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この話はフィクションです  作者: 面映唯
【ロストワン】
17/29

 何の変哲もない街の傍らで、滑稽な仮面をはめてジャグリングをする道化師の姿は一際観衆の目を集めた。道化師の放つオーガストに人々の心は自然と踊らされる。街に出かけるのが習慣になった老夫婦。買い物をして帰るはずだった家族連れ。ふと視界に入ってきた面白そうなことをしている対象に、子どもは目を輝かせ母親の手を離した。とことこと移動し、きゃっきゃとはしゃぎ始めた子どもが、呼び寄せられたかのように一人、二人、また一人と数を増していく。目の前には不安定な球の上に乗りながら、落ちそうで落ちずにジャグリンをこなす道化師の姿。子どもたちの目には人気者に映っていた。


 子どもたちの目がキラキラしている。それにつられて子どもを追ってきた両親の心が和やかになる。「ねえみてみて。すごいよ」「ほんとだね」その姿を遠くから眺める老夫婦も「楽しそうね」と微笑み、見守る。


 次第に道化師の周りには人が集まっていった。「もっとやって!」と子どもに言われ、道化師は奮発してジャグリングの球を一つ増やした。歓声が上がる。


 真っ白に化粧された顔に、口元が引き裂かれたように吊り上がる真っ赤なボディペイント。自分が笑わずとも笑っているように見えるその仮面は、人々の笑いを誘うにはもってこいの代物だった。


 ――そんな楽しげに盛り上がる街の奥の方で、迷子になっている少女がいた。「お母さん、お母さん」と呟きたいのに、「えーんえん」と泣いてしまいたいのに、迷子の少女は頑なにその心を隠していた。無意識にだ。早くお母さんを見つけなければ……。あれほどすぐどこかへホイホイ行くなと言われていたのに……。ばれたら怒られる。


 少女は街を駆け回った。何度か買い物で来たことのあった街道だが、早くしなきゃと焦れば焦るほど、今自分の現在地が何処なのか見失っていった。さっきもここ通った気がする……泣いてしまいたい気持ちをぐっとこらえる。


 ちょうど路地を曲がろうとしたときだった。誰かにぶつかって尻もちをついた。「大丈夫?」若い女性がしゃがんで声をかける。「すみません」と少女は聴こえるか聴こえないかくらいのかすれた声で呟き、すぐに立ち上がった。


 この人に自分が迷子だと知られでもしたら……母親がペコペコ女性に頭を下げて、「とんでもないです」と女性は笑顔で応対して、女性が去っていったところで少女が母親の顔色を窺うと……。「また人様に迷惑かけて!」と、いつか迷子になって怒られたときの記憶が思い出される。


 走り出そうとした少女の肩を、女性が「待って」と掴む。女性は鞄から家の鍵らしきものを取り出す。鍵についていた可愛らしいシロクマのマスコットを外した。


「これあげる。お姉さんの宝物だから大事にしてね」


 少女は「いえ……」と受け取るのを拒んだ。


「子どもが遠慮なんかしないの。ずっと使ってたやつだからちょっと汚いけど許してね。そのシロクマさんいい子だから。ねっ?」


 女性は少女の右手にシロクマのマスコットを握らせる。


 少女は両手でシロクマのマスコットを抱き、「あ……ありがとうございます……」と律儀に深いお辞儀をする。そんな少女の頭を女性は撫でた。「うん。どういたしまして」


 少女が駆けていく。


 しゃがんでいた女性は立ち上がった。


 遠くで少女が母親らしき女性と落ち合う。頭を叩かれる。母親が何か口にしている。少女は俯いている。母親が少女の頭を撫でた。手を繋ぐ。二人は背を向けた。


 少女の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。


「そのシロクマさんだけはね、どんなときも隣にいてくれて私のことを裏切ったりしなかった。きっとあなたの隣にも無償でずっといてくれる。寂しくなったら頼りなよ……」


 そう呟くと、女性は身体を翻して街の人波の中へと姿を消していった。




  *




 学校の居心地が悪くなってから一か月が過ぎようとしていた。季節は秋だ。金色に輝いていた稲穂は刈り取られ、脱穀された藁がはざかけされている。通学路で見ることができる山のカラマツは、一面黄色に染まっていた。


 季節の変わり目は曖昧だが、こういう景色を見ると変わっていく季節が実感できる。桜が咲いたら、ポカポカしてきたら。暑くなってきたら、街中で露出が増えてきたら。涼しくなってきたら――雪が降り始めたら――。


 我々はちゃんと知っている。変わっていくものの前後、前兆と結果を。


 気づいたときには以前と比べると居心地の悪さは消えていた。放課後に居残って畑中たちと話すことは、あの日を境に現在までなくなっていた。授業と授業の合間の休憩時間も同じ。口を開くことはなかった。当然、誰かが声をかけに寄ってくることもなかった。相川、水無瀬は当然のこと、畑中も、姫野も。


 ただ、例外として加耶とは以前には及ばないにしてもいくらか話すくらいに戻っていた。なんせ隣の席だ。自然と会話することも少なくはなかった。


 加耶と徹が以前と同じくらい話すようになった頃、ようやくほとぼりが冷めたと思ったのか、休憩時間に畑中や姫野が寄ってくるようになった。内容はくだらない話ばかりだ。「昨日のしゃべくりでさ――」「アクタージュって漫画すげーおもろい」そんな他愛もない話だったが、徹はなんとなく気を使われているなと思っていた。コミュニケーションの外側に立ってみると意外とわかるものだ。姫野の話し方の癖や、畑中の無理して笑顔を作っているかのような声音と態度の噛み合わなさ。二人の話題の中に、以前はあったはずの「恋愛」「下ネタ」は姿を消したようだ。


 時間というものは本当に不思議なものだ。何かに熱中しているときは時間が足りないくらいなのに、嫌なことを体感しているときは早く過ぎ去ってくれと感じる。足りない、とも、過ぎ去ってくれ、とも感じなくなった頃、ようやく物事が解決している。あれだけ熱中していた自分は何処へ行ったのだ――あれだけ不快だと思っていたのにいつの間にかどこかへ消えてしまった――。


 時間がすべて解決してくれるというのは本当らしい。


 一番苦しかったときに比べたらよくなった方だ、と錯覚しているに過ぎないというのに。


 結び目を一つだけ残して、徹の心は大人になった。


 クラスの生徒たちは、それを「変わっている」と表現した。


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