おもっていたのは、わたしだけ
おじいちゃんに言われたことを何度も反芻しながら、私を悪く言った人を思い返すが、思い当たらない。
でも、家族は大切にしなさいと、学校で、社会ではそうなってて、だれも口に出してないだけで、みんなが思っていて、ちゃんとしなくちゃという気持ちと、あれ、もしかして、自分が自分に言い聞かせてるのか、と疑心暗鬼になった。
「お前を肯定してくれる奴は、その恋人とやらは、してくれなかったのか」
「…っあぁ。 …そっ、かぁ。…」
彼は、私の家族のことを聞いてくれた。家族をないがしろにする私はダメな奴だというと
『俺の恋人は、素敵な人だよ。 ダメな奴なんかじゃない。 周りに頼れない状況だったんだね、でもおじいちゃんたちはきっと頼られてうれしかったと思うよ』
そう言ってくれた。
アルバイトが忙しくて、会えなくて彼女らしいことができないときも、やっと就職した仕事が残業続きで家のことができない中で泊りに来てくれたときも
寝坊して遅刻してしまったときも、こんなダメでごめんね、というたびに
『仕事を押し付ける会社が悪いし、完璧な人なんていないよ。 全部、全部一人でやらなくていいんだよ』
そういって、いつも私を慰めてくれた。私は、『そうはいっても、彼女として、釣り合うようにちゃんとやらなきゃという』頭でいっぱいだった。
そうか、受け止めるべき言葉は、もう、沢山もらっていた。どうして、その言葉を受け止められなかったんだろう。
「言って、くれてた。 受け止められて、なかったけど…」
「少なくとも、俺も、あいつも、お前を頼るのが下手くそでもうどうしようもないくらいの頑張り屋だってしっとったから、家出して、泣いて悪態ついたときやっと、本音を言ってくれたとほっとした。」
それまでも、気持ちを伝えてたはずなのに
「…我慢して伝えてたの、わかってたの」
「何十年長く生きとるか、わかる。 母親に、負担かけないように、ずーっと自分のこと攻めとって、電話かけるってゆーたら、もう言わんって」
「うん…」
「強情なやつとおもうたけど、優しすぎて自分を犠牲にしすぎて、泣きながら「家族になれない」って、言った言葉に、ずっと罪悪感いだいてないか?」
「…っ」
罪悪感を抱かないやつはいるのだろうか。直接的に伝えてはいないが、口に出して切り捨てたのは私だ。家族に戻れるように歩み寄る選択肢を持たなかったのも、私だから。
歩み寄らない私に、不自由なく高校に行かせてもらえた。それだけで十分ありがたい。一人で生きようとしたのに、大学も頭金を出してくれた。
正直言うと、家族としてもういられないと割り切っていたのに、援助をしてもらった事が想定外で、私は何もしてこなかった、何も返せない申し訳なさに酷く押しつぶされそうだった。いまでも、お金を返そうと思うほどには、ずっと胸に焦燥感と罪悪感を抱いている。
「家族に無理してもどらんでいい。 必要なもんは、出してもらったそう割り切って、そんな罪悪感すててしまってええ」
「お金は、大切だし、そんな簡単に割り切れないよ…」
「お前の母さんのことは、父親に任せたらいい。 お前は、お前のために生きたらいい。 だけど、いい子とか、社会を生きるためにと一般的にとか、お前は、頑固になりすぎとる。 頼れ。 頼られてうれしくない奴はおらん」
「社会人って、三年はやめちゃ、ダメなんでしょ。 お金だって、返さなきゃ。 彼女、なんだもん、社会人として、ちゃんとしたい」
「ちゃんとってなんだ? 一人でなんでもできるやつか? 無理して生きるのが本当に正しいんか?」
「でも…」
何がちゃんと、という言葉を指すのか、たしかにいわれればわからない。でも、と口をついて出たが、何を否定したいか自分でもわからなくなって、口を開いては、閉じて、うつむいてしまった。
「あなた、強く言いすぎ」
台所にいたおばあちゃんが、いつの間にか私のそばにいて、おじいちゃんの言葉を止めた。大声でしゃべっていたからだろう。心配をかけてしまった。
謝ろうとすると、おばちゃんは、私の手を握った。
「あのね、ずっと心配しとったよ。 子供なのに、大人みたいに過ごさなきゃならんくて、全部自分でせにゃならないって全部しょい込んで、完璧になんてならんくていい。」
「完璧じゃなくて、いいの…?」
目が、また潤む、声が震える。
あぁ、また私は、パンクしかけていたのだろう。
「うん、そう言ってくれる人が、ここにはおとーさん含めて二人いる。 もっと絶対に大勢おるよ」
「…恋人さんも、私がダメな、やつっていったら、そんなことないよって、言ってくれた。」
「そう、ええひとやね。 そいじゃ三人もおる。 完璧って理想にむかうのも素敵だけど、ダメダメでも、それでいいんよ」
「ーーぅああん!」
それはそれは、もうこどもが泣くように、大声を出して、私は隣にいるおばあちゃんに抱き着いて泣き喚いた。
おばあちゃんとおじいちゃんが言ってくれたことで、思ったより限界だったのだなより気付かされた。
もっと、大学時代遊びたかった。自分が完璧になりたいのになれない。自分に自信がない。ずっとずっと支えてくれた恋人にひどいことを言った別れたことも思い出して、もうすべて流れてしまえと、沢山泣いた。
つらいとか、もうやだとか、時系列もぐちゃぐちゃで、文章も何もかも滅茶苦茶なことを沢山言ったのに、あの頃のようにただ、うん、うん、と聞いてくれた。
すこし吐き出して、楽になったころ、状況を把握することができ、沢山のティッシュが散乱していて、おばあちゃんの洋服は涙でぬれていた。
「…大変見苦しいところを、おみせしました」
「ろくな飯をくうとらんと、そうなるもんだ」
「ええんよ。 ごはんできたから、たくさんたべぇ、おかわりもあるからね」
「…」
食卓テーブルに向かうが、私は、少し顔を伏せた。ここまで来たなら、言ったほうがいいだろうとおもったが、言い出せなかった。
ーーーー味が、解らないことを。