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ごはんは、おいし  作者: 淺葱 ちま
29/31

おいしい、とおもえるまで

 誠心誠意の謝罪をする私の姿を見て彼は、吹き出して笑う。私は頭を下げたままでいると、ひとしきり笑い終えたのか、こほんとわざとらしく声に出して


「面をあげよ…ふ、ははは!」

「ありが、ふふ、ありがたき、幸せ…ふはっはっ」


 思わず笑いあってしまった。声を出して笑うなんていつ以来だろうともいながら、笑い合った。付き合っていた時も、こんなくだらないやり取りで、たくさん笑ったのを思い出して、懐かしくなった。

 おいでと手招きされて、ベットから出るとテレビの前にあるローテーブルに用意されたのは湯気の立っているブラックコーヒーと小皿に出されたカシューナッツがあった。


「ブラックはあんまり胃に負担かけたくないからやなんだけど、今、味感じて飲める唯一のやつかなと思って、いちお、なんか体には入れて欲しいから」

「粉のスティックでも甘いコーヒーしか常備してなかったのに、ブラックなんてどうしたの?」

「寝てる間に買ってきた。 ほら、カシューナッツ食べて」

「寝てる間…?」


 隣り合わせに並べられたクッションに座るよう促され、ポスッと座ると彼は私の隣に座った。正面にテレビはあるが、ニュースを見る程度であとはゲームをするのがもっぱらだと言っていた彼のテレビ台には時計が置いてある。時間を見ると12時を指していた。


「12時…12時!?」

「びっくりした…そうだよ、12時だよ」

「仕事、してから…辞めてからも昨日まで、こんな時間まで、寝たことない…」

「…そか、やっぱ疲れてたんだね。 ごめん、でも流石に、このまま寝かすと、生活リズム崩れちゃうから起こした。」

「人間を、辞めるとこだった…ありがとう…」

「じゃあ、土日の俺は、人間辞めてるね?」

「…撤回します。 よく眠れました、コーヒーいただきます」

「はい、よく寝ました二重丸です。 カシューナッツも食べてね」


 コクっとコーヒーを飲む。入れ立てだからか、より味を感じることができて、パンケーキのお店でも感じたが、アイスコーヒーを常に飲んでいたが、暖かいこっちの方が好きかもしれないと思う。あまり、食べたくはないと思いながらも、出されたからにはと、カシューナッツに手を伸ばす。しょっぱいやつのはずと思って口に運ぶ。ころっとして、カリカリと砕いて食べる。なんだか、舌がキュッとした感じがした。でもそんな感覚がするだけでも新たな発見だなと、カリカリと食べ進める。


「おいし?」

「わかんない、けど、口の中にペとって、くっつく味じゃないのと、舌がキュッてなるから食べてて面白い」

「しょっぱいからかなぁ」


 彼も一緒にカリカリとカシューナッツを食べ始める。特にテレビをつけるわけではないため、テレビを見ると、私と彼が横並びでナッツを食べてる姿が反射していた。ごくりと、カシューナッツを飲み込んで、聞きたかったことを尋ねる。


「なんでカシューナッツなの?」


 別に私が好きな食べ物でも、彼の好きな食べ物でもない。わざわざ買ってこないと出ないものを買い出しの時になぜチョイスしたのだろうと思った。


「舌、亜鉛で改善することあるんだって。 それが、カスシューナッツには割と入ってるみたいで、サプリの飲ませるよりは、嫌かもだけど、なんか食べるて摂取して欲しかったから買ってきた」

「…わざわざ、ありがとね」

「いいえ、病院言って治療するのが一番だけどね。 まだ、病院怖い?」

「…まぁ、うん」


 高校生の頃、大学進学のためにお金を必死で稼いでいたときに、私はオーバーワークで体調を崩したことがある。そのとき、ずっと我慢してそのうち治るはずだと、勉強とバイトを休まなかった。だが、無理押し通した結果、バイトの帰り道で動けなくなり、道端の人に助けてもらってしまった。


 その際、救急車を呼ばれてしまいそうになり、家族に迷惑がかかると無理やり、その人のおかげで意識を取り戻した私は、救急外来に自分の足で行った。ふらつく私を見つけた受付の人が、支えてくれて、その頃はまだ保険証が家族のものだったため、病院から家族に連絡が行く羽目になった。私は必死にまだ幼い弟を病院に連れて来ないよう、お願いだから、と何度も必死に言う私の言葉を聞いて、その旨を伝えてくれたのか父親だけがきた。


 母親が来なかったことに安堵すると共に、どこかで期待していた自分に呆れていた。点滴を打たれている私に、どうして頼ってくれないのか、心配を何故させてくれないのか、どうして甘えてくれないのかなど、久々にする会話がこれかと、疲れているから勘弁して欲しいと思いながら、全てに私は謝り続けた。


 そうして私との話題の種なんて無かったのだろう。しばらくして、話題が尽きて、私が眠ったとでも思ったのか、周りからどんな目で自分たちが見られると思っているのかと、ぽそっと言った言葉を私は聞き逃さなかった。


 そうか。そう言う他人の目を気にできるはずの人間なのに。先に私を見なくなったのは、そっちのくせにと、私はそこで、本当に全てを諦めてしまったと思う。その日に私は家族というものをよりはっきりと捨ててしまった気がした。


 病院の先生からは1週間の入院を勧められる身体状態で、その際に、私の症状は感染する可能性があるということにして、どうか面会を謝絶してほしいと頼んだ。病院の「家族を頼りなさい」という言葉は私に刺さり、どこにも救いがないんだとどこかぼんやり思った。


 ただ、別の先生が私の症状を確認した際に、面会して欲しくないの?ときかれ、絶対にと、ダメだというなら退院しますと伝えると看護師さんが時間を作って話を聞いてくれた。

 どうせ言ったところで無駄だとおもったが、何も期待していないこと、家族だとは思えないこと、大学を機にあの家から出たい、気づいたらこれまでのことを話してしまっていた。そのおかげだろうか、面会は謝絶となったと教えてくれ、一度も顔を見ることもなく、穏やかに入院生活を過ごして退院することができた。なぜか、その際は心理士の人と話すことにもなった気がしたが、まぁそこら辺はあんまり覚えていない。父親の言葉はよく覚えている高校生の頃の話で、今は関係ない。


 …そう言いたいところだが、入院して以来、病院が怖い。自分の保険証になったはずなのに、家族に連絡がされてしまうのではないか。また、顔を見て何かを言われてしまうのではないか。そうならない可能性だって十分にあったのに、私は、あの入院以来、病気をしても積極的に病院に足を運ぶことが出来なかった。


 私が体調を崩して面倒を見てくれていたときに、泣きながら、責められたくない、いやだと言ったのを覚えているのだろう。ただ、あまりにしんどそうな時、私が病気をして迷惑をかけている側なのに、彼が私にごめんと謝って、意識の曖昧な私を病院に連れて行ってくれた事がある。そして自分が面倒見るので一緒に聞きますと診察室に入ってくれた。


 家族以外は本来入室ができないことが殆どだと聞いたことがあったが、婚約してるんでと言い張って、それならまぁと、入れてくれたのを思い出した。渋々病院に行く選択を取れるようにはなったが、それは彼が居る前提だった。つくづく甘えていて、過去にそろそろ向き合わねばと思った。


「…家族に、連絡行くと思う?」

「限りなくないと思う。 ただ、これが、手術とかのやつになると、ね。 でもストレスの要因な気がするから、治療になると思うし、その時は俺も一緒に行くから」


 二つほど口に放り込んでゴリゴリ、と音を鳴らしながらカシューナッツを食べている彼を見た。元恋人だというのに、また通院まで一緒にしてくれるとは、優しすぎないだろうか。というか、今日平日では?


「今日平日だよね? 仕事は?」

「休んだ」

「え、私、起きなかったから? 今からでも行こう! ごめん!」

「いや、有給使っていいって言ってもらってるし、側にいたいし」


 なんとできた人だ。というか優しすぎて心配になってきた。元とはいえ厄介な彼女を招いたり、そのために自分が飲まないコーヒーや今の状態を考えて買い物までしてくれて…、もしや…私は不安に思うと聞かずにはいられなかった。


「あ、の…幸せになる、壺とか絵とか、その高級なお布団とか買ってないよね…?」

「どういう心配なの? ねぇ」


 ほっぺたをつねられる。とても痛い。やめてほしいが、失礼な疑いをしたのは私の方なので、ぎゅっと目を瞑って我慢をする。やっと離してくれて、頬を撫でる。


「君を好きな子に申し訳ないし、君に好きな人がいたら本当に申し訳ない…」


 彼の休みを欲しがる人間なんてたくさんいるだろうに、家に来たい人もたくさんいるだろう。それがこんな味のわからないボロボロの女がベットまで使ってしまったことを考えると、しょんぼりとしてしまった。付き合っている人はいないと言っていたが、好きな人くらいできているだろう。助けてほしいと言ってしまったものの、これまで関わってきた親切心で巻き込むことにまた罪悪感を感じ始めていた。


「俺の好きな人は今隣にいるし。 それ以外はしらない。」

「…あ、の」

「ん?」

「…そ、それは、あの」


 冗談だよ、という言葉を待ちたくて、言わせたくて、言葉を選んでいるうちに、彼はまた私の頬を引っ張ってきた。


「次は折れないって決めたって言ったのに付け足すと、捕まえて離さないって決めてたんだよ」

「…へ、ぇ…いらいれふ」

「痛いから夢じゃないのはわかったもんね?」


 そうだったこの人と付き合うことになった時も、気づいたら付き合うのに対して「はい」以外言えないほど囲み込まれたのを思い出した。策士というか、CDと本のこともある。連絡していい自信がなかったとは言ったものの、その後、先輩たちに聞き込みしたりしたと言っていた。もしかして、一旦離れただけで、最初から離す気がなかったのではないか…?


 私の頬から手を離した後、ちょっと目が笑っていない顔をし始めた。あ、ちょっと怒ってる時の顔だ。


「俺が、好きじゃない子、家に泊めるやつだと思ったの?」

「ひっ、いいえ」

「心外だなぁ…」

「思ってないです! 君は誠実な人です! はい!」

「というわけで、これからは口説きます」

「ひぇ…あの、今弱ってるので、ちょっと…あの」

「弱ってるところに漬け込みたいんだけど、とりあえず、一番気に掛かっていることを潰します」

「は、はい」


 そう言って私の頭を撫でると、まだ笑っていない目で私に言った。


「地獄には一人で行ってもらおうね。」

「あ、はい」

「それから、幸せにするために口説きますので覚悟するように」


とってもいい笑顔でそんな宣言をされたが、情報過多なのに意識を失わなかった私を褒めてほしい。

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