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ごはんは、おいし  作者: 淺葱 ちま
12/31

それは、よそうにはんして

 目的地に向かいながら、私は電話をかける。

数コールもしないうちに相手は出た。


『ーーはい、人事部です』


 本社の人事に支社名と名前を伝え、何度も脳内シュミレーションしていた言葉を私は口にする。


「上司に本日付で会社を辞めるよう言われたので、退職手続きをお願いします」

『ーーえ?』


 本社の人事の人も困っているだろう。私でも困る。一瞬フリーズしたが、我に帰ったようで、人事の上司に繋ぐので少々お待ちいただけますかと言われた。ここまでは予想していたので了承して、ピンパラと流れる保留音を聞く。


 本社は割と大きく支社をいくつも持っている。それだけの人をまとめてる人事は、教育が行き届いているのだろう。私ならまだ固まっていたと思う。


 2週目に入った気がするが、保留音はまだ続いている。それもそうだろう。「やりての上司がいるこの支部は優秀」と本社から評価されたと鼻高々に語っていた支部の部下からの電話。対応に困るだろう。


3回目に入ろうかとしたとき、保留音が止まった。


『おまたせして申し訳ありません。』


名前を名乗り合い、先程の窓口担ってくれた方に伝えたことを繰り返す。そして用意していた言葉を続ける。


「退職手続きの書類の送付をお願いします。それから、上司今までの暴言や労働の件で労基に行きます。」 


向こうで息を呑む音がした。

張り詰めた声が耳元から聞こえる。


『ーーーちょっとまってください。まずは社内監査を行って事実確認をしますので』

「そうですか。」

『まず、今回は上司の方から退職と言われたんですね』

「そうです。録音もあります。」

『データを送っていただいて、その上で対応させてください』

「わかりました」

『それでは』


声が柔らかくなったが、私はかぶせるように伝える。


「労基には行きます。」


 無音になった。だが、この無音に流されるわけにはいけないと私は言葉を続ける。


「私はこの会社と仕事が好きです。」


 就活中、要領の悪い私は、何社も落ちたが、やりたかった仕事で唯一この会社が拾ってくれた。だが、それが理由で好きなのではない。


 新卒に向けた案内や仕事に紳士に取り組むこの会社を調べれば、調べるほど入りたいと思った。惹かれたのだ。何とか面接を突破して、受かったときには本当に嬉しかった。


 本社の研修は、本当に楽しくてこれからずっと続けたいと思った。私がこの会社を辞めなかった理由は、次が見つからない不安だけではなく、好きな仕事だから無理をしてでも、今まで続けてきた。


 今でもやっぱり私はこの会社と仕事が好きだ。だから


「ーーーだから、好きでいるためにも、どうか内々で終わらせないでください。恨まれても私は、労基に行きます。支部のことまで取り合ってもらえるかわかりませんが、本社には連絡が行くことになるので、先に伝えておきたかっただけです。」

『…わかり、ました。』

「…退職手続きなどお手数おかけしますが、よろしくお願いします。失礼します」


 電話を終えたが、本社には労基のことを、止められると予想していた。止められて、この会社を捨ててしまえるくらいになれると思った。

 

 この期に及んでも私は、悪かったのは支部の上司だけ、と会社を嫌いに慣れていなかった。


ーーーー私は未練がましい女だなぁ。


 そんな気持ちに苦笑いしながら足を止めずに歩き続けた。


 私は目的地である、一番近い労働基準監督署にたどり着いた。当日のそのままの足で相談に行くとは本社の人事も思っていないだろうが、私はここでも脳内シュミレーションしていた通り、窓口に向かった。


 窓口にパワハラや働きかたの件で相談をしに来たと伝えると、待たされると思っていたが、予想に反してすぐに窓口に案内された。


 まだ、心の準備ができていなかったが、私はどうにか覚悟を決めて対面する。

「これらは被害妄想では?」と言われることや取り調べのように様々聞かれる脳内シュミレーションはを思い出して挑む。


 今までの事をすべて話し持ってきた証拠になりそうなものは全部出した。問い詰められるのを待っていると、今までの話を聞いてくれていた窓口の人は、確信を持って言った。


「なるほど、これだけあればすぐに動けます」

「…ぁ、ぇ、そうですか」


 あっけなく終わった。口論する予定にしてた気持ちをどうやればいいかわからずにいると窓口の人は、私の目を見ていった。


「よくご相談に来てくださいました。 証拠集めも大変だったでしょう。」


労るように、柔らかく、その人は言う。


「本当にお疲れ様でした。」

「…ありがとぅ…っございます…」


 俯いて、ポロポロと、泣いてしまった。

こんな簡単だったのか。もっと早く相談に来ていれば、その一言に、人前でこんなにも泣くことも無かっただろうに。


 ティッシュをもらって、泣ききってスッキリとした。あとはおまかせすることにして、私は、窓口の人にお礼を言って、家路につく。


 携帯は、ずっと震えている。仕事モードにして電話も連絡アプリの通知をオフにしたが数字はどんどん増えていく。

 

 私は先輩たちに何も言わずに今回の事を決行した。今頃大変な目にあっているだろう、そしてこれから巻き込む事を、全て私のせいにしてくれたらいいと思って何も言わなかった。

 

 労基の事もあり不用意に話はしたくなかった。私は、すべてを無視した。


ーーーーー優しい先輩たちが、どうか報われますように。今までの努力が報われますように。より良く働けますように。


 コンビニで買ったブラックコーヒー飲む。苦味が私の舌にこびりつく。罰だと思いながら私は願う。


ーーー恨まれるのは私だけでありますように。

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