ききたくて、ききたくなくて
「あなたー、孫がきよったよー!」
「んぁー? どのまごだー?」
おばあちゃんは靴を脱いで、すたすたと廊下を歩いていく、私も急いで靴を脱いであがると、おばあちゃんは「なんかたべたんか?」と聞いてきた。
私は、なんだか答えにくくて、「ゼリーを、ちょっと」といった。
おばあちゃんの後ろについて歩いていくと、ふすまを開けて
「ほれ、めんこくなった孫が来たよ」
「おおお、ひさびさでねぇか。 んだけど、元気にはみえんな、ヒョロヒョロでがりがりでねぇの」
「はは…」
ズバッとものをいうおじいちゃんに『あいかわらずだなぁ』と笑った。
好きだという気持ちはあったが、思春期に入る相談をしによく来ていたが、ただ聞いてほしい自分にすると、時々くる、おじいちゃんの物言いに少しキツさを感じて、お世話になったのに、大学に入ってからは、バイトに明け暮れて顔を出すことは今日までなかった。
「実家は?」
「…」
「ほーか、まだ、ダメか」
おじいちゃんは、開いていた新聞をとじて、ため息をついた。私は、その態度が、会社の上司のあきれた態度と重なって、半分泣きそうな面持ちで思考が停止してしまった。
「あなた! もう、せっかく来てくれたのにごめんね、でも、元気に見えんのはほんと。 ごはん食べ終わっちゃったから、今から作るからたべぇ」
「いやいや、ごはん大丈夫だよ!」
「母さんがたべぇゆうてるから、ありがたくたべたらええ」
おばあちゃんは、私の静止もむなしく台所に向かって木製の暖簾がジャラジャラと音を立てた。
おじいちゃんは、目はよかったはずなのにいつの間にか眼鏡をかけて新聞を読んでいることに気が付いた。
「おじいちゃん、目がいいの自慢してたのに、目、悪くしちゃったの?」
「んーにゃ、老眼、だから虫眼鏡買った」
どう見ても眼鏡でしかないが、虫眼鏡は、丸くて太陽の光を一転に黒い紙に当てると燃えるというあいつのことでは…?
悶々としながら、なんか名前があったはず…と熟考していると、キッチンからこの会話を聞いていたおばあちゃんが「ハズキルーペでしょー!」と大きく声を張り上げた。
あぁ!なるほど!と私は、妙に納得して、改めて一息ついた。
家の中を見渡すと、昔とは違い、小さな子供の書いた絵や親戚の赤ん坊の写真が飾られていて、その中に自分の家族の写真があった。見てしまった。見てしまった、見ただけのことだが、顔を下に下げたくなってしまった。
幸せそうだ。みんな笑っている。 でも、私は、そこにいない。
目をそらして、リビングの大きな外が見える窓に目をやった。おばあちゃんの趣味のお花達が植えられている。
よかった。変わっていないこともあった。
それを見つけられただけで、詰まった息が、少し、吐き出せた。
「ねぇ、じぃじ」
「んだ?」
「…どうして、ばぁばと結婚したの?」
「あー…なんだ、そういうタイミングだった」
「どうして、仕事、続けられたの?」
「そりゃ、家族養うためだな」
「…私」
なんと言葉を続けたらいいか、わからなかった。ただ、結婚したい相手もいない、養いたい人もいない。恩を返したい家族も、いない。そんな私が、がむしゃらに働いて、働いて、恋人に振られて、それでも働いて、私は、
「もう、疲れた」
ポロっと言葉に出してしまった。