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ごはんは、おいし  作者: 淺葱 ちま
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じしんを、どこかにおとしたきがした

 バレてしまったものは仕方ないし、自分が最初に言ってしまったことだから、観念して彼が聞きたいことに素直に答えようと思った。


「なにか、聞きたいことある?」

「この麺つゆ達、味した?」

「しない。コーヒーって言ったから、苦いって嘘ついた。」

「いつから、味がしないの?」

「んー…正確にはわからない。 しばらく、仕事詰でゼリーしか飲んで無くて、気づいた時には、味がしないって思ったの。 炭酸とかは、シュワってパチパチ弾けるのは感じるけど、味は特には…あ、でも今さっき飲んだのは、喉の方がなんかキュッてなった」

「多分、レモンの酸味の影響かな、ご飯、ゼリー以外は何食べてたの」

「…ブラックコーヒーと99%のカカオのチョコレート。 苦いものは、感じやすかったから、他のは、少し感じるか感じないから食べたくなくて」

「これ、ちょっと舐めてみて」


 ビニールをガサガサと漁って出てきたのは、辛味の中でも苦手だった七味だった。どうせ、今は何も感じないし、と未開封のそれを開けると、手のひらに二振りしてきた。

 今までだったら虫を触ったように、顔を顰めていただろうが、特に、赤いなとか、そんなことしか感じない。どうせ味がしないのだからとぺろっと舐める。


「ーーーーぅあ、いた…いたい!」

「辛くは?」

「み、みず! みずぅ!!」

「辛くは?」

「にがい! いらい! おむじゅ!」


 痛すぎてよだが出て、舌が口の中で当たるのを避けると変な喋り方になった。急いで水の入っていたマグカップを持ってキッチンに駆け込んで水を飲んだ。舌がヒリヒリとする。なんだあれは、元々辛味というか刺激物には弱かったが、直接舐めるとあんなにいたいなんて、アレを嬉々として食べている人はすごいと思った。

 うがいもして、口内が少し落ち着いてきて彼のところに戻ると、携帯と睨めっこしていた。人がこんな何も辛い思いをしているというのになんなのだ。クッションに座って、じっと見つめながら私は声をかけた。


「みんな、こんな痛いもの、好きで食べてるの? まだ痛い」

「…辛くは?」

「辛い…というより苦くて、痛かった」

「なるほど…」


 何がなるほどだ。携帯とずっと睨めっこしている。私に謝罪の一言はないのかとジト目で見つめていると、それに気づいたのかやっと、画面から私の方を見た。


「ごめんね…そこまでなると思ってなくて」

「なんのため、ソレ舐めさせたの…?」


 虫を見るかのように七味を指さすと苦笑いしている彼、一体何がしたかったのだろう。駅において行ったことへの恨みだろうか。これくらい辛かったんだぞというようなお礼参りをするような人だったか? と彼の行動が本当にわからずに頭の中ははてなでいっぱいになる。じっと彼を見続けていると、それまで眺めていた携帯をずいっと見せてきた。


「これ」


 携帯を両手で受け取って、映し出された画面を見た。それは、病院のコラムのようだった。そこに『味覚障害』について書かれていた。全て味がしなくなるものから反対に味に過敏になる人、そして、特定の味だけ、わからなくなる人まで様々症例があるそうだ。要因はいくつかあり、身体機能の味を認識している機能の衰え、病気由来、そして


「ストレスが原因…」

「辛いのは痛覚の一種で味覚の一つではないから、舐めさせたの申し訳なかったけど、苦いって言ったよね? 口の中、多分だけど、あまり味が感じられない中でも特定の味だけ感じられるんじゃないかって。 あまいのは、お店で試しているし、酸っぱいのもしょっぱいのも試したし」

「…」


 私の頭は困難していた。これが、わかったからと言ってどうしろというのだろう。治療をしろってことなんだろうか? だからと言って、私はもう、何も未練なくいく為に準備してきたのに。でもここを見る限り治療方法様々あって、治療をしたら、あの、おばあちゃんのご飯は、パンケーキは、もうあの味を、もう一度幸せな気持ちになれるのだろうか。ぐるぐると頭が様々な思考をして、気づく、自分が彼が来る前にしようとしていた行動を準備を捨ててこれから先の未来の自分を想像していることにひどく動揺した。


「治療し」

「しない」


 強く、はっきりと拒絶した声を出した。決めたんだ。私は決めたんだ。あの日、あの空を見る前の夜に自分がしようとしたことを、今やろうとしている。全部、綺麗さっぱりして。ゆらがない。揺らいではいけないのだ。彼は、はっきりと言った私を、しっかり目で捉えてはなさない。私はその目をそらさずに、もう一度はっきりと言った。


「治療は、しない。」


 だって私は、もうこれから先のことは考えていないのだから。これから先を生きるために、延命をするような行動はとらない。彼は、目を閉じて、そう、と小さくつぶやくと、目を閉じて深呼吸した。


「これは…言ったら、負担かけると思ったから、悩んだんだけどさ。 聞いてくれる?」

「…うん」


 これできっと最後になるはずだ。彼が、言いたいことを言ったら、そしたら、そしたら全部終わりになるはずだから。叱られるのかもしれない。それでもいい。駅において行った私に、恨み事をいくらでも言ってくれたらいい。全て受け止めよう。私は、彼を焼き付けようと、目を見た。


「俺ね、ずっと連絡待ってたんだよ」


 予想していなかった言葉だった。

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