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ごはんは、おいし  作者: 淺葱 ちま
24/31

あのひ、ならなかったら

 それは、祖父母の家に行くきっかけになった青空を見る前日だった。


 その日は会社に一日泊まって徹夜をしていて、それでいて、上司にひどく怒られて、みんなでなんとか対処して、顔色が悪いからと、終電で返して貰えたけど、帰宅した上司から私宛の連絡があり、明日伝えますと帰宅したことを濁してくれた先輩に、いいから電話口に出せと言い、帰宅したことを伝えると、私に直接電話が来て、家の駅で、ずっと謝っていた。なんでもない、明後日にあるクライアントとの議事録を出しておけと、明日伝えればいいような内容だったが、自宅で何かあったのかきっと電話をして私をサンドバックにしたかった連絡だったと思う。


 家に着いた時には、ぐったりとしていて、これが、明日以降も続くのか。そう思ったら、明日が来るのが怖くなった。先輩からは、ラインが来ていて、大丈夫だったかと、心配の連絡がきていたが、返すこともできなかった。


 大丈夫とは何を指すのかすらもう私には曖昧だった。床の見えないリビングを突っ切って、気づいたら、開けることのないベランダに足を進めていた。ガラリと開けて、外に出た。墓地と木々を見て、ぼんやり思う。


 明日が来なかったら、どれだけいいのだろう。家族も恋人も誰もいないのだから、迷惑がかかるとすれば会社と先輩達だ。だけど、ここで明日を迎えられるほど、私の心は、もう立ち向かえるほどの力は残っていなかった。私の頭を占めていたのは、ここから、下に落ちたらどうなるだろう。もう明日も未来も何もかも、なくなれるんだ。


────自由になれるんだ。


 それは、痺れた頭の私には、魅力的で、抗えなくて、じっと下を見て、高めな柵を越えようとした時、いつでも出られるように最大音量にしていた携帯が、音を立てた。


 ビクッと体が震え、尻餅を着いた。今、自分は何をしようとしていたのか、はっきりと自覚して、早くなる息を自分を抱きしめて、整えていく。なんとか立ち上がってよろよろと、ゴミをガサガサと足に当てながら、ベットに放り投げていた携帯を拾い上げ通知を見た。上司かもしれないとビクビクしたが、なった通知音はなんだったか、と思いながら携帯を見ると、薄暗い部屋で光った画面に表示されていたのは『記念日』の文字だった。


 そうだ。毎月、記念日を祝えるように、カレンダーに設定した。私のただ一人の恋人との記念日。別れてしまったのに未練がましく記念日を登録したままの画面に、涙が滲んで、彼の連絡先を気づいたら開いていた。


 ボロボロと泣きながら、助けてほしい。もう嫌だ。なんて送ろうとしたのか、書いては消して、書いては、消し、送ることは結局できなくて、この人が居たから、私は今まで生きてこれた。だから、だから、せめて、全部、自分のやれることをやり切って、この人が恋人でよかったって思ってもらえるように、手を取らないかったから、と彼が傷つかないように、自分で全て終わらせて、それから、実行しようと思ったのだ。


 自由になることを。


 彼の名前をしっかりと見て、ぎゅっと携帯を握って、ベットにも垂れかかって私は眠った。

 そのあとは、辞めることを心に決めて、それでも、背中を押して欲しくて、間違っているのではないかと思って、祖父母に会いにいって背中を押してもらって、二人にも勇気をもらって、それからは、ずっと、彼の名前に恥じないように、手を取らなかった以上、自分で終わらせられるように動いた。


 そして、仕事を辞める選択をしたあたりから、私は身辺整理をした。自由になるにしても、ここにおいた荷物達を売ることも考えたが、車を持っていない自分には、処分は丸投げしても許されてほしいという気持ちで、業者を呼ぶことはなかった。必要なものは使って貰えばいいし、捨てるにしてもお金がかかるのが、これからお金がかかることをしようとしているのに、どうしてもできなかった。


 離職票を待っていた私の郵便受けにはにメモが届くようになった。


『呪ってやる』

『お前を一生恨む』

『殺してやる』

『いつでも見てるぞ』

『死ね』


 そういった類のものだった。確実に上司だろうと思った。この癖のある文字には覚えがあった。警察案件だと聞いていたが、事件が多岐に渡って関与している場合には、それぞれで捕まると聞いたが、事件として成立するまでの間に釈放されることもあると聞いた。その間に行われている行為だ。耐えればいいと思ったが、いつでも私を襲える場所にいると思うと過去の記憶が蘇った。


 入社してしばらくした頃、まだ、残業はあるものの比較的早く返してもらうことができていた時に、飲みに付き合わされた。仕事とはなど、何かクドクド言われ、昔の英雄談など聞きたくもない話に付き合わされた。


 その時は先輩も一緒に来てくれていたが、先輩が酷く警戒をしていた様子だった。そして私自身も警戒していた。アルバイトで見てきた、無理やり飲ませてセクハラをする人と同じ言語行動だったからだ。

 その日は先輩のおかげで解散することが出来た。だが、その後先輩から、何するかわからないから気をつけてと散々言われていた。


 数日後、駅で降りて自宅に向かって歩いていると、後ろから声をかけられ振り向くと、先に帰ったはずの上司の姿がそこにあった。仕事について教えてやるから自宅に入れろといってきたのだ。その話に、その目に「捕まったら何をされるかわからない」と命の危機を感じた。

 大きな通りのコンビニに入り、トイレに行くと伝え、何かを眺めている様子の上司にバレないよう、履き慣れないパンプスで走って家に向かう。


 上司は、最寄駅を知っている。年賀状のやり取りもない会社でどうして最寄りの駅で待ち構えられたのかどうしてかと言えば、お酒を飲まされた日、私の家庭の事情を執拗に聞いてきたり、今はどこに住んでいるのか、一人暮らしなのかなど、細かく聞かれ、先輩がガードしてくれいたが、先輩が強くあたられるのを見て馬鹿正直に伝えてしまった私は、自分の住んでる最寄りの駅とオートロックマンションであることや部屋番号を伝えてしまっていた。ダッシュしたが、すぐさま上司は気が付いた後を追ってきた。


 年齢差のおかげか、先を走っていたおかげかなんとか、鍵をさして、駆け抜けた後、早くドアが閉まれと後ろを向いた時、閉まったドアの向こう側に息を切らした上司がいた。なんとかオートロックの手前で振り切ったことがわかった。だが、顔を上げた上司と目が合ってしまった。駆け抜けていればよかったのに。


「テメェ開けろ!! …クソが、お前覚えてろよ!!」


 とオートロックのガラスドア越しに怒鳴られ、ドアを蹴った様子を今でも覚えている。それから元々あまりいい環境とは言えなかったが、扱いや当たりが酷くなっていったのはいうまでもない。


 上司と極力、一緒にならないように、帰ったのを確認してから帰るコンビニに寄る、怖い時にはタクシーを使うなど神経をすり減らしていった。気をつけるように言われていたのに、住所をバラした私が悪いと言われてもしかたないと思いながら、ずっと沈黙を貫いていたが、怯えた様子で過ごす私や上司の態度を見て、先輩が「何かがあったはずだ、いいから話せ」と何度何度も言われて、やっと前述の話をした。

 その後は、上司に絶対二人きりにならないよう配慮してくれたり、一緒になりそうな時には、無理にでも話を持っていってくれたり、転居を勧めてもらったが、入職後の転居となれば、その際の書類はどのみち上司が目を通すため、どうすることもできずに日々を過ごしていた。

 そんな中、コンプライアンス問題を上層に伝えてくれた人がいた。どうやら過去にも同様の被害で、何も訴えず辞めてしまった子がいたらしい。だから先輩達は常に警戒していたし、大事にしたくないこのために、耐えていたが、二度目はないと誓っていた様子だった。


 だが、その確認が上司にされ、その日は酷く部署は荒れた。私を弾糾しようとしたが、先輩が、「自分が言いました」と表立って戦ってくれた。だが、上司は上層部に知り合いがいて、私のところまで事実確認をされることがなかった。そういったことも散り積もっていって、私たちの部署は上層に訴えることをやめてしまった。


 先輩は、上司から最低評価の査定しか受けることができず、左遷対象となり、仕事をやめる結果になった。私は何度も、何度も謝ることしかできなかった。その後、噂で療養していると聞いた。心にどれだけの負荷をかけてしまったのだろうと悔やんでも悔やみきれなかった。


 彼とはその頃はまだ付き合っていたが、このことは伝えることはなかった。コンプライアンスに話が入っており、潰されたといえど一応注意を受けており、また次に同じことがあれば、きっと本格的に動くはずだと踏んでいた私は、自宅まで来る可能性は低いと思っていたが、オートロック玄関前で彼が待っていた時には、肝が冷えた。鉢合わせていたら、どんな目に遭っていたか。巻き込んでしまうと思うと怖くてたまらなかった。鍵を渡したのは彼の身を守りたかったのもあった。


 そんなことをするくらいなら相談しておけばよかったのだろうと言われるだろう。だが、アルバイトの時代にセクハラを訴えた時に勘違いの痛い女だ、色目を使って私が悪人だと押し付けられた経験や先輩には話すよう強制されてやっと話ができて理解を示してくれた時には、酷く安堵したのに、会社でもコンプライアンスでも取り扱ってもらえない、そんな状態で、勘違いじゃないのに、勘違いしている女だと彼にだけは思って欲しくなくてこの事は、ただ私のトラウマとなって、別れてもなお、彼に切り出すことはなかった。


そのトラウマに襲われながら、そのメモに耐え続けられたのは、あの日、鳴ってくれた『記念日』と、彼との思い出を大切に噛み締めていたから今日まで耐えられたのだ。

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