いいこでいる、いなければならない
疲れた、とつぶやいてから風でおばあちゃんの育てている花達が、ゆらゆらと揺れるのを眺めた。
窓の近くには、そとを眺めるためのひざ掛けのかかったロッキングチェア、揺れる椅子があった。
私は、四つん這いで近づいて、窓のほうを向いて、椅子に足を向けて寝転がった。
フローリングの冷たさが、私の体温をどんどんと奪っていった。このまま、沈んでいきそうな気持がしてしまう。
後ろから、がさっと音がして、「よいしょ、と」と声がすると、ゆっくり、とん、とん、とんと一歩一歩踏みしめてる音がする。そして、何も言わずに、おじいちゃんがロッキングチェアに腰かけた。
無言で、ひざ掛けを私のおなかに放り投げる。かけてくれないところがまた、おじいちゃんらしい。
おじいちゃんなりのやさしさを味わいながら、ぼぉと揺れる花達を眺める。
「仕事は」
「…やすんだ」
叱られるだろうかと思ったが、「ほーかい」、とつぶやくと、無言の時間になる。ぎぃっと椅子を揺らしながらおじいちゃんも窓の外を眺めているようだった。
「むっかしからいつも、お前はそこで横になるな…悩みがあるときは特にだ」
「…」
「かと思えば、なーんもいわない。前来た時も言わんかったか。いわんと相手ちゅーのはお前の心なんてわからん」
「いえば、解決してくれるの」
「んにゃ、解決すんのはお前だ。お前が決めにゃならん」
わかっている。おじいちゃんは、こういう人だ。的確に痛いところを突いてくる。
どういえばいいのかわからない。一生懸命やってきた。やってきたんだよ。そう言われたら、私は、言葉をどういっていいのかわからないんだよ。グサグサと刺さっていく言葉に、私は下唇を噛んだ。
「…昔、お前が泣いて、俺たちを頼ったことがあったろ。お前はあの時だけだ、人の悪口を言ったのは」
「…ずっと悪口ばっか言ってきたよ」
「泣く前はな、それでも、母親だからとか、こんなこと言ってる自分が悪いんだ。耐えられなくて話しちゃったって結局母親のフォローして自分をけなしてへらへらわらとった」
「それ、は…」
だって、一生懸命働いている母親の苦労を、一人で一人の人間を育て上げるのは大変だろう。家のことをできないのは仕方のないことで、私がしなくてはならなくて、それを理解しなくては、いい子でいなくては…
「ずっといい子でいようとしとる。いい子でいる必要はどこにある」
「だって! だって、だって、お母さんのに手のかからないいい子だと…振り向いて、もらえないから…!」
体を起こし、おじいちゃんに向かって、大声を出してしまった。声が震えるのがわかる。涙が伝っているのがわかる。子供の癇癪、あの時の自分の母親を思い出す。これは、そう。感情に任せた八つ当たりだ。わかっているのに、口が、感情が止められない。
「家に帰ってこなくて、一人でいつも眠って、でも、ごはんを作ってあったら、いい子ねって、ありがとうねって、だって、それしか、ほめてもらったことないもん! でも、お義父さんができて、私は、いい子だねなんて、言われなくなって、お母さんがつわりで、大変なのに助けることもできなくて、放置して、実家にも帰ってなくて、連絡だって取ってない。もう、私は、いい子じゃない、から」
私は、いい子なんかではない。実家にはずっと帰ってない。弟は姉がいることなんて知らないのではないだろうかと思うほどだ。ずっと罪悪感がある。そして、ずっと自分は、家族を大切にできない悪い奴だから、贅沢することも自分の意見も述べることも頼ることも怖くてたまらない。
見て見ぬふりをした自分の感情があふれ出す。認めてほしかった。大切にしてほしかった。
おじいちゃんはじっと、私の話を聞いている。私は、涙をひざ掛けに落としながら叫ぶように絞り出すようにいう。
「会社にこき使われたって、私なんかを雇ってくれるのは、あの会社しかない…。恋人に、大切にしてくれたのに、私がだめなやつ、だから、別れ、ることに…なったんだもん」
「誰が、お前にゆうた。お前がだめな奴だ、悪い奴だって」
「みんな、みんなだよ」
「名前だしてゆうてみ」
「…家族と恋人さん」
「ゆわれたか?」
「思ってるよ、絶対」
「思ってるといわれたとは違う。 ゆうてるのは、お前がお前にじゃなか?」
おじいちゃんにそういわれて、考えてみる。モヤのかかる頭で、言われているはず、はず?
彼だって、いや、あの人は、別れた恋人は、なんて言っていた?そんなこと、一度だって言われていないと気がついた。
なら、いい子、とはいったいなんだ?