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ごはんは、おいし  作者: 淺葱 ちま
19/31

おわりかたは、ひとそれぞれ

 社会人になってから、少しでも節約できるようにとした自宅は、大きな通りを一本入った街灯が思ったより少ないアパートは管理危ないからとせめて予算ギリギリで妥協したオートロックのマンション。残業の毎日になってからは、通ることも怖かった、だんだんと感覚が麻痺して今じゃ歩き慣れた自宅への道を一歩一歩踏みしてていく。


 外付けの郵便受けを開けると、いつものように一枚のメモが入っており、それを手に持って、自宅の部屋まで向かう。

 オートロックでも一階は危ないからとたまたま空いていた最上階を目指して階段をのぼる。ガチャっと開けた玄関には何もない。

 言葉通り、何もないのだ。靴一足、傘の一本、飾ってあった鏡も何もかも、新居に越してきたような風貌の玄関でひさびさに履いたヒールを脱ぐと、それを持ってリビングに向かった。


 リビングは、引っ越しでもするかのようなダンボールの山たちになっており、出かける前に、ガムテープを剥がした一つの箱に今日を共にした靴をいれ、もう一つには、今日来たワンピースをしまって、両方ともガムテープでダンボールに蓋をした。


 家を出るまでに着ていた服、スーツをを着直すと、玄関に向かった。備え付けのポストも確認するがどうやらまだ離職票は届いていないらしい。

 十日程度で届くのが基本だが、未払いの残業代の支払いの兼ね合いもあり、即日退職ではなく、もう少し籍を置いてもらわなくてはならないと説明は受けていたが、今日も来ていなかった。


 だが、もうこれ以上待つことはできない。このままでは、大好きだった会社に迷惑がかかることもわかっていたが、迷いが生じないためにも、返すものも返せた今日、決行すると決めていた。


 ワンルームだが部屋の一つずつ頭を下げて、お世話になりましたと声に出す。

 トイレ、洗面所、お風呂場、玄関、そしてリビング全て足を運び感謝と共に頭を下げた。


 今日までの間に届いたメモと会社に一切の非はないこと、部屋を解約しないで迷惑をかけることの謝罪と全部解約して引き下ろしたお金の入った封筒、荷物を捨てて欲しい旨を書いたソレをダンボールの上に置いて、忘れ事はないかと確認し直す。


 リビング以外には何もないこと、解約した銀行とネット口座、本当は誰にも知らせない方法がないかと考えたが、戸籍はブロックしても、相続の関係で連絡が入ってしまう筈のため、そこはもう諦めた。ブロックの理由もあまりなかったから申請も通らなかったと思う。すっかり忘れていた、と保険を解約した紙をそれらと一緒に置いた。


 これから行う行為では、支払いはされないはずだから、積み立てを解約したのだ。学生時代から入っているものは、もしかしたら家族がまだ支払っている可能性があるが、申し訳ないがそれはもう諦めてもらって、あとは、奨学金の問い合わせ先の印刷物もまとめて置いて


これで問題ないだろう。


「おつかれさま」


 私自身に声をかけた。仕事を辞めるまでの間から今日までずっと家を綺麗にして、さまざまな準備をした。ねぎらいの言葉くらい自分に言っても怒られないはずだ。


 私は、あの日、私が仕事を辞めるきっかけをくれたベランダに向かった。ガラガラと音を立てて開くベランダ。今日は晴天のようだ。このベランダから見える空はとても綺麗だが、安かった理由は、木々が生い茂り、それを隔ててお墓が近かったからだ。ワンルームとはいえ、家賃が高いこの地域で、安くすめたのは、本当に助かった。


 木々が多く夏はよく虫がくっつくことがあり、このマンション自体あまり住んでいる人は多くないはず。オートロックがあるのに、新入社員が住めたのはこういった経緯がある。星をじっくりと見て、それからマンションの光が漏れている部屋がないかを探す。仕事を辞めてから、大体の時間は観察していて、あと十分もしないうちに全ての住民が眠る。その後から帰ってくるものもいるが、後十分、そうすれば、夜中に人々をおこなさないで済むだろう。


外の空気を吸って、終わりを待つ。


 会えないはずと決めつけていた人に会えた。幸せがあったことを思い出せた。思い出せなくなった味たちには、やっぱり食べてあげあられなくて、冷凍庫には二人に向けた食べられなくてごめんなさいのメモをのこした。

 家族には、何も残していない。唯一書いた文面は、『必要なお金は私の封筒から使って、あとは、学費代、お世話になった分として受け取ってください。 大切な弟には、ほとんど知らない姉のことは知らせず、弟の目に触れないように処理してほしてください。『』とそれだけ。


 ここにきて、家族に何も恨み辛みも言う気もなければ、頼ることもしない。きっと親不孝だとまた嘆かれるだろう。それくらい、希薄なのだから、弟へ気を使える姉だったと思って終わってほしい。プレゼントも入学祝いも一緒に遊ぶことさえなかった私をどうか、知らないまま幸せに生きてほしい。


時間が来た。全部の部屋の灯りが消えた。真っ暗闇の中、星々に目をやる。眠りにつくことを考えるとあと5分程度このままのほうがいいだろうか。


 あとは、何か思いのことしたことはないだろうか。あぁ、携帯を解約できなかったことくらいだろうか。だけど、書類さえあれば親族が解約できる。大丈夫だろう。帰ってきてから、携帯はずっとオフにしている。パスワードは外しておいた。どうせ確認されたするだろうからと、恥ずかしい写真は残っていないか確認して、彼との思い出くらいしか写真を撮らなかったから、思い出に、どうしても消すことができなかった。その写真たちは、どうかあっちに行っても忘れないように、消すことができなかった。


────さぁ、時間だ。


 私は、割と高いベランダの柵に足をかけた。セクハラを受けてからパンツスーツになっていたため、きっとここから、落ちて身動きができない体になっても、醜態を晒さずに済むだろう。

 跨ぐようにして、あとは、実行するだけだ。


暗い気持ちで終わるな。幸せだったと知ったのだから、最後は、笑っていこう。

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