事なの。だからほら」


 香奈枝は差し出した右手の小指を「早く」と促すように上下に振っている。渋々徹は小指を出した。香奈枝の小指が絡まった。


 小指だけ繋がれた手が上下に揺れだす。


「指切りげんまん、ってちょっと、徹も一緒に言わなきゃ意味ないでしょ」

「あーはいはい、もうめんどくせーな」

「あー今めんどくさいって言った! 明日の夕飯作らせるからね!」

「はいはい、すいません」

「はいは一回! それとすいませんじゃなくてすみません!」

「はい! すみません!」

「よろしい!」


 再び小指に意識が行く。


『「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーーます、指切った!」』


「はい、じゃあ約束したからね? 明日からはちゃんとただいまよ! わかった?」

「はいはい」


 香奈枝が何も言わずに睨む。


「はい!」

「よろしい」


 香奈枝は颯爽と徹の部屋を出て行った。


 徹はどっと疲れが身体ににじみ出たような気がした。急に体が(だる)くなったような感覚で、三つ折りに畳まれた羽毛布団の上へ背中を落とした。


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