おいしいための、りょうりをするために
ひとしきり、痺れた足が戻った頃に、彼は靴をいれていたダンボールを開けて、一足履きやすそうなスニーカーを手にすると私の方を向いていった。
「俺の家行くよ」
「…はい?」
元恋人であり、現在はどの関係と言われれば、友人に、多分当たるのだろうが、男女で泊まることにひどく困惑した。恋人の時代でさえ、滅多に行くことも泊まることもなかった彼の家に行こうと言われている。床で眠るだろうと考えて提案してくれたのだろうが、優しいにしてもほどがあるだろう。
「お金、あるし、ホテル泊まるよ」
「これまでもできたでしょ。 どっかで見張られてるって、出たら何かされるんじゃないかって考えたからここに止まってたんじゃないの? 証拠も集めたかったのかもしれないけど」
「…」
図星過ぎて何もいえずにいる私の頭を一度ポンと優しく叩くと、靴を置きに玄関に向かったようだった。
「とりあえず、2日ぐらいの外に出られるだけの服準備して、しばらくここには帰らないし、必要なら俺が取りに来るから」
「や、それは…」
鉢合わせたらどうするつもりなんだと心配になって、口篭ってしまう。しかも彼には仕事がある。最寄駅は少し離れていて、通っていてくれた時も疲れて眠っていたこともあるくらいだ、仕事終わりにここに来るのは大変だろうと思った。
「準備しないの? 俺がする? 下着もなんもかんも全部選ぶよ? いいんだね?」
「準備します!」
流石に、一度付き合ったとはいえ、男性にそれらを選ばれるのは気が気ではなかった。とりあえず、下着と外着と後は、特にスキンケアは気にならないが一応乙女の威厳として持っていこうと決めて、カバンと服と日用品のダンボールから荷物を出していくことにした。
「…あの」
「俺、ちょっと電話してくるね」
「あ、はい」
準備が終わるまで見られていると気まずいと思ったが、彼は私の耳に届かない玄関にまた戻ってどこかに電話をし始めたようだ。急いで荷造りをしようとしたが、旅行をするタイプではなかったためキャリーケースもボストンバックもない。唯一大きめと思うのは、スーパーのかごにぴったりサイズのエコバックくらいだった。
とりあえず、下着は廃棄されるにしても見られたくなかったため、色付きビニールにいれていたため、そのままつっこんでしまう。外に出られる服は、基本的に仕事をしてからはスーツしか着ていなかったため、悩んだが、マネキンに着せられていたままに買ったセット達を取り出していく。
パジャマはTシャツとズボンで寝ていたため、それをいれようと思った時、電話を終えた彼がこちらに来た。
「あ、パジャマはいらない。 それ入れるなら、外着もう少しいれて」
「ん? パジャマはいいの?」
「うん。 下着は? もういれた?」
「う、うん。 いれた。 見えないようにしてる」
「なら手伝っていいね」
そういうと、先ほど見ていたから何が入っていたかわかっていたのであろう、日用品の段ボールに足を運び化粧道具と化粧水やメイク落としなどを取り出していた。とりあえず、もう一着と思って、服の組み合わせを見てパンツスーツの下にストッキングを履いていたので、ストッキングだけでく靴下など服をつめっていった。
彼から渡された化粧の一式を入れると、エコバックはパンパンになっていた。用法容量を守っていない気がして、ちらっと彼を見るが、満足そうにしていた。
「行くよ」
「えあ、はい」
荷物を持って行かれて、私は後を追うことしかできない。電気を消して、携帯と出かける時に持って行っていた鍵と財布の入った鞄を持って、出して置いてくれたスニーカーを履いて、鍵をしっかりと閉めたことを確認して、我が家を後にした。
どうやら電話をしていたのはタクシーにだったらしく、家の前に一台のタクシーが予約で止まっていた。彼が名前をいうと、ドアが開き、するりと中に乗り込んだ。私も、おずおずと乗ると、彼の家の住所を伝えた。
ここからはそれなりに距離がある。お金のことを心配したが、彼のカバンの中に、私の今回の一連の押収品たちがしまわれており、お金は私のエコバックにと差し出されたが、私もこんな大金持っているのは怖いからと彼に預けてある。そこから支払って貰えばいいだろうと思い、車に揺られた。
電車とは違い、ゆったりとした空間で、心地よい振動にまた私の瞼が落ちてくるのがわかった。
「寝てていいよ、着いたら起こすね」
「ん、お願い、ね」
外を眺めながら、歪む世界を見ていた。夜の街なのに明るくて、こんな時間でも一生懸命働いている人がいて、その中の1人だったんだよななんてことを思って目を閉じた。
ふあふあとした中で、何度か名前を呼ばれた気がする。いやだ、せっかく心地よく眠れたのに、どうして起きなくてはいけないのか。久々の温かい何かの中で眠れている今を起きたくなくて、温かい方に近寄って、一瞬浮上した意識をまた手放した。
「…きて…」
「う、うう…」
「───いい加減起きて!」
「おあ、あぉあ、うあ、や、やめ、やめて…おお、おきま、おきました!」
言語を忘れたようになっているが、違う。なんだか体を起こされたなぁと思ったら目をしっかりと開ける前に、ものすごい勢いで揺らされている。朝から、目が回って大変疲れる寝起きとなった。
「…タクシー?」
「それもう昨日ね、ここ家」
「へぁ…?」
素っ頓狂な声が出たが、よく見たら私はふかふかなベットの上で暖かい布団に包まれているし、明るい日差しが入っている部屋にいた。彼の家だ。テレビの横に付き合っていた当時に見たよりも大きくなった木がいて、それ以外ほとんど変わっていない彼の部屋に、なんだか、安心した。
安心、した?
「え、と…私は、昨日、どうやってこちらに…?」
「運んだ。 起こしても起きないから、荷物先に運んで、よいしょって持ってきた」
かけてくれたであろう布団から足を素早く出し、そこからは早かった。正座をすると同時に
「すみませんでした!!」
魂をかけた土下座をした。




