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ごはんは、おいし  作者: 淺葱 ちま
13/31

ごうかなそれに、おわかれを

 話を終えてからは、思いの外めまぐるしい日々だった。


 すぐに社内調査を行ってくれて数日もしないうちに監査が入ったのだろう。改めて個別面談が組まれ、私もそこに参加した。配慮してくれたのか、支部の人と一度も顔を合わすことはなく、話ができた。


 私は、自分の知る限りのやめていった人達の名前を上げた。もう関わりたくないだろうが、だが、どれだけの人をポキリと折っては使い潰したか、だれかに知っていてほしかった。


 これは私怨で、ただの自己満足だ。


 上司は、どうやら事実を認めだようだが、調査が進んでいくにつれて、グレーよりの黒なことをしていたらしく、自宅待機だったが警察介入事案になってしまったようだった。


 ある程度大きな会社だったからか、日本が平和だったからか、警察沙汰なったこの出来事は、大きめのニュースになってしまった。そうして、悪い話で広まった社名に私はあわあわとしてしまった。


───いい話で、社名を広めたかったなぁ。


 肩を落としながら薄ぼんやり片隅に思いながら、ダンボールに部屋の物をちまちまとつめる日々を送っていた。


 そうしているうちに、電話が来てひとまず私の退職について話す日が来た。残業手当のお金に関しては、まだ時間がかかるとのことだったが、それは別に気にしていなかった。


 研修以来の本社を目の前にして見上げる。


 電話で本当は現在営業停止となったうちの支部に出向いて話をしたいと言われたが、私はもう、あの支部に入りたくなくて、その申し出を断わり、本社に行くと伝えた。

 

 自動ドアをくぐり、綺麗な受付の方に名前と呼ばれた旨を伝える。少し目を見開いていたが、笑顔を崩さずに私に対して案内をしてくれた。


 お礼を言って、エレベーターの行き先ボタンを押す。やはり知れ渡ってるのだろう、労基に駆け込んだ人で、会社を揺るがしている生活を脅かすきっかけを作った人だと。


 私、お得意の妄想シュミレーションは、完璧である。今回は、退職手続きだけでなく労基に行ったことを怒られるはずだ。

 ノックして、入室して着席を促されたと同時に、労働基準監督署に相談したことを謝罪するのだ。


 何度も想像をして、案内された会議室のドアを3度ノックした。中から入るよう促されるのを待つと、ドアを開けてくれた。


「ありがとうございます、しつれ、いいたしますっ。」


 勢い良く頭を下げる、入室してすぐに目に入ったのは、入社式で登壇し話をしてくれた会社の社長を筆頭に会社の最終面接官で見た覚えのある偉い達が立ち姿で勢揃いしていた。


 私の予定では人事の一番偉い人と話すだけだと思っていたため、言葉に詰まって語尾が強まったのは見逃してほしい。


「どうか、頭を上げてほしい」

「! 失礼しました」


 パニックになって、頭を下げっぱなしにしてしまっていたら、声をかけられる。


そうして、顔を上げるとは、私に対して社長が


「この度は本当に申し訳なかった」


 その言葉とともに、勢揃いしていた社長を含む偉い人全員が頭を下げた。呆けてしまったが、一瞬でなんとか戻って、そしてさっと血が引いた。


「やめてください! 顔を上げてください! こちらこそ労働基準監督署に相談して申し訳ありませんでしたっ!!」


 もはや脳内シュミレーションは、崩壊して機能しておらず、音量をバグりながら、なんとか考えていた文章を出力はできた。もはや勢いだった。


 改めて、顔を上げるよう促され、席に座るように声をかけられた。音声がバグったのが恥ずかしく、消えそうな声で、失礼します…、とちょこんと座った。

 

 ドアを開けてくれた秘書課の方から私の机の前に、「こちらをどうぞ」と書類とお茶をおいてもらった。 


 今回の社内監査に至るまで、上司のパワハラ、勤怠の改ざんに不当解雇など、今まで気付なかったことについて謝罪を口にされた。私は失笑気味に自分の行動をなじるように吐き捨てた。


「いえ、気づけるはずもないです。 だって、何一つ声を上げませんでしたから」


 本社は社内監査を定期的に行っていて、まれにうちにも来ていたが、上司のみがトップで配属されているのに、仕事に即対応(部下たちが)、難しい期日を守る(残業手当なし)良い支部だと思われており、ちょこっと部署に顔を出し、残業のないタイムカード(打刻は就業規則を守らせていたので)を見て、判断していたとおもう。


 上司は、この監査は事前告知制のため、その日は必ず、部下たちが本社の人と関わりを持たないように徹底していた。 私も含めてはあの支部では、形だけだと割り切っていた。


「私や先輩方、辞めてった人も含めて、上司に抗うことを諦めてしまっていました。 本当に大事にしてすみませんでした。」


 謝罪するのは、私の方だと思った。


「いや、どうか謝らないでほしい。 大事にしないといけないほど社員を苦しめた彼が悪い。 君は何も悪くないんだ。 労働基準監督署に行くのも正しい判断だったと思う。」

「…そう、でしょうか」

「直属の上司がそうであれば、会社へ不信感を持って、私が同じ立場でも労働基準監督署に入ってもらったはずだ。」


 肯定してくれる、とは露ほどにも思っておらず、思わず、凝視してしまった。


「怖い思いをさせて、自分が労働基準監督署に行って、大事になる責任感を一人ですべて抱えたとおもう、本当にすまなかった。だけど、動いてくれて本当にありがとう」

「っ…いえ、」


 そうだ、この社長の新入社員に向けたメッセージの記事


『ーーー社員を一番の大切に、寄り添い歩み寄り、のびのびと成長してほしい。

これから先、この会社と別れるときが来ても、どうかこの会社での出来事が成長の糧になれるように、ここでたくさん学んでいってほしい。』


 そう書いていた記事を見て、この会社に惚れたんだ。目の前の人は、こちらの気持ちを慮ってくれる、文章の通り、本当にそれを体現してる人だ。


「仕事についてだが、君さえ良ければ辞めないで、別支店でこのまま仕事を続けてほしい。 もちろん社内改善は目を配り続けていくが、どうだろうか。」

「…いえ、本当にありがたいお言葉ですが、退職、手続きを取らせてください」


 揺らいだ心を、私は制する事が出来た。これで、本当に終わりになる。


 目の前にある書類、別支店への契約書とは別の辞表届を手に取り、その場で確認をしながら記入し、そしてその場で書類を提出した。


 集まってくださった皆さんに一礼をして、私は本社を後にした。めいいっぱい引かれる後ろ髪を、無視して、薙ぎ払うように、ほんの少しだけ出てくる涙を拭いながら、大切にもう歩くことのないであろう、この道に別れを告げるよう一歩一歩たいせつにしながらに帰宅した。

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