そのけしき、なつかしむ
─────ガタ、ゴトン、ガタン
電車に揺られて、外を見る。会社とは反対方向、混み合った電車だけど外を見る余裕はある。
いつもは外など気にせず、今日は何をすべきか、何を言われるのか、何時に帰れるのか、終電には乗りたいな、なんてことを思いながら揺られているが、今日は違う。
外の景色は明るくて、町並みがほんのり変わったことにも気がついた
「……」
声は出ない、出さない。だけど、思い出は私の中を掛けめぐった。
『付き合って一年だもんね、折角ならいいお店行こうよ』
『私なんかが行っていいのかな?』
『何言ってるの、二人で行くんだからどんな所でも大丈夫だよ』
頭を撫でてくれた感触
『美味しいね』
『うん、とってもおいしい』
『きてよかったね!』
『あのね』
『うん?』
『連れてきてくれてありがとう』
私の一言に照れたように笑顔を見せてくれた。
今はもういない人
あのとき食べた味は、もう覚えていない。
電車は駆け抜けていく、泣くかと思ったが、存外泣けないのは、随分冷たい女だなと思った。
『ごめん、いまの俺じゃ、支えてあげられない…』
『…うん』
『ごめん、ごめんね』
彼は、たくさん泣いて泣いて、そばにいようとしてくれたのに、だからこそ手放さなきゃと思った。私なんかのために使う時間は、もったいないのだから
────ゴトゴト、ゴトン、パァーーーッ
電車がすれ違い大きく窓が揺れ、つんざくような音がした。だけど、心がうまく、うごかない。
はっと気がつくと、次の駅が祖父母の家があるところまで来ていた。
────次は──駅に到着します。お降りの方は、お忘れ物のないように
ドアの近くに並ぶ、ピンポンとなりながら開くドアをすり抜けた。
改札まで歩いていくと、駅員はおらず切符回収口に切符を入れた。ぼろぼろな屋根を横目に、目の前には田舎の景色がそこにある。舗装はされているが、コケたら血が出そうな石が沢山転がっていて、事実足の裏をほんのり刺激する。
祖父母の家は確か、こっちと、いつを最後に来たか覚えていないが、複雑だからこそ道を覚えているもので、歩いていく。引っ越したなどは聞いていないから、きっといるはずと歩いていく。
歩いていくと、大きな建物が見える、あぁ、学校だ。チャイムが鳴るがなんのチャイムかわからない。とても懐かしい。ここに通ってないのに、学校そのものが懐かしい。戻りたい。戻りたくて、たまらなくて、思わずじっと学校を眺めた。
不審者だと思われたらいけないので、後ろ髪を引かれながら歩いていく。住宅街の坂道を、一歩一歩と踏みしめる。時々見える猫の尻尾を、後ろ足に目をやりながら。顔はちゃんと見えなかった。だが隣にいるような存在を大切に、一歩、また一歩歩いていくと、平屋の家が見えた。ここだ。
はぁっ、と上がった息を整える。普段の運動不足がたたったが、落ち着いて、息を整えた。表札は祖父母のもの、だけど中にいるかはわからない。一か八かにかけてきたのだ。
心を決めて音符マークのついた小さなベルを押すと、家の中でピーンポーンっと大きくなった。そして
『はぁーい? はいはい』
と中から聞こえた。コツっと何かを履いた音、コツコツと鳴らして、ガラガラっと開いた玄関から覗いたのはおばあちゃんだった。
「ひっ、久しぶり」
「? あらっ、あらあら、ようけ久々に来たねぇ」
ふんわりと笑ったおばあちゃんは背中を少し丸めて手招きをした。
一歩足を踏み入れると祖父母の家の匂いがした。
玄関に飾られた写真たちも、木彫りの熊が、靴箱の上においてあるのも、招き猫もだるまも
あぁ、なつかしい。